38 始まりのエピローグ
息を潜めて枝から枝へと移動する。
僅かに葉を揺らす音にまで気を配りながら。
例の冒険者たちに負けてから、二日が過ぎた。
あ、いや、負けたんじゃないね。
戦略的撤退をしただけ。
生き残れば、それ即ち勝利である、とか。
何処かの偉い人も言ってた気がする。
だからボクも勝利進行中ってことでいいんじゃないかなあ。
まあ、どっちでもいいや。
ボクってあんまり勝敗に拘る性格でもないからね。
それよりも、今は連中を見失わないようにしないといけない。
見失わないというか、匂いや音を辿って尾行してるんだけどね。
視線が通る距離まで近づくと、それはまた危なそうだから。
今度は徹底して慎重にいくよ。
直接に見えなくても、ある程度の様子は窺えるからね。
とりあえず、この二日間、銀子は無事に過ごしているみたいだ。
最初の晩こそ、泣き喚く声や、言い争うような声が聞こえてきた。
だけどその後は、大きな騒動は起こっていないらしい。
ちらりと、幼女神官に手を引かれてる場面も見えた。
まるで幼稚園か小学校に通う友達同士みたいに。
そこまで仲良くなってるかは分からないけどね。
それに、あの幼女神官もけっこう侮れない。
『死毒』の治療もできたみたいだし、『万魔撃』を防いだのも彼女の力が大きいんじゃないかな。
細かく観察してる余裕はなかったけど、かなり頑丈そうな『加護』も張ってた。
少なくとも、見た目通りの幼女じゃないね。
まあそれは、あいつらの仲間って時点で分かってるんだけど。
ところで、こうしてスニーキングミッションをしてるおかげか、スキルの進化もあった。
『静寂』が強化されて、そこから三つも新スキルが解放された。
正直、驚いたよ。危うく木の枝から落ちそうになっちゃったくらいに。
『静寂』って、たしか『待機』から進化したんだよね。
どっちも何もしないでいると手に入るスキルだった。
言うなれば、簡単に手に入るスキルだよね。
だけどその簡単なことが基本で、色んなことに通じてるってことなのかな。
まあ、システムの理屈はともあれ。
その新スキルっていうのが、『自動感知』、『隠密』、『無音』。
まず『自動感知』。
これは感知系スキルが合わさったものみたいだ。
生命力や魔力、匂いや音、精霊力なんかもまとめて感知できる。
ただ、元から自分が持ってない感覚はプラスされないらしい。
試しに『精霊感知』を意識的に外したら、そっちは感じられなくなった。
そして一番の特徴は、名前通りに”自動”であることだね。
他の感知系スキルも、普通にしてても働いてくれる部分はあった。
だけど意識が逸れてると、やっぱり効果は鈍ってくる。
『自動感知』にはそれが無いみたいだ。
だからといって、情報量の多さに煩わされることもないんだよね。
常に、自然と周囲を探れている感じがする。
あれだよ、武芸の達人には不意打ちが効かない、みたいな。
ついにボクも達人になっちゃったね。
生後一ヶ月ちょっとの毛玉なのに。
ともかくも、おかげで魔獣からの奇襲も回避できた。
途中で一回、木陰からアルマジロが転がって突撃してきたんだよね。
気づかなかったら、トラックに跳ね飛ばされるみたいになってたと思う。
さらりと回避した後は、魔眼と毛針で仕留めて御飯になってもらったよ。
もちろんその後は、冒険者たちに見つからないように隠れたけど。
隠れるのも、『隠密』と『無音』のおかげで楽になった気がする。
こっちのスキルは読んで字の如しだね。
元からボクは体重も軽いし、足音とかも派手じゃなかったとは思うけど。
あ、だけど魔力とかはどうか分からないね。
もしかしたら反応が垂れ流しだったかも。
何にしても、これからもサバイバル生活を続けるなら有り難いスキルだよ。
たぶん、街には入れないからね。
冒険者たちを尾行してきて、なんとなく分かってきた。
うん。このまま銀子を預けた方がいい。
幾分か森が開けてきて、様子を窺いやすくなってきた。
少なくとも、銀子は酷い扱いを受けていない。
大きな鞄は背負っているけど、これまでボクが持ってきたヤツだ。
前の野営地から運んできてたみたいだね。
銀子が疲れて歩みが遅くなったところで、幼女神官が荷物を持とうとしてる場面もあった。
だけど、どうやら銀子の方が拒絶してるらしい。
それでも冒険者たちは、仕方ないな、といった顔をして銀子の遅い歩みに付き合っていた。
あの人攫いたちみたいに、小さな背中を蹴ったりもしない。
きっと街まで連れて行って、後の面倒もそれなりに見てくれるだろう。
エルフの国とかがあるなら、そこまで帰る手筈も整えてくれるかも知れない。
連絡くらいは取ってくれるはずだと思える。
楽観的かも知れないけどね。
でも、ボクと一緒に森の中で暮らすよりは安全なはずだ。
だから……お別れだね。
まあ、なんとなく、こうなるんじゃないかとは思っていたよ。
わざわざ危険な変身をしたのは、そのためでもある。
お別れの挨拶は、あれで充分だったよね。
銀子だって、きっと分かってくれるでしょ。
そう考えながら、ボクは木苺を齧る。
冒険者たちが野営地を引き払った後、その場に置かれていたものだ。
他にも、偽リンゴとか、根っ子の欠片とか、熊ベーコンも幾つか置いてあった。
荷物の中から、銀子が残してくれたんだろうね。
草編みポーチでも作って、体に縛って持てるようにしよう。
《行為経験値が一定に達しました。『細工』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『裁縫』スキルが上昇しました》
よし、完成。これまでで一番の出来栄えだね。
あんまり多くの物は詰め込めないけど、頑丈な作りになってる。
まず失くす心配はない。
大切にしよう。
さらに二日が過ぎて、完全に森が途切れた。
平原が広がっていて、その先に街の影も見える。
北側が海に面した街みたいだ。石造りの壁に囲まれてて安全そうだね。
そして、どうやら無事に辿り着けそうだ。
冒険者四名も。銀子も。
平原を揃って歩いていく。
それなりに銀子も打ち解けてるみたいだね。
少なくとも、幼女神官となにやら話しているのは見える。
レンジャーが軽い感じで話し掛けると、困った顔になりながらも返答はしていた。
魔術師は黙々と歩いているだけ。
戦士は遠慮がちに話し掛けて、きつく睨み返されていた。
よし。戦士が怯んでる。もっと睨んでやれ。
なんなら魔眼を発動しても許すよ。
まあさすがにそれは無理な注文だろうけどね。
そんな銀子だけど、何度か森の方を振り返っていた。
立ち止まりもしていた。
だけど幼女神官に呼ばれて、手を引かれて、小さく頷いてから街へ向かっていく。
最後に大きく手を振って、そこからはもう振り返らない。
うん。ちゃんと分かってくれたみたいだね。
縁があれば、また何処かで会えるかも。
でも、いまはお別れだ。
ボクも森に戻ろう。
まだまだ生き残るための試練は続きそうだ。
強くならなくちゃいけない。
叶うなら、ボクを使い魔として呼んだ子とももう一度会いたいね。
それに、そもそも転生なんて事態になってるのも謎だ。
いつか答えが得られるのかな。
もしかしたら、ボク以外にも転生してる人がいるかも知れない。
なにもかも、これからで―――。
振り返って、枝から枝へと移りながら木苺を齧る。
甘いはずなのに。
少しだけ、しょっぱい味が混じっていた。
数日後、ボクは、とある物を発見した。
森の中、鬱蒼と茂る木々の合間に、大破したタンクローリーが転がっていた。
これにて、当作品はひとまず完結となります。
あれこれと放置された部分が気になる方には申し訳ありませんが、続く予定は今のところ無しということで。
最後まで付き合ってくださった読者の皆さんには、大変感謝しています。
ありがとうございました。
……ということだったんですが、色々と思うところがありまして、連載再開しました。もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。




