05 陸だー!
海に出て五日目の朝、不意に目眩を覚えた。
普通に立ってたら倒れそうなくらいの、強烈な目眩だ。
幸い、いまのボクはシルバーにがっちりと白毛を絡め付けている。
海の上で眠っても大丈夫なくらいにね。
だから直接の危機には陥らなかった。
でも、おかしい。
気分が悪い。
意識がぼんやりとする。
そんな体調の悪さは、ウミネコの群れが飛び立っても続いた。
《行為経験値が一定に達しました。『衰弱耐性』スキルが上昇しました》
昼頃になって、そんなシステムメッセージが頭の中に響いてきた。
ボクが『衰弱』しているのは間違いないみたいだ。
どういうことだろう?
風邪でも引いた?
あるいは、病気とか?
原因が分からないんじゃ、対策の立てようもない。
でも病気だったら、『衰弱』じゃなくて他の耐性が上がるかな?
ちょっと聞いてみよう。
『病気耐性』って鍛えられるー?
《スキル『病魔耐性』は『病魔大耐性』への強化が可能です》
《カスタマイズポイント:50が必要です。強化を行いますか?》
なるほど。あ、答えはノーで。
この『病魔耐性』が上がらない内は、他の原因って考えていいのかな。
断定するのは危険だけどね。
でも、他の原因?
単純に疲れているとか?
海の上の生活で、寒くて、落ち着けなくて、無理している自覚はある。
この数日の積み重ねが一気に表面化したとか?
有り得そうだなあ。
だけど一応、そこらへんは気遣ってたんだよね。
食事だって、魚限定だけどちゃんと摂ってる。
『吸収』ばかりじゃなくて、口からも食べてるよ。
そうじゃないと、どうもお腹が空くみたいなんだよね。
《スキル『飢餓耐性』は『飢餓大耐性』への強化が可能です》
《カスタマイズポイントが足りません》
こんな耐性もあるみたい。
でもいまのところ、空腹感は覚えていない。
あと考えられるのは、水分補給が足りなかったから、とか?
海水を飲むのは危険だって聞いた覚えがあるから、この数日、水は口にしてないんだよね。
だけどそれなら、もっと早くに異変が起こってたはずだ。
急にがっくりと体力が落ちたような感じだし……、
《行為経験値が一定に達しました。『衰弱耐性』スキルが上昇しました》
と、本格的にマズイみたい。
どんどん目眩が酷くなる。
吐き気もする。頭痛もだ。全身頭部みたいなものなのに。
いま目を閉じたら、二度と目覚めない気がするよ。
折角、陸地が見えてきたのに。
……ん? 陸地?
うわぁっ! 陸地だ。ようやく地に足が着ける。
いや、足は無いけど。
とにかく落ち着ける、はず。
波と風に流されるだけの生活からはおさらばだよ。
そうとなったら、ぐったりなんてしていられない。
なんとかして、もうちょっとでも生き延びないと。
考えろ。考えよう。
急に衰弱した、原因―――、
《行為経験値が一定に達しました。『高速思考』スキルが上昇しました》
いや、原因を突き止めるのは無理だ。
ひとまず別方向に頭を働かせてみよう。
個別の原因に対するのじゃなくて、もっと大きな対策を打つしかない。
いまのボクは、大雑把に言えば『状態異常』だ。
なら、それに耐えられるようになればいいんじゃないか?
《スキル『状態異常耐性』は強化不可能です。条件を満たしていません》
ダメか。
これまでとは少し違ったメッセージだったけど、それはひとまず置いておこう。
耐性獲得よりも、もっと根本的な解決法がある。
生命として強くなればいい。
状態異常なんて問題じゃないくらいに。
……って考えてみたけど、我ながら大雑把すぎるよねえ。
『生命力強化』とやらのスキルはあったけど、効果は限られてると思う。
少なくとも実感できるほどじゃないしね。
強くなるって方法とはズレるけど、魔法で回復するっていう方法も考えられる。
ただ、これまで旅の合間にも魔法は試していた。
寒さや風を凌げないかと試行錯誤していたら、『風雷系魔術』スキルが上がった。
『治療系魔術』なんてスキルがあるのも確認してる。
だけどまだ、まともな魔術なんて一度も成功していない。
魔法だか魔術だか知らないけど、そもそも使い方からして謎なんだよね。
なんとなく、魔力操作が必要なのは分かる。
だけどそこから先はさっぱりだ。
例えるなら、汎用性の高いロボットに乗せられた気分かな。
操作パネルにはキーボードが十個くらい繋がっていて。
しかも全部のキーが印字されていない、とかね。
レバーにしてよ! 操縦桿は浪漫!、ってツッコミたくなる。
ともあれ、魔術の発動方法すら分からない状態だ。
折角、魔法関連の適性は高いみたいなのにね。
正しく、才能の無駄使い。
教本のひとつでも用意してくれればいいのに。
《『魔術知識』は閲覧許可を取得可能です》
《カスタマイズポイント:50が必要です。取得しますか?》
……は?
え、なに? 知識もスキルみたいに取れるの?
遅いよ! そういうことはもっと早くに―――うぇっぷ。
口から変な液体が出た。本当に余裕がなくなってきたみたいだ。
全身に脱力感も襲ってきてる。
吐き気と目眩も酷くなってきた。
これはもうシステムに文句つけてる場合じゃない。
新しい知識を得たとしても、すぐに使えるかどうか不明―――。
こうなったらプランBしかないね。
ねぇよそんなもん?
今回に限っては違うよ。
ボクがあれこれと思案している内に、ウミネコたちは陸地に到達していた。
海辺近くに降りるのかとも思ったけど、さらに少し進んで、森の上を飛んでいく。
しばらくして、ウミネコの群れは高い木枝の上へと降りる。
シルバーも仲間に従うように適当な木を見つけて降りた。
よし。ここならイケる。
プランB発動。
毛針を伸ばす。
衰弱して毛針も萎れてきてたけど、密着した相手に外すはずもない。
最初から毛を絡めて逃げないようにもしてるからね。
突き刺して、『吸収』発動。
ヴャー、とか怒ったネコみたいな鳴き声を漏らすけど気にしない。
こっちは命が懸かってるからね。
ようやく海を渡りきったところで残念だろうけど、容赦はしないよ。
まあ感謝の言葉くらいは贈るけどね。
これまで、ご苦労様。
そう、ボクが狙ったのはレベルアップだ。
強くなるための、手っ取り早い方法だね。
それで何かが変わるかは分からない。
でも、ウミネコの一羽くらい仕留めるのは密着してれば簡単だからね。
試してみるのは悪くない。
最初に一羽倒しただけで、レベルは三つも上がった。
もう一回くらいのレベルアップは期待できる。
《特定行動により、称号『仲間殺し』を獲得しました》
《称号『仲間殺し』により、『我道』スキルが覚醒しました》
《条件が満たされました。『不動の心』が承認されます》
《『不動の心』取得により、関連スキルが解放されました》
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・ロウ・パサルリアがLV4からLV5になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『吸収』スキルが上昇しました》
《条件が満たされたため、魔獣、ティニィ・ロウ・パサルリアは進化可能です》
《進化選択先は一種類のみです。進化しますか?》
ほんの数秒で『吸収』は完了する。
後には真っ白な灰が残されて、散っていった。
そして、期待以上のメッセージが届いたよ。
不本意な称号も手に入れたみたいだけど、それは置いておいて―――、
進化可能!
つまり、この謎の毛玉体から解放されるってことだね!?
スケルトンがリッチになったり。
蜘蛛がアラクネになったり。
蛇がドラゴンになったり。
いやまあ、そこまでは期待できないけど、手足が生えるくらいはありそうだ。
ってことで、進化するよ!
システムさん、お願い!
《申請を受諾。進化を開始します》
メッセージと同時に、強烈な目眩を覚える。
いや、睡魔かな。
また衰弱が襲ってきたのかと思ったけど、それとは違う感じだ。
ほんの少しだけ安心感もある。
ボクは逆らえずに目を閉じていった。
最後に、ニャー、という聞き慣れた声が聞こえて―――、
飛んで行くシルバーの姿が見えた。
あれ? 行っちゃうの?
隣にいた仲間が灰になっても、平然として首を傾げてるだけだったのに。
そんなにボクの進化が劇的だったのかなあ?
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魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:5 名前:なし
戦闘力:24
社会生活力:-360
カルマ:-560
特性:
魔獣種 :『毛針』『吸収』
魔導の才・極:『干渉』『魔力強化』
英傑絶佳・従:『成長加速』
手芸の才・参:『器用』
不動の心 :『我道』
称号:
『使い魔候補』『仲間殺し』
カスタマイズポイント:150
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