04 毛玉vs魚竜①
小高い丘の上から見渡す景色は、なかなかに壮観だ。
まず広い平原が続いている。
生い茂った草が風に揺れて、さわさわと静かな音を流している。
降り注ぐ陽の光も爽やかだ。
足下には、大量の亀オークが死体となって埋まってるけど。
一晩経って訪れてみると、亀オークの拠点は完全に空っぽになってた。
けっこうな被害が出たはずだしね。
生き残ったのがいても逃げ出したんでしょ。
何処かで細々と暮らしてくれてればいいと思う。
まあ、あんな危険種族は絶滅しても構わないとも思うけどねえ。
ともあれ、ここからの眺めは素敵だね。
遠くに見える湖も輝いてるみたいだ。
そんな訳で、心地良い風を感じながら草原を進む。湖を目指して。
見晴らしの良い草原を歩くのは、森の中とはまた違った気分になれる。
空が広いね。
青々としていて、こっちの気分まで晴れやかになる。
大きな鳥も飛んでるし……ん? 鳥?
ちょっと違うね。
遠くて分かり難かったけど怪鳥だ。極彩色だし。
空の上にいる相手なんで大きさも判別し難いけど、十メートルは越えてる。
大猪も一掴みにできるヤツだ。
思わず警戒しちゃったけど、怪鳥は悠然と飛んでるだけだね。
いまのところ、こっちを襲ってくる様子はない。
それもそうか。
あの巨体だと、ボクなんて襲って食べても大した足しにならない。
見つけたとしても、草原で黒い点が動いてるな~、くらいにしか思わないでしょ。
ってことで、気にせず進ませてもらおう。
一応、全方位の視界で姿を捉えてはおくけどね。
こういう時は油断しない。
変なフラグを立てない。
かつ、大胆に行動して先を目指す―――、
とか偉そうなこと考えてる内に、湖が近づいてきた。
怪鳥? どっかに飛んでいったよ。
手頃な獲物でも見つけたんじゃないかなあ。
それよりも湖だ。
遠目でも分かってはいたけど、けっこうな大きさがあるね。
向こう岸を確認するのが難しいくらい。
実際、高い木の上まで登らないと続く水面しか見えないところもある。
日本最大の湖って琵琶湖だっけ?
それくらいはある? ん~……大袈裟かな?
ともかくも、大きくて綺麗な湖だ。
魚とかもいっぱい棲んでいそうだね。
でも問題は魔獣か。水中に引き込んでくるようなのがいるかも?
あ、いや、そういう心配は無さそうだ。
別の心配は必要みたいだけど。
水中から飛び出してくるのがいた。
まるで湖の底から噴火でも起こったみたいに水柱が沸き上がる。
大きな影が三つ。
本当の意味で”飛び出し”て、空へと舞い上がった。
ボクはすぐさま近場の草陰に隠れる。
大きな影には翼が生えていた。細長い身体。腕はなくて、小さめの足が二本。
光を反射する皮膚は鱗に覆われている。
魚のようで少し違う。
アレだ、魚竜だ。
その魚竜三体は上空まで舞い上がると、獲物に襲い掛かった。
襲われたのは、悠然と飛んでいた怪鳥。
大きな牛みたいのを掴んでいたのに、それはボクの近くに落ちた。
と、巻き込まれちゃ堪らないね。
落ちてきた虎模様の牛に毛針を刺す。『高速吸収』発動。
一気に吸収すると、牛は灰になって散っていった。
そして、ボク自身は森へ逃げ込む。
《行為経験値が一定に達しました。『高速吸収』スキルが上昇しました》
べつに、漁夫の利でお腹を膨らませようとしたんじゃないよ。
近くに餌が落ちてたら、アイツラが降りてくるだろうから。
どっちが勝つにしてもね。
空での戦いは、早々に決着がつきそうだった。
三対一で、ほとんど不意打ちでもあった。完全に魚竜が有利だ。
でも空というフィールドでは怪鳥の方が素早い。
派手に動いて、衝撃波みたいのを放つ。さらに炎も吹いた。
でも魚竜も勢い良く水を吐き出す。
水流ブレスというか、ウォーターカッターだね。
翼を傷つけられて、怪鳥が鳴き声を上げる。そこへ魚竜たちが齧りつく。
怪鳥が地面へと叩き落されると、魚竜たちは悠然と降りてくる。
勝利を誇示するみたいに魚竜たちは一鳴きした。
そうして三体で怪鳥の死体を食べ始める。
喰らえ、『万魔撃』!
《行為経験値が一定に達しました。『隠密』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『万魔撃』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『雷撃の魔眼』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『凍結の魔眼』スキルが上昇しました》
草陰からの不意打ち。しかもボクが持つ最大威力の攻撃。
念入りに魔眼も追加した。
後には、こんがりと焼かれた魚竜が残る。
それでもまだ、ふらふらと起き上がって首を回す魚竜が残っていた。
ボクと目が合う。
水流ブレスを吐こうとしたのか、口を開いた。
だけど魔眼の方が早い。
雷撃に貫かれて、今度こそ魚竜は動かなくなった。
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV14からLV15になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《条件が満たされたため、魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダは進化可能です》
《進化承認後、新たな固体を設定します》
おお。レベルアップ&進化可能だ。
やっぱり竜だけあって、経験値的に美味しかったのかな。
三体掛かりとはいえ、あの怪鳥に勝つくらいだしね。
弱いはずがない。『万魔撃』にも耐えてたし。
きっと不意打ちじゃなかったら苦戦してた。
それでも怪鳥の攻撃で傷も負ってたし、勝てると思ったから挑んだんだけどね。
ともあれ、勝利だ。
怪鳥と合わせて、御飯になってもらうとしよう。
あ、食べられるよね?
ちょうど美味しそうな具合に焼けてるし。
鱗は硬そうだけど、これで『万魔撃』も防いだのかな?
まあ剥がすか、一気に吸収しちゃうかすれば―――、
《行為経験値が一定に達しました。『危機感知』スキルが上昇しました》
飛び退く。
直後に、魚竜の死体が真っ二つに裂けた。
一瞬遅れて、衝撃波がボクの体を叩く。吹っ飛ばされた。
あ、あぶなぁー……。
咄嗟に動かなかったら、ボク自身も真っ二つにされていた。
水流カッターだ。
いや、もう水竜カッターと呼ぶべきかな?
それを飛ばしてきたのは魚竜だけど。ややこしいね。
ともかく、新たな魚竜が湖から現れた。
水面から長い首だけを出して、こちらを睨んでいる。
明らかに敵視してるね。
どうしよう? その首だけで、倒した魚竜よりも一回り大きいんだけど。
全長は二十メートルを軽く越えていそうだ。
マザー? ボス? 湖のヌシ?
なんだか知らないけどお怒り様子の巨大魚竜は、激しい水飛沫とともに飛び上がった。
いやもう、水飛沫というより津波っぽい。
ボクは湖畔から急いで離れつつ、空中に舞い上がった巨大魚竜を睨む。
逃がしてくれそうにない。
でも、そこはボクの射程距離内だ。風向きも良好。
『死毒の魔眼』、全力発動!
《行為経験値が一定に達しました。『魔力集中』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『死毒の魔眼』スキルが上昇しました》
他の魔眼を使うことを考えない、正真正銘の全力だ。
確実な一撃必殺を狙った。
『死毒の魔眼』は、ボクが最初に手に入れた必殺技みたいなものだ。
ミミズとか巨人とかに耐えられはした。
だけど、完全な直撃を防げる敵はいなかった。
そういった意味では、『万魔撃』よりも信頼性は高い。
なのに、巨大魚竜は無傷だった。
死毒の黒靄が頭を包み込んだのに、軽く首を捻っただけで払い除けた。
いや、ほんの少しだけ鱗を溶かしたみたいだ。
僅かに額部分の鱗が歪んでる。
でも、それだけだった。
一旦空中高くまで飛び上がった巨大魚竜は、こちらを睨んで一直線に突撃してくる。
まるでミサイルみたいに。
あるいは、ハンマーの打ち下ろしかな。
巨体をそのまま武器にして、辺り一帯ごと小さな黒毛玉を消し潰すつもりだ。
逃げても無駄。防ぐのも無理。
ボクはそう理解して―――、
直後、巨大魚竜が地面へと激突する。
まるで隕石でも落ちたみたいに、周囲のなにもかもが消し飛んだ。
今夜はここまで。




