18 夜襲
夜、ボクは闇と風の二重結界を張って眠りにつく。
近づく者がいれば察知できる結界だ。
城壁の外まで範囲を伸ばしたいけど、まだそこまでは届かない。
なので、ボクの屋敷の周囲だけ。
ちなみに屋敷の内装は、まだまだ人に見せられるものじゃない。
簡単に廊下と部屋を分けただけだからね。
装飾品のひとつもない。
入ってすぐに屋敷っぽくホールを作ってみたけど、絨毯くらい敷かないと雰囲気がよろしくないね。
シャンデリアとかも用意したい。
だけどガラスの作り方なんて知らないからねえ。
あ、でもお風呂はしっかりと作ったよ。
水を出すのも沸かすのも、魔法頼みだけどね。
炎熱系魔術が得意なラミアがいたんで、術式を参考にさせてもらった。
『万能魔導』になって、ボクも炎熱系の魔術がそこそこ使えるようになったからね。
お風呂を沸かすくらいなら問題ない。
温かな湯船に浸かって、一日の疲れを落とす。
柔らかな布団に転がって、睡魔に引かれるまま目を閉じる。
安心して眠れるって幸せだよね。
この日も、そんな平穏な夜だったのに―――。
《行為経験値が一定に達しました。『自動感知』スキルが上昇しました》
荒々しい気配を察知して、ボクは目を覚ました。
すぐに大きな音も響いてくる。
屋敷の玄関が乱暴に開け放たれたみたいだった。
そして怒鳴るような声も聞こえた。
アルラウネやラミアの声じゃないのはすぐに分かった。
だって、男の声だったから。
それも複数だ。屋敷の奥へ向かってくる足音も続く。
乱入者? 賊?
これはつまり、城壁を越えてきた?
カチャカチャと、剣や鎧が擦れるような音もする。
声からしても、相手は人間みたいで―――。
《行為経験値が一定に達しました。『沈思速考』スキルが上昇しました》
ボクが最初に考えたのは、地下の脱出路へ飛び込むことだ。
すでに完成している。
床板に上手く隠す形になっているので、まず見つからない。
ボクだけなら安全に脱出できる。
だけど、ここはボクのお城だ。
相手は招かれざる客―――なら、逃げるのは向こうじゃあないかな?
扉の向こうにある気配を探る。
二人か三人?
なんとなくだけど、さほど脅威には感じない。
よし。扉を開ける。
毛玉、出撃。
ちょうど廊下の角を曲がってきた三人と目が合った。
二人は革鎧を着て、剣を握っている。もう一人はローブ姿で杖持ちだ。
冒険者風だね。
戦士が二人と、魔術師ってところだ。
ボクの姿を見て、三人は揃って慌てた声を上げる。
闇結界の中なのに見えてるのは、空中に光が浮かんでいるおかげかな。
松明の灯りくらいなら闇結界は打ち消すから、魔法の明かりなんだろうね。
ともあれ、その三人はこっちに向かってきた。
はっきりと殺意を放ちながら。
戦士二人が剣を振り上げる。
でも遅い。
以前にボクの眼を潰してくれた戦士にくらべれば、赤ん坊の歩み程度だ。
正当防衛だと判断してから、余裕を持って反撃できた。
『八万針』発射。
徹甲針と死毒針、ついでに爆裂針もまとめてばら撒く。
狭い廊下とか関係なく、三人は回避する動作も見せないまま毛針に貫かれた。
死体になって転がる。
《特定行動により、称号『人殺し』を獲得しました》
《称号『人殺し』により、各種能力値ボーナスを得ました》
あっさりだったね。
そういえば直接に人を殺したのは初めて……じゃない、か。
前回の人攫いも、一応は人間だったね。忘れかけてたよ。
まあ、別にどうでもいいか。
罪を犯したワケでもないし。
それよりも、これで終わりじゃないのは分かってる。
屋敷の外からも不穏な音が流れてきてるよ。
剣や槍を打ち鳴らす音。それに怒号や、悲鳴。
戦いの気配だ。
ボクはすぐさま屋敷の外へ飛び出す。
毛針を撃ち放ちつつ、上空へと浮かび上がる。
冒険者数名の断末摩の叫びを聞きながら、周囲を見渡した。
屋敷の前には、アルラウネとラミアの死体があった。
三名分。
一名は背中から斬られて、残りの二名は炎で全身を焼かれていた。
犯人が誰かなんて考えるまでもない。
周囲で暴れている冒険者どもだ。
皆殺しにしよう。
《行為経験値が一定に達しました。『威圧』スキルが上昇しました》
拠点内部には、すでに数十名の冒険者が入り込んで暴れていた。
城門が開け放たれてる。
夜闇に紛れて城壁を乗り越えて、内側から開けたのかな。
壁は高くても、見張りの人数は少なかったからね。仕方ないか。
次からは何か対策を考えよう。
いまは暴れてる冒険者を片付けるのが先だ。
アルラウネやラミアも応戦してる。
だけど魅了対策をしてるのか、冒険者の方が優勢だね。
とりわけアルラウネは夜に弱いみたいだし、まともに戦えていない。
ラミアは頑張って槍を振るったりしてるけど、冒険者の方が戦い慣れてる感じだ。
上空から見て、大まかな状況は把握できた。
ボクはひとつ息を吐く。
そして、次々と魔眼を撃ち放った。
拠点内部なので『死滅』や『災禍』の魔眼は使えない。
アルラウネやラミアを傷つけるつもりはないからね。
だけど充分だよ。
『凍結の魔眼』で、次々と冒険者どもを凍らせていく。
複眼も使って全方位にばら撒くので、幾分か威力は落ちる。
それでも元の威力が強いからね。
『魔眼覇王』になって、底上げされたみたいだ。
全身を凍りつかせるのは無理でも、足下を凍らせるとかでも事足りる。
動きが止まった冒険者には、ラミアたちがトドメを刺してくれるからね。
装備に関しては、ボクたちの方が上質だ。
特製の鎖帷子や盾は、下手な剣撃なら弾き返せる。
槍の方も、金属甲冑くらいなら貫けるからね。
それでも冒険者の方が戦闘技能で上回ってるみたいで、アルラウネもラミアも身を守るので精一杯みたいだ。
なるべく早く片付けたい。
中には、ボクの魔眼を完全に防ぐ相手もいた。
だけどほんの数人だ。
そういう奴には、『衝破の魔眼』を叩き込む。
《総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV4からLV5になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『衝破の魔眼』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力集中』スキルが上昇しました》
単純な衝撃じゃない。
推測になるけど、視点の先に超振動を発生させる魔眼だ。
魔術効果に抵抗できなければ、文字通りに分解されて弾け散る。
たとえ人間の体でも関係なく。
我ながら、恐ろしい魔眼を手に入れてしまったものだね。
ほとんど地面と同化した冒険者の死体を見下ろして、次の敵を探す。
同時に『大治の魔眼』を発動させて、アルラウネやラミアたちの治療も行っていく。
なにやら声を上げて、ボクに語り掛けてくるラミアがいた。
言葉は分からない。でも拠点の奥を指差していた。
そちらへ目を向けた直後、悲鳴が聞こえてきた。
ラミアたちが住居にしてる洞窟のある辺りだ。
ボクはそちらへと飛ぶ。
何が起こっているのかは、すぐに分かった。
十数名の冒険者が、洞窟から出てくるところだった。
その手にはラミアの卵を抱えている。
幼いアルラウネを縛って抱えた奴もいた。
連れ去るつもりだ。
やらせない―――そう思って、攻撃しようとした、けれど、
《行為経験値が一定に達しました。『危機感知』スキルが上昇しました》
一人の冒険者と目が合った。
全身の毛が自然と逆立つ。
強い―――相手も同じことを思ったみたいで、纏う気配が変わった。
まだ若い男の冒険者だね。二十歳にも届いてないように見える。
黒髪で、顔立ちは少し鋭い感じだ。
片刃の剣を二本、其々の手に構えている。二刀流だ。
そいつは他の冒険者へ向けて、なにやら大声で告げた。
先に行け、とかそんな感じだね。
ボクは逃げようとする連中へ毛針を飛ばす。
だけど二刀剣士が割って入った。
毛針は斬り落とされ、あるいは障壁で防がれる。
やっぱり手強い相手だ。
残念だけど、他の連中に構ってる余裕はなさそうだね。
厳しい戦いになりそうだったし、それに―――、
「Σξッ、πmκバックベア○ドο゛φτÅ……」
その呟きは聞き逃せなかった。
今夜はここまで。




