02 スニーキング&Dミッション
こんばんは。
闇夜に紛れて蠢く漆黒の毛玉です。
これより、異臭漂う深淵たる穿孔への侵入を行いたいと思います。
まあ簡単に言うと、亀オーク拠点へのスニーキングミッションだね。
残念ながらダンボールは無い。
だけど今のボクなら、いざとなっても脱出くらいは出来るはず。
以前に会ったボスオークが十匹とか出てきたら危険だけどね。
まず、有り得ないと思う。
昼間にこっそり観察してたんだけど、普通の亀オークばかりしか姿を見掛けない。
斥候型の緑亀オークが数匹いたけど、それだけ。
やっぱり前回の戦いでの被害は大きかったんじゃないかな?
なんだか必死に銀子を攫おうとしてたし、それなりの戦力は出してたんだと思う。
全戦力を傾けてでも!、ってくらいに必死だったからね。
その戦力を、ボクが徹底的に削った。
だからいまは、奴らの数は少ない。
そう考えるのは、ちょっと楽観的すぎるかな?
だけどもっと多くの戦力があるのなら、亀オークの勢力圏が広がってるはず。
見たところ、この拠点の近く以外では亀オークは活動していない。
斜面には幾つも穴があるけど、まったく出入りのない所もあるからね。
おまけに、夜になって奴らは中央の穴に集まってるみたいだった。
その数は全部で百体程度。
数が減ってるっていうのは、そう悪い推測じゃないはず。
だったら一気に殲滅、っていう考えも浮かんだ。
広い場所の方が、ボクの魔眼は使い易い。
逃げ場の確保もできる。
戦うだけなら、わざわざ潜入する意味はないよね。
だけど、まあ、ちょっとした思いつきだよ。
もしかしたら、銀子みたいに攫われた子がいるかもなあ、って。
例えそうでも、ボクが助ける義理はないんだけどね。
倫理的にも法的にも、亀オークの殲滅を優先していいと思う。
それでも、巻き添えで生き埋めなんかにしちゃったら後味悪いからね。
まあ、ボクにメリットが無い訳じゃない。
隠密系のスキルは上がるだろうし。
もしも助け出せる人がいたら、今後のためになるかも知れない。
銀子だって、あれこれと助けになってくれたし。
ん~……まあ、言い訳してても仕方ないか。
ボクがしたいようにする。
危なくなったら、『万魔撃』で洞窟くり抜いて脱出しよう。
そんな訳で、こっそり丘の裏手まで回り込んでおいた。
奴ら、けっこう頭がいいかと思ってたんだけど、こっちまでは警戒してないね。
実は馬鹿なのかな?
これじゃあ、いくらでも丘の上から不意打ちできるよ。
念を入れて、慎重に身を隠しながら進むけどね。
草陰を静かに進むだけじゃなくて、匂いへの対策もしてある。
湿った風を纏って、匂いの粒子を水分でキャッチ。そのまま地面へ染み込ませる。
そんな魔術を開発しちゃいました。
基本的な水球を生み出す魔術と、風魔術の合わせ技だ。
やってることは簡単なんだよね。
言い換えるなら、霧を発生させてるだけ?
欠点があるとすれば、ボク自身も湿っちゃうことかな。
でもいまの黒毛は少しくらいの水なら弾くし、毛針を使うのに支障はない。
ってことで、丘の上へ位置取るのにも成功したよ。
斜面を見下ろすと、二体の亀オークが大きな洞窟を見張ってる。
ん? 欠伸なんてしてるね。
これは完全に気づいてない。よし、死ね。
『混沌の魔眼』、発動!
二体とも、ビクリと全身を震えさせる。だけど声も上げられない。
そこへボクが駆け寄って、後頭部に着地。
毛針を突き刺し、即座に『高速吸収』発動。
む? 死体や植物から吸収するのとは違和感があるね。
抵抗されてる?
生き物としては当然か。だけど、ボクの吸う力の方が強い。
一体に掛かるのは五秒ってところ?
とかやっている間に吸い終わった。
愕然として震えているもう一体に飛び掛かって、同じように仕留める。
吸収され切ると、死体も残らない。
我ながら完璧な暗殺だね。
奴らが声も上げられなかったのは、『混沌の魔眼』に含まれる麻痺効果のおかげだ。
この魔眼、基本は混乱効果なのは間違いなかった。
でもさすがに”混沌”って言うだけあって、他の効果も含まれてた。
とりあえず確認できたのは、あとは”石化”くらいだけどね。
魅了とか病魔とかあってもおかしくない。
思えば、ビクリとして動きを止めてた敵もいた。
その時も一瞬だけ麻痺効果とかが現れてたんだろうね。
石化とかの効果が薄いのは、いまひとつボクのイメージが固まってないからかな。
要練習だね。
ともかくも、入り口は確保。
お邪魔しまーす、と。
声を掛けたから不法侵入じゃないよね。
あ、声は出てないか。まあいいや。
洞窟内部はけっこう広いね。通路も太い。
天井の高さもそれなりにあるけど、頭上を進んで見つからないほどじゃない。
端っこをコソコソ進むしかないね。
幸い、夜なので影は多い。
明かりも壁に掛けられている松明がまばらにあるくらいだ。
ん~……亀オークの姿もないね。気配もない。
通路に沿っていくつも部屋があるけど、扉もないから覗き放題だ。
なんか雑草をいっぱい放り込んである部屋がある。
それも複数。酷い匂いがするね。
もしかして、寝室? 麦わらベッドならぬ雑草ベッド?
戦いの時は知恵が回りそうだったのに、こういう文化面は全然なのか。
まさか、発酵食品を作ってるなんてことないよね?
いやだよ、亀オーク手製の納豆とか。
まあ、そんな珍しい物も転がっていない。無視して奥へ進む。
乱雑に武器を収めてる部屋もあった。
錆びていたり、欠けていたりする武器ばっかりだね。
修理するっていう文化も無いのかな。
お、今度は食料庫?
とはいえ、肉とか魚とか、よく分からない果実とかが乱雑に積まれてるだけだ。
腐りかけの物も混じってる。
どうせ持っていく余裕もないね。
よし。適当に毒針撃っておこう。
そんな地味な破壊工作をしつつ、さらに奥へと進む。
地下、というか下層へ向かう斜面があって、螺旋状になってる。
二層構造の洞窟だね。
生活関連の知恵は無くても、こういう構造物を作る技術はあるんだね。
必要に迫られて、っていう部分もあるんだろうけど。
いきなり上層が崩れたりしないよね? 大丈夫だよね?
不安を覚えながらも下層へ向かう。
ここまで来たら、トコトン進んでやろう。
なんて考えてたけど、そこまで奥深い洞窟でもないみたいだった。
真っ直ぐに幅広の通路が続いていて、また両脇に幾つかの部屋がある。
だけど一番奥の突き当たりは大広間になっていた。
下層に降りた時点で、その大広間に亀オークが集まってるのが分かった。
ブもぉ~、とかいう雄叫びが聞こえてくる。
大勢がなにやら騒いでるみたいだ。
《行為経験値が一定に達しました。『魔力感知』スキルが上昇しました》
んん? 大きな魔力反応もあるね。
何かしらの魔術を使おうとしてるのかな?
近づきつつ、視力も強化して広間の様子を覗き見る。
大勢の亀オークが立ち並んでいて、部屋の奥には杖持ちがいる。
石や骨で作ったアクセサリで着飾った、少し派手なオークだ。
その杖持ちが場を仕切ってるみたいだね。
魔力反応は、部屋の中央、亀オークたちの頭上にあった。
青白い光が集まってる。
どうやら全員がそこへ魔力を流してるみたいだ。
ん~……みんなの魔力を集めて、何らかの大きな術式を行おうとしてる?
そんなところかな。
だけど見たところ、術式とも言えないような、歪みきった魔力の集まりだ。
暴走だけはしてないけど……。
まあ、何を企んでるのかは分からなくてもいいや。
どうせロクなことじゃない。
よし。邪魔してやろう。
ここには亀オーク以外はいないみたいだしね。
ってことで、上層へ戻る通路の端まで移動して……、
まずは『闇裂の魔眼』、発動!
広間全体を暗闇で覆う。同時に、見えない斬撃がそこかしこに乱れ飛ぶ。
一瞬、喧騒が止んだかと思うと、次の瞬間には悲鳴が響き渡った。
だけど、まだまだ。
続いて『凍結の魔眼』、『雷撃の魔眼』もまとめて叩き込む。
あ、『混沌の魔眼』は暗闇で相手を捉えられないと効かないのか。
いま気づいた。
だけど二種類でも充分っぽいね。
広間のあちこちが凍りついて、亀オークどもが次々に巻き込まれる。
通路を真っ直ぐに進んだ雷撃が、その進路上に焼死体を作っていく。
阿鼻叫喚だね。
地獄絵図だ。
まあ相手が亀オークなので、ちっとも心は痛まないけど。
幸運にも生き残った奴らが何体か、広間から逃げ出してきた。
だけど遅い。
充分に”溜め”時間はあったからね。
トドメの、目からビーム! 『万魔撃』!
派手な破壊音を背中で受けながら、ボクはそそくさと撤退。
一気に洞窟の外へと出る。
邪魔しにくる敵もいなかった。
そうして奴らの拠点から離れたところで、もう一発『万魔撃』を叩き込む。
見事に崩れてるね。これは運が良くても生き埋めコースじゃない?
うん。スッキリした。
《―――が、一定に……zx……ッ―――》
ん? いま、システムメッセージがあったけど、なに?
掻き消えた?
まるで途中で切れた電話みたいに、雑音が混じったんだけど?
《通信障害を確認。修正、メッセージの再送信を行います》
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV12からLV14になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『隠密』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『無音』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『闇裂の魔眼』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『凍結の魔眼』スキルが上昇しました》
え、あ、ハイ。分かりました。
それにしても、通信障害って……どういうこと?
これまでボクは仮にシステムメッセージって呼んでたけど、本当に機械っぽいね。
いや、機械的って言うべきかな?
微妙なニュアンスの違いなんだけど……。
このスキルシステムとか、神様みたいのが管理してるんじゃないのかな。
魔法のある世界だから、そういうファンタジー的な方向で考えてた。
でも、実は違う?
超科学の産物とか?
んん~……うん、分からないね。
これもまた考えても仕方ないことだ。頭の片隅で放置しておこう。
ともあれ、亀オークどもは殲滅してやった。
これで少しは森も平和に近づくんじゃないかな。




