幕間 とある銀ランク冒険者の野望
俺の名はグラッツ・オードフル。
偉大なるゼルバルド帝国を支える貴族諸侯のひとつ、オードフル家の三男―――、
なんて過去は、とっくに抹消されている。
俺の馬鹿な行動が原因だ。
でも、だからといって後悔はしていない。
どうせ貴族の三男坊なんてのは、よっぽどの大貴族でもない限りは苦労ばかりを背負わされる。辺境の領主貴族にでもなれれば御の字ってところだ。
そんな退屈で侘しい生活よりも、俺は夢を追い求めることにした。
幼い頃に抱いた、男の浪漫だ。
そう、俺は―――美しいエルフと結婚したい!
馬鹿か、馬鹿だろ、馬鹿ですわ、この大馬鹿者!、と家族からは揃って罵られた。
いやまあ、社会的に非常識なのは、俺だって理解している。
帝国とエルフは、一応は友好関係を築いている。同じ人類種だと認め合って、交易を行い、互いに友人として助け合っていこうと宣言もした。
しかし仮にも貴族の婚姻となれば話はまったく別だ。
そもそもエルフだって排他的で、自分たちの島に篭もっていて、多種族との交流は最低限のものに限っている。
だけどなあ、忘れられないんだよ。
子供の頃に見た、エルフの美しさが。
だから俺は家を捨てて、冒険者になった。
ちょうど何とかという有名な冒険者がエルフと結ばれた、なんて噂を聞いたところだったからな。俺も続こうと思ったんだ。
幸い、剣技には自信があった。
帝国騎士団にも誘われていたくらいだ。当事ですでに『戦士』の称号は持っていたからな。
だが俺は夢を追って冒険者になった。
そりゃあ苦労もしたが、仲間にも恵まれて、順調に成功を収めていった。
パーティ名は『四色の槍』。
誰も槍なんて使えないけどな。
最初はちょっとした依頼で組んだ臨時パーティで、その場のノリで付けた名前だった。長い付き合いになるとは、誰も思っていなかったからな。
そんな名前はともかく、パーティとしての中身は悪くない。
感知系の才能に秀でたバスタは、レンジャーとして頼りになる。俺の記憶に限れば魔獣から先手を取られたことがない。弓や短剣の腕前もなかなかのものだ。
ヴルスも有能な魔術師だ。寡黙なヤツだが、自分の役目は心得ている。
『魔術の才』の上位にある『魔導の才』を持っていて、風雷系の魔術は強力なものばかりだ。怒らせると俺にまで雷撃を放ってくる危ないヤツだがな。
紅一点であるアプフェールは、大地の女神を信奉している。
神官で、かつ冒険者なんて珍しいんだがな。修行の一環らしい。
長命種である『ラディ・ヒューラル』なので、見た目は完全に幼女だ。しかし防護系統の魔術は頼りになるし、実は俺たちの中で最も戦闘力が高い。
辺り一帯の地面を刃に変えて、魔獣の群れを殲滅したりもできる。
おまけに接近戦も強い。近づいた魔獣は、鉄棍で粉砕される。
ああ、魔獣に限らないな。
以前、邪教の集団が毒を撒いて川を汚染した事件があった。その際にアプフェールは、犯人である邪教徒どもを片っ端から潰していった。
「魂から悔い改めなさいデス」とか言いながら、淡々と頭をカチ割っていくんだ。
あの時、俺は誓ったね。
自然は大切にしよう、と。
話が逸れたが、ともかくも俺たちは『銀』ランク冒険者として認められている。
もう一流を名乗っても許されるランクだ。
まあ金、白金、竜なんていう化け物ランクには及ばないが、何処の街に行っても頼りにされるくらいだからな。
”遠征”の誘いを受けたのも、当然と言えば当然だった。
大陸の南にある、ムスペルンド島への遠征。
帝国と、それに対抗する各国が競って乗り出している。さすがに本格的な軍の派遣までには至っていないがな。
”外来襲撃”への備えもあるから、現状では橋頭堡を築いたってところだろう。
ムスペルンド島は、”最後の魔境”だとか言われている。
大陸では魔獣の数もかなり減ってきた。魔族との和睦も成立して、ほぼ全土が人類の領域となったおかげだ。
だが、ムスペルンド島は違う。
数年前から街を作るために帝国から兵団が派遣されている。それでも幾度も魔獣による襲撃を受けて、かなりの苦労をさせられているって話だ。
どうにか冒険者の行き来ができるようになったのも最近になってから。
新種の魔獣もいるし、大陸から逃げた魔獣も増え始めているらしい。
危険な土地だ。
だが、その分だけ収獲も期待できる。
俺たちは四人で話し合い、多少の議論はあったが、全員が納得して遠征への参加を決めた。
でもまさか、あんな出会いがあるとは夢にも思っていなかった。
「ありました。これです」
街に戻ってきた俺たちは、”五人”で食事の席を囲んでいた。
黙々とスープを口へ運んでいたヴルスは、その間も『魔獣知識』を読み進め続けていた。
知識系のスキルは実に便利だ。
様々な知識を得られるし、貧しい者でも努力次第で才能を活かせる。
まあ、俺みたいに勉強嫌いな人間には使い難いスキルだけどな。
閲覧許可を得ても、しっかりと読んで知識を自分の物にしないと、本のページが止まってしまう。おかげで、俺の『常識』なんかは数ページしかない。
だが、生真面目なヴルスは違う。
こいつの『魔獣知識』は、とっくに五百ページくらいは越えていた。
なのに、あの”黒毛玉”については記されていなかった。
「随分と時間が掛かったな。それだけ珍しい魔獣ってことか」
「そりゃあ、あんなのがほいほい出てきたら堪らないぜ」
バスタは苦笑を零しながら、テーブルの上に身を乗り出す。開かれた『魔獣知識』へ興味深げな目を向けた。
いつもはお気楽なバスタだが、今回は死に掛けたからな。
自慢の優顔も毒でボロボロにされて、アプフェールの治療がなかったら二度と見られなくなっていたところだ。
「ベアルーダ種……聞いたこともないデス」
そのアプフェールも、野菜スティックを齧りながら呟いた。
『魔獣知識』から浮かび上がった映像へ、真剣な眼差しを注ぐ。
「特殊進化種デスか? あるいは異常発生個体?」
「いえ。非常に稀少なだけのようです。あれ自体は変異種かも知れませんが」
「黒毛に単眼、八本足、特徴は同じデスね。でも……」
「はい。戦闘力は高くても一千とあります。あれは、そんな程度じゃなかったです」
魔術担当の二人は、普段の口数は少ない。
だけど一旦興味を刺激されると、こうして一気に喋り出す。
まあ、今回は俺も気持ちが分からないでもない。
あの黒毛玉は異常だった。
一歩間違えたら、俺たちは全滅していただろう。得体の知れない魔術を使う上に、全身の毛が武器で、何処から攻撃しても隙が無い。おまけに空中を素早く移動して、危なくなったら逃げる知能まで備えている。
もう一度戦えと言われたら、俺は遠慮したいね。
辛うじて無事で済んだとはいえ、自慢の盾と鎧がボロボロにされた。
修理だけで、ここ最近の稼ぎが吹っ飛んだからな。
「この幼体も気になりますね。黒毛玉に対して、白毛玉ですよ」
「パサルリア種? え……戦闘力、一桁デスか?」
「手足もなく、満足に動けもしないそうです。『毛針』で近づいてきた獲物を捉えるそうですが、そうそう捕まる魔獣なんていないでしょう? しかもこの状態から進化しないと、七日ほどで寿命が尽きるみたいですよ」
「七日って……なんというか、哀れみを誘う生き物デスね」
「だけど進化すると怖いですよ。個体によっては、『魔眼』を使いこなすそうです。しかも一種類だけでなく、何種類、下手をすれば何十種類も。普通の魔眼使いでは有り得ないことです。いや、そもそも魔眼というだけで非常に珍しいんですが―――」
ヴルスとアプフェールは熱心に語り続けている。
きっと頭を働かせるのが好きなんだろうな。
だが、どんなに考えたって、あの事態は説明できないと思うぜ。
だって、魔獣が人の姿になるなんて―――自分の正気すら疑いたくなる。
ましてや、あんな可愛い子だったなんて。
そういや御伽噺でもあったな。
呪いで魔獣にされたお姫様が、勇者のキスで元に戻るっていうのが。
お姫様と勇者が結ばれて大団円ってやつだ。
俺は勇者じゃないが、もう一度、あの毛玉と出会えれば……、
いやいや、何を考えてる?
あんな奴に近づくなんて危ない真似、誰が望んでやるかって話だ。
だいたい、俺はエルフ一筋だって決めてるんだ。
ともあれ、だ。
あの黒毛玉は信じ難いほどに驚きの塊だった。
でも俺だけじゃなくて全員が目撃して、体験したことだ。
夢や幻じゃない。
その証拠に、彼女がここにいるんだからな。
「……なに?」
「いや、何でもないって。だから睨まないでくれよ」
俺がちょっと目を向けただけで、彼女、シルヴィは不機嫌そうに睨み返してきた。
明らかに嫌われている。
まあ原因は分かっている。理解もできる。
自分のペットを殺そうとした奴とは、そうそう仲良くできないよな。
彼女に言わせれば大切な友達らしい。尚更だな。
しかも俺が剣を振るおうとした瞬間を、目の前で見ていたんだから。
だけどなあ。普通は考えもしないだろ。
まさか、魔獣が子供を守っているなんて。
使い魔なんてのもいるが、あれは一部の貴族だけが持つ特権だ。
と、俺も一応は貴族だっけな。まあいいや。
ともかくも、そこいらに人間の味方になる魔獣なんていないはずだった。
シルヴィはエルフの里から攫われて、海を渡って、この島まで連れて来られたそうだ。恐らく人攫いどもは島を横断して、東にあるウィンディア王国の街へ向かうつもりだったんだろう。
エルフの里は大陸の西方、海を隔てた先にある。
帝国とは友好関係にあるエルフだが、大陸東側の国々では、未だに亜人種などと言われて差別も受けている。奴隷の売買ができるのも東側だけだ。
だから、危険は承知で、この島に渡ってきたんだろう。
帝国領を通り抜けるよりは捕まり難いのは事実だ。
だが、その人攫いどもには運がなかった。頭も悪かった。
エルフの里に乗り込んで戦うなんて、自殺行為みたいなもんだ。
森を味方につけたエルフの戦闘力は群を抜いている。その里の近くでは多くの獣人も一緒に暮らしていて、外敵に対しては容赦無く牙を振るう。
かつて大陸全土で猛威を振るった『魔獣オーグァルブ』でさえも、エルフの里では苦戦し、ついには撃退された。それが連中を絶滅させる切っ掛けになったとも言われている。
実際、人攫いどもは手痛い反撃を受けたはずだ。
シルヴィを連れてきたのは三人だけだって話だし、残りは撃退されたのだろう。
その生き残った三人も、結局は魔獣の餌食になった。
あの黒毛玉に睨まれて。
「そこらの犯罪者程度じゃ、相手にもならねえだろうなあ」
「……怖くないもん」
「ん? ああ、大丈夫だぞ。ちゃんと故郷まで送り届けて……」
「違う! 私を守ってくれたの! とっても優しいんだから!」
「あ、ああ。あの毛玉の話か……って、怖いって言ったのは俺じゃねえぞ。バスタやヴルスじゃねえか」
非難の目を逸らそうと、俺は二人に話を向ける。
だけど揃って顔を背けやがった。
息もピッタリ。本当に頼もしい仲間どもだ。
「まあ落ち着くデス。グラッツだって悪気は無いのデスよ」
そう言って、アプフェールが仲裁に入ってくれる。
シルヴィは基本的に良い子だ。話が通じる。
相手が俺でなければ、と条件がつくのが難点だが。
「ただ、グラッツはアホなのです。アホでエロだから剣を振るしか能がないのデス」
「って、待てアプィ! 誰がアホでエロだ!?」
「美人の嫁さん探しのために貴族をやめるなんてアホは、一人しかいないのデス」
「ぅ、それは事実だが……とにかく、アホ呼ばわりはやめろ。シルヴィが子供らしくない哀れみの視線を向けてきてるじゃねえか!」
アプフェールの言葉なら、シルヴィも素直に受け入れてくれる。
俺だって、なるべく仲良くしたいんだ。
これからしばらくは一緒に旅をする仲間でもあるんだし。
そう、俺たちはエルフの里までシルヴィを送り届ける。
善意での行動じゃない。冒険者として依頼を受けたからだ。
依頼主はシルヴィ自身で、報酬もしっかりと用意してくれた。攫われてきて、子供で、今日の食事にも困るようなシルヴィだったが、上質な”グドラマゴラの根”を持っていた。
珍しい魔樹であるグドラマゴラの根は、粉末にして、魔力回復薬の材料になる。
普通の人参くらいの大きさでも、一級品の剣と同じくらいの値段がつく。
しかもシルヴィが持っていたのは、人間と同じくらいに育った物だった。破片だけだったのは残念だが、それでも驚くほどの高値で売れた。
そうして俺たちが雇われた、という訳だ。
他の冒険者を頼らなかったのだから、それなりに信頼してくれているのだろう。
でもやっぱり、俺に向ける眼差しは厳しい。
時々、呻りもする。
まあ子供だから可愛いものだけどな。
「な、なあ、シルヴィ」
「……許さないもん」
「いや、えっと、それは悪かったと言うか……そうじゃなくてだな」
可愛いものなんだが、相手がエルフだと思うと遠慮が先に立ってしまう。
俺にとって、エルフは幼い頃からの憧れだからな。
相手が子供だとしても、敬意を抱いてしまう訳だ。
そうでなくとも、あの森から一人で生還してきたことには素直に賞讃を覚える。
ともあれ、ひとつ尋ねたいことがある。
実はずっと聞きたくて、機会を得られずに困っていたんだ。
「なんと言うか……これから俺たちは、エルフの里へ向かうんだ」
「……うん。分かってるの」
「それでだな、これは重要なことで、どうしても聞いておきたいんだが……」
コホン、と咳払いをひとつ。
俺は真剣な眼差しをシルヴィへと向ける。
「シルヴィには、お姉さんとかいるかな? 血は繋がっていなくてもいい。知り合いとかでも構わない。年頃の、そう、結婚ができそうな、種族が違う俺でも受け入れてくれるような人がいたら紹介を―――」
え? あれ? なんだかシルヴィの視線から寒気を感じるんですが?
じっとりとして軽蔑が混じっているような?
アプフェールさん、なんで悪巧みするような顔で耳打ちしてるんですか?
あ、また一段とシルヴィの視線が冷たくなった。
「……最低なの」
「まったくデス。やっぱりグラッツはエロくて変態なのデス」
「え、ちょっ!? いったい何を吹き込んだんだよ!?」
見た目幼女の二人は、揃って俺から距離を取る。まるで汚いモノを前にしたみたいに。
はあ。折角、糸口を掴んだと思ったのに。
俺の悲願が叶えるには、どうやらまだまだ苦労が必要らしい。
閑話をもう1話挟んで、夜には第二章を始めます。




