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06 毛玉vs魚竜③

 一瞬、巨大魚竜が目を見開いた。

 まさかボクの方から突っ込んでくるとは思いもしなかったのだろう。

 見た目は弱そうな黒毛玉だしね。

 実際、巨大魚竜に殴られたら一発で潰されて終わるはずだ。

 だから虚を突けた。


 でもそれで何が変わる訳でもなく、巨大魚竜はボクを捻り潰そうとする。

 太く長い身体を回転させた。

 ヒレの付いた尾が横薙ぎに、ボクを叩き潰そうと迫る。

 樹木をまとめて薙ぎ倒すほどの攻撃だ。

 ボクには防ぐのも押し止めるのも不可能。

 だけど、どうせ最初から回避するしかないのは覚悟していた。


 ボクは前進しながら跳ぶ。

 同時に、『衝撃の魔眼』を自身の足下に放つ。

 高々と飛んで、尾撃を回避―――、


《行為経験値が一定に達しました。『回避』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『衝撃耐性』スキルが上昇しました》

《条件が満たされました。『衝撃大耐性』スキルが解放されます》


 避けたはずだった。

 だけど重い空気に叩かれて、体ごと弾き飛ばされる。

 木枝の何本かを折って、太い幹に激突して止まる。


 うぇっぷ。肺の中の空気が全部搾り取られたみたいだ。

 いや、この毛玉体に肺があるのか知らないけど。

 まあ、呼吸はしてるからあるんだろうね。

 今はどうせもいいけど。


 怪我の度合いは、けっこう酷い。潰れる一歩手前ってところかな。

 視界が歪む。すぐにも眠りたくなる。

 だけど、まだ動ける。

 巨大魚竜が大きく口を開けて迫ってきた。

 ボクを噛み砕いて、完全な決着とするつもりだろう。

 その直前で、ボクは跳ねた。


 もはや使い慣れた『空中遊泳』と『衝撃の魔眼』の合わせ技。

 加えて今回は、衝撃による自分へのダメージを構わず、速度優先で。

 同時に、『雷撃の魔眼』も放つ。

 鱗に弾かれるけど、一瞬でも目眩ましになればいい。

 巨大魚竜の顎は空中を噛んだ。


 そしてボクは、大きな頭を越えて、巨体の上を取った。

 背ビレのすぐ近く、首筋の付け根あたりに取り付く。

 即座に黒毛を伸ばす。

 ヒレや鱗の隙間を狙って、何重にも絡めて、がっちりとしがみ付いた。


《行為経験値が一定に達しました。『操作』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『九拾針』スキルが上昇しました》


 そう、最初に白毛玉だった時には、この戦い方しかなかった。

 いまも正に、その状況と同じだ。


 『死毒の魔眼』は通じない。

 『万魔撃』も弾かれる。

 他の魔術を使ったところで結果は見えている。

 だったら、残された武器はひとつしかない。

 相手に絡みつき、鱗の隙間から毛針を刺して―――『高速吸収』発動!


 途端に、巨大魚竜は咆哮を上げた。

 さすがに危険な攻撃だと察したみたいだ。

 激しく身を捩る。背中にいるボクに噛み付こうとする。

 巨大魚竜の首は長くて、柔軟性もある。

 だけど背中に牙が届くほどじゃない。

 無理だと悟ると、今度は両肩から生えた翼を動かした。

 どうにかしてボクを叩き落そうとする。

 でも、そちらも届かない。ちょうどボクは死角に入っているからね。

 けっこう強烈な風が巻き起こったけど、振り落とされるほどじゃない。


 その間にも、ボクは『高速吸収』を続けている。

 さすがに抵抗が強い。

 十秒や二十秒で終わる感覚じゃないけど、確実に吸っているのは分かる。


《行為経験値が一定に達しました。『高速吸収』スキルが大幅に上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『高速吸収』スキルが上昇しました》


 よし。こっちの勢いが増した。

 このまま―――と思った直後、巨大魚竜が勢いよく飛び上がった。

 唐突な浮遊感が襲ってくる。

 ボクが一番恐れたのは、背中から地面にダイブされることだ。

 そうなったらもう潰されるしかない。

 あるいは逃げて、もう一度取り付く機会を狙うか。

 だけど巨大魚竜が打った手は、予想外のものだった。


《行為経験値が一定に達しました。『水冷耐性』スキルが上昇しました》


 飛び立ち、一気に森の上を抜けて、そのまま湖へと突っ込んだ。

 水中戦に引き込まれた。

 重々しい水の流れが、ボクの全身を叩いて押し剥がそうとする。

 絡めた黒毛の束がブチブチと悲鳴を上げた。


 だけど堪える。

 堪えながら、黒毛に流す魔力量を増やして強化する。

 さらに吸収する速度を上げていく。

 あとは、ボクの息が切れるのが先か、吸収が終わるのが先か―――。

”それだけ”の勝負じゃなかった。


 周囲から、幾つもの大きな影が迫ってきた。

 魚竜だ。群れだ。

 たぶん、巨大魚竜が配下を呼び集めたんだろう。

 少なくとも十数体はいる。まさかここにきて集団で攻めてくるなんて。

 ちょっと心が折れそうになる。泣きたくなる。

 ボクは静かな湖畔でのんびり過ごせれば満足だったのに、どうしてこんな修羅場に叩き込まれてるんだろう。

 ああもう。でも、泣き言も漏らすのは生き残ってからだね。


 迫ってくる魚竜たちを、衝撃&凍結の魔眼で迎撃する。

 水中だと、さすがに『死毒の魔眼』は使えない。

 ボク自身まで巻き込まれたら耐えられないからね。

 『九拾針』は使えるけど威力が落ちる。ほとんどが回避される。

 それでも牽制のために撃ち続けるしかない。


 もしも一匹でも抜けてきて、齧りつかれたら終わる。

 たとえ一撃で潰されなくても、巨大魚竜の背から落とされたら最期だ。

 ここは水中。魚竜たちのフィールド。

 毛玉であるボクは、後はもう嬲られて殺されるだけになる。

 そうなる前に、一瞬でも早く吸い尽くすしかない。


《行為経験値が一定に達しました。『一騎当千』スキルが上昇しました》


 毛針と魔眼を全方位へ撃ちまくる。

 牙剥く魚竜たちの群れを次々と打ち払っていく。

 さすがに魚竜も一体一体が手強いので、仕留められる個体は少ない。

 それでも衝撃で突撃を逸らして、氷を壁代わりにして近づけさせない。


 一体が氷を噛み砕きながら迫ってきた。

 『加護』の盾も鋭い牙で貫かれる。

 その顎を狙って『衝撃の魔眼』を叩き込む。

 辛うじて牙が逸れて、ボクの体を傷つけながらも通り過ぎていった。


 だけど、かなり深く抉られた。

 また意識が落ちそうになる。

 息もどんどん苦しくなる。追いつめられていく。

 だけど巨大魚竜だって必死なはずだ。

 密着してるから、動きに焦りが混じってきたのも感じられる。

 ほとんど本能任せで毛針を撒き散らして、ボクは魔眼を放ちまくった。

 同時に、巨大魚竜にも意識を向けて、そのすべてを吸い上げていく―――。


《行為経験値が一定に達しました。『加護』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『衝撃の魔眼』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『凍結の魔眼』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『高速吸収』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『我慢』スキルが上昇しました》

《条件が満たされました。『不屈』スキルが解放されます》




 そんな戦いが続いたのは、どれくらいの間だろう?

 正確には分からない。測っている余裕なんてあるはずもなかった。

 だけど当然ながら終わりは来るもので―――、


 気がつけば、鱗に絡みつけていたはずの黒毛が解けていた。

 無数の泡が浮かび上がる。

 そうしてボクは、魚竜の群れが舞う水中へと放り出された。



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