幕間 とある勇者候補の始まり
目を覚ますと暗闇だった。
ぼんやりと橙色の光が揺れていたが、ほとんど暗闇みたいなもんだ。
夜中にロウソクでも点けてんのか?
停電? どういう状況だよ?
いや、そうだ―――!!
俺は教室にいたはずだ。
いきなりデカイ車が突っ込んできやがったんだ。
ありえねえ状況だった。目の前で轢き潰されていく奴の姿も見た。
俺も正面から激突されたはずだ。
なのに、生きてる? よっぽど運が良かったのか?
なら、ここは病院ってことか?
だけどおかしい。
全身の感覚がいつもと違いすぎる。視界もやけにぼやけてやがる。
怪我の影響かとも思ったが、誰でもいいから人を呼ぼうとして気づいた。
口から出たのは、俺の声じゃなかった。
いや、俺の声だった。違う。だが―――、
そんな風に錯乱したのも仕方ねえだろ。
まさか自分が赤ん坊になってるなんて、そう簡単に受け入れられるかよ。
こんな状況で冷静さを保てる奴がいたら、そいつはきっと狂人だ。
生憎、俺はそんな大した人間じゃなかった。
生まれつきの強面なだけで、勘違いする奴もいたが……そんなことはどうでもいいか。
嫌なこと思い出しちまった。
くそっ、心底どうでもいいのにな。
とにかく異常な状況だった。
いっそ地獄に落ちたって言われた方が受け入れ易かったかもな。
自分が転生した、と理解できたのは少し後になってからだ。
そして、それよりも早く地獄みてえな光景を見せられた。
転生なんて異常を感じているのは俺だけだった。
俺以外の、俺の両親にとっては、一大事ではあっても当り前のことだったはずだ。
親が子供を産む。育てる。
自分たちの赤ん坊を見て喜ぶのも当り前だよな。
ぼやけた顔しか見えなかったが、嬉しそうな声は聞こえてた。
抱きかかえられて、温もりを分けてもらって、俺も少しだけ安心した。
父親は髭面で、太い腕をしていた。
母親は優しそうな声で語り掛けてくれて、俺の頭を撫でる手は荒れていた。
小さな家だっていうのも分かった。
床板が軋む音が聞こえて、部屋の端まで灯りは届いていなかった。
それでも新しい父親と母親は、幸せそうに笑い合っていた。
前世の両親よりもずっと立派な人間だったはずだ。
本当に、温かかった。
だけど、殺された。
いきなり白鎧姿の男たちが家に押し入ってきて、剣で父親を斬り殺した。
俺は男たちの一人に強引に抱えられた。
背後から、母親の悲鳴が聞こえた。
俺は呆然としているしかなかった。
状況を受け入れることも、把握することも、泣き出すことさえ出来なかった。
そうして男たちに連れ去られて―――、
五才になった俺は、いま教会で暮らしている。
毎朝、定められた時間に起きて、神に祈るフリをする。
心の中で悪態を吐くのも日課だ。
偉そうな神父が星神とやらの話を語っているが聞き流す。
どうせクズ野郎が信じてる神だ。
実在はしてるみてえだが、ロクでもない奴なのは間違いねえ。
無駄な時間を過ごした後、朝食を済ませた俺は、教会内の訓練場へと向かう。
この教会は、星神教の総本山だ。
星神教ってのは、この大陸全土に影響を持っているらしい。クズ司祭が語ったことだが、ひとつの国を作っているほどだから、あながち嘘ばかりでもないだろう。
シュリオン聖教国。
それがこの国の名前で、俺がブッ潰すべき相手だ。
生まれたばかりの俺を連れ去ったのは、教会の兵士どもだった。
星神からお告げがあったそうだ。『世界の守護者』が生まれる、と。
それが俺だってワケだ。
歓迎したくないが、その『世界の守護者』とやらの称号は、俺のステータスにしっかりと表示されてやがる。
で、その称号を持つ奴はきまって”勇者”になるらしい。
俺からすれば馬鹿馬鹿しい話だ。
勇者だの魔王だのは中学二年で卒業しろって思うぜ。
だがこの世界では、現実に”魔王”ってのも存在してるそうだ。
魔王だからって悪人とは限らねえと思うがな。
なにせ、教会の人間は揃って「魔王を討つべし」って言ってやがる。
むしろ俺としては、その魔王の側に立ちたいくらいだ。
ともかくも俺は『世界の守護者』で、将来的には人間離れした力を持てるらしい。
その力を教会は手駒として扱いたいって企んでやがる。
子供の頃から洗脳して、ってことだな。
誰がそう都合よく動いてやるか、と俺は反吐が出る想いを抱えてる。
だけど考え無しに暴れたって、子供の俺じゃあ、力で押さえつけられるだけだ。
それくらいは予想できた。
最悪、”奴隷の首輪”って道具もあるそうだからな。
主人の命令には絶対服従、逆らえば首ごと吹っ飛ぶ、っていうロクでもねえ魔法の道具だ。
いまのところ、奴等は油断してるのか、俺を奴隷扱いはしていない。
だから、ひとまずは従順なフリをして力をつけることにした。
毎日の訓練には積極的に取り組んでやった。
倒れるまで。明らかに子供への虐待だろ、って思う内容もあったがな。
厄介だったのは、自分のステータスを教会の奴等に把握されることだ。
高位の『感知』系スキルや、魔術を使えば、そういった真似も出来るらしい。
敵に手の内を把握されるなんて冗談じゃ済まねえ。
密かに力をつけるのも不可能になるからな。
だが逆に、ステータスを誤魔化す技も存在した。
幸い、”才能”や”スキル”に関しては、教会に詳しい資料があったからな。
貴重な資料らしいが目を通すことは叶った。
仮にも俺は勇者だから、鍛錬の一環としてな。
おかげで『詐術の才』や『欺瞞』スキルを早目に覚えられた。
まあステータスの確認は、そう頻繁に行われはしなかった。高位のスキルや魔術が必要だからな。精々、数ヶ月に一度くらいだ。
いざとなったら強引な手段を使ってでも防ぐつもりだった。
神の啓示が降りた、とか言って相手の目を潰したりな。
だけどなるべく騒動は避けるべきだ。
もっと力を付けたい。
朝から晩まで剣を振って、魔術の訓練をして、時には魔獣討伐にも参加した。
もちろん、他人の目が無い場所でのスキル上げなんかもやっておいた。
十才までには出て行くか―――、
そう考えていたが、まだ俺は甘かったらしい。
この教会にいる連中のゲス加減は、俺の想像以上だった。
六歳になった頃、神父の一人から呼び出された。
正式には枢機卿とかいう肩書きを持った、お偉いさんだ。
夜中だったが逆らう訳にもいかない。
呼び出しにきた教会兵も、当然のように俺が従うものと思っていやがった。
俺はこっそり行っていた訓練を中断して、そいつの部屋へ向かった。
部屋に入ると、小太りの神父が薄手の服一枚を羽織った格好で待っていた。
バスローブ姿みたいなやつだ。
オヤジの半裸なんて見たくもない俺は、顔を顰めそうになるのを必死に抑えていた。
違和感はあった。
いつもは趣味の悪い神官服で着飾っている奴なのに、その格好だ。
この時点で察せられなかったのは、やっぱり俺の甘さなんだろうな。
小太り神父は、しばらく偉そうに語っていた。
勇者の在り方とか、
星神教の将来とか、
如何に自分が敬虔な信徒だとか―――ぶん殴ってやりたくなった。
ルイとか気安く呼ぶな。
気持ち悪いんだよ、あと息が臭い。
酒を注いだグラスを時折口に運びながら、そいつは嬉しそうにしてやがった。
悦に入っていた、ってやつだな。
これからの”お楽しみ”を前にして。
服を脱げ、と言われた時にようやく俺にも事態が察せられた。
まさか子供に、しかも男の俺に対して、そんな欲望を向けてくるとはな。
神だって呆れるだろ。
俺が迷ったのは一瞬だった。
奴が手を伸ばしてきた時には覚悟は決まっていた。
『隠密』、『無音』を発動。
同時に『錬気』、『闘魔』も使う。
手刀に『疾風撃』『剛力撃』、『破戒撃』、おまけで『絶剣』も乗せた。
一撃で、あっさりと、小太り神父の首は刎ね飛ばされる。
だけど、あまり気持ちのいいものじゃない。
クズ野郎とはいえ、人間を殺すっていうのは少しだけ心が痛んだ。
殺しに慣れていくのも怖いな。
それでもさすがに、のんびりと後悔してるほど、俺も馬鹿じゃない。
外に異変を気づかれはしなかったが、きっと長くはもたない。
俺はすぐに窓から抜け出した。
そのまま『隠密』を駆使して教会からも脱出する。
いまの俺より戦闘力が高い奴は、教会兵の中にはいない。
だからといって、教会全部を敵に回して勝てるかどうかは別問題だ。
何百人、何千人を相手にしたら、さすがに殺されるだろう。
しかし参った。
教会から出て行くのは決めていたが、先の計画はまったくの白紙だった。
おまけに、いまの俺は体ひとつだ。
金も持っていない。剣の一本すら無い。
クズ神父の部屋を漁れば金くらいあったはずだが、そこまで考えが至らなかった。
どうするか―――。
とりあえず、他の国にでも行ってみるかな。
”勇者候補”の肩書きを頼らせてもらうか。
庶民の家のタンスや宝箱を漁るのも勇者の特権らしいし、なんとかなるだろ。
いや、それはさすがに冗談だけどな。
聞いた話だと、西にあるゼルバルド帝国は教会と仲が悪いらしい。
ほとんど敵対関係だそうだ。
数年後の”外来襲撃”に備えて、さすがに戦争はしてねえみたいだが。
敵の敵がまともな味方、とは限らねえ。
だけど行ってみる価値はあるだろ。
実際に、自分の目で確かめて、どうするか決めるのはそれからだ。
連載再開にあたって、ステータス表記などを改稿してあります。
ストーリーの大幅な変更はありませんが、少しだけ違っている部分もあるので、ご注意を。
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人類種 ヒューラル LV:16 名前:ルイディアス・フロード
戦闘力:12860
社会生活力:2550
カルマ:1670
特性:
人類種 :『怪力』『頑健』
世界守之剣 :『絶剣』『破戒撃』『剛力撃』『疾風撃』『危機感知』『錬気』
『成長加速』『幸運』『闘魔』『無音』『回避』『受け流し』
『上級剣術』『魔力大強化』『高速魔』『聖光術』『封印術』
『上級炎熱系魔術』『上級風雷系魔術』
世界守之鎧 :『反射』『生命力大強化』『物理大耐性』『光大耐性』『堅牢』
『状態異常大耐性』『斬撃大耐性』『刺突大耐性』『猛毒耐性』
『全属性大耐性』『我慢』『沈思速考』『難攻不落』
強面 :『威圧』
詐術の才・弐:『隠密』『欺瞞』『鑑定』
閲覧許可 :『共通言語』『魔術知識』『魔獣知識』『常識』
称号:
『世界の守護者』『孤児』『魔獣の天敵』『熟練戦士』『人類最強』
『欺く者』『研鑽を積む者』『助ける者』『人殺し』
カスタマイズポイント:200
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