36 四人の冒険者
何匹かの蜂は攻撃してきたけど、しつこく追って来たりはしなかった。
最初の襲撃地点からある程度離れると、完全に襲撃はなくなったね。
たぶん、近くに巣があったんじゃないかな。
地球の蜂も、縄張りさえ侵さなければ襲ってこなかったし。
でも同じとは限らないから、今夜は警戒をするつもりだ。
また軍団を引き連れて襲ってくる、なんて勘弁して欲しいよ。
あんな妙な習性を持ってるのは亀オークだけで充分だ。
さて、いつものように木の上から周囲を確認。
もう夕暮れだし、ここらへんで野営をする予定……だったんだけど?
木々の合間から上がる煙が見えた。
距離にして数百メートル。走ればすぐに辿り着ける距離だ。
だけど木枝が立ち塞がって、何があるのかは見て取れない。
放っておくのはマズイかな。
見た感じ、焚火の煙にも思える。
ん? こっちも火を焚いたら向こうからも気づかれるか。
ボクは急いで木から降りて銀子を止める。
ちょうど薪に火をつけようとしているところだった。
そうして、説明を始める。絵を描いて。
あの煙が何なのか、ボクがひとっ走りして確かめてくるつもりだ。
もしも危険な事態だったら戻ってくる。
すぐに銀子も連れて逃げるようにする。
その間、銀子には隠れてもらうことにした。
木陰に穴を掘って潜めるようにする。草を掛けておけば、まず発見されない。
匂いに鋭い魔獣がいたら危ないけどね。
だけど偵察する短い時間なら大丈夫でしょ。
そんな作戦を丁寧に説明すると、銀子は少し不安げな顔をして手を伸ばしてきた。
ひとしきりボクを撫でると、素直に従ってくれる。
それにしても、銀子は子供にしては随分と逞しいよね。
腕力なんかは全然だけど、精神的には下手な大人より立派じゃないかな。
あ、でも、やっぱりそうとも言えない?
ほら、あんまりにも怖い目に遭うと、お漏らしとかするし……。
まあ本人の名誉のために、そこは目を瞑っておこう。
ともあれ、銀子が隠れたのを確認してボクは偵察へと向かう。
煙が見えた方向へと駆けて、途中から木の上に登る。
《行為経験値が一定に達しました。『登攀』スキルが上昇しました》
《条件が満たされました。『立体機動』スキルが解放されます》
む、妙なタイミングで強化されたね。
だけど『立体機動』か。森の中では有り難いスキルかもね。
枝から枝へ飛び移るのが、幾分か楽になった気がする。
さすがに空中を自由に飛び回る、とはいかないみたいだけどね。
それにしても、こういう肉体的なスキルってどうなってるんだろう。
”スキルに頼った力”っていう訳じゃない。サポートはあるみたいだどね。
あくまで自分の力って感じはするけど……、
もしかして、肉体改造でもされてる? スキルが解放される一瞬の内に?
ん~……細かな検証をしてる暇はないか。
もう煙が近づいてきた。
木陰の隙間から目を凝らす。
だけど実は、少し前から声が聞こえていた。
そう、人間らしき声だ。
笑い声も混じってる。
言葉は分からないけど、響きからして間違いないはずだ。
そして、その姿もいま確認できた。
四名の人間が、焚火を囲んで談笑してる。
男が三名に女が一名。なんというか……冒険者っぽい?
一人は戦士風。金属製の全身甲冑を着て、腰には剣を差している。
もう一人も戦士っぽいけど、動き易そうな革鎧だ。レンジャーとかかな。
残りの男女は魔術師風だね。男の方は紺色のローブに大きな杖、もう一方は魔術師というより神官っぽい服装かな。
あと、女神官の方は小さい。子供くらいの背丈しかない。
女神官っていうより、幼女神官? 銀子よりは年上っぽいかな。
なんだか幼女に縁があるね。
やっぱりボクがバックベ○ードっぽいから?
まさかね。関係ないよね。関係ないと言って欲しい。
ともかくも、ざっと見たところ、いかにもな冒険者パーティだと思える。
慎重に近寄って、『鑑定』もしてみる。
『鑑定知識』には一人一人の映像が収められるけど、相変わらず文字は読めない。
精々、”魔獣種”と書かれていないのが分かるくらいだ。
あ、でも全員が揃いのアクセサリーを付けてるね。
首に下げていたり、装備に縫い付けていたりするけど、小さなプレートが目立つ。
銀色の金属板には、なにやら文字も刻まれている。
もしかして、身分証明書?
冒険者にありがちな、ランクを示すための物とか?
だとしたら、銀色ランクの冒険者か。
けっこう強そうだね。
金属甲冑だけを見てもお金が掛かってそうだし、なんとなく風格も感じられる。
年齢は、幼女神官を除いて、二十代周辺ってところかな。
地球での年齢を合わせても、全員がボクより年上っぽい。
まあ毛玉としての年齢なんて、まだ二ヶ月も経ってないんだけど。
とにかくも下手な衝突は避けるべき―――、
って、なんか凄いものが転がってるのが見えた。
焚火の奥、簡素なテントが張られた脇に、大きな塊が転がってる。
幾つかに割られてるみたいだけど、特徴的な模様は間違いない。
蜂の巣だ。
ほぼ確実に、ボクたちが襲われた巨大蜂の巣だよね。
となると、あの蜂の群れを駆逐してきたってことか。
どういう経緯かは分からないけど、これで戦闘力の高さは証明されたね。
やっぱり慎重に対応するべきだ。
そもそも、ボクだって争うつもりはない。
むしろ友好的に接したいね。
冒険者だっていうなら、街へ連れていってもらえるよう頼めるかも知れない。
銀子の保護にも協力してくれないかな。
ただ、一番の問題はボクが毛玉だってことだ。
種族的に魔獣ってのは、人間に狩られる側みたいだからねえ。
こんにちは~って挨拶しに行く訳にもいかない。
銀子を連れていけば話くらい出来るかも知れない。
だけど危険だとも思えるんだよね。
最初に会った人攫い連中の件もある。
また銀子が酷い目に遭ったら……まあ、困りはしないんだけどね。
やっぱり人間として見捨てるのはどうかと思うし。
毛玉だけど。
彼らの中に、エルフが一人でもいれば接触してみてもよかったんだけどねえ。
残念ながら、四人とも一般的な人間みたいだし……?
ん? 四人、だったよね?
いつの間にか、焚火を囲んでるのが三人に―――ッ!
《行為経験値が一定に達しました。『危機感知』スキルが上昇しました》
咄嗟に枝から跳ぶ。
木陰から短剣が飛んできた。
迎撃は間に合わない。正確で鋭い攻撃だった。
短剣は木の幹に突き刺さる。
でも、ボクの表皮も薄く傷つけていった。
大した傷じゃない。
構わずに、短剣が飛んできた方向へ注意を向ける。
木陰に一人の男、さっきまで焚火の近くにいたレンジャーが潜んでいた。
ボクの気配を察して、こっそりと近づいてきたみたいだ。
その手には新しい短剣も握られている。
着地を狙われた。今度は避けられない。
だけど甘く見たね。迎撃なら出来るんだよ。
『九拾針』&『衝撃の魔眼』、レンジャーにも何発か叩き込む。
向こうも僅かに目を見開いただけで避けたけど、こっちも同時に動いてる。
また別の枝へと跳んで、そのまま逃走―――
と思ったところで、がっくりと足から力が抜けた。
え? なに? どういうこと?
地面へ落下してしまう。
咄嗟に『空中遊泳』を使ってダメージを和らげる。
ゴロゴロと地面を転がった。
落ちた原因はなんとなく分かった。マズイ。体が痺れて動かない。
たぶん、さっき掠った短剣に毒でも塗られてたんだ。
システムメッセージが、その推測が事実だろうと告げてくれる。
《行為経験値が一定に達しました。『麻痺耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『睡眠耐性』スキルが上昇しました》
猛毒耐性だと防げない、単純じゃない毒ってことだね。
まあ原因は外れてても構わないよ。
それよりも、いまはこの事態をなんとかしないといけない。
地面に転がったボクを狙って、レンジャーがまた短剣を投げてくる。
さらに声を上げた。仲間を呼ぶつもりらしい。
くそぅ。慎重なヤツだね。
だけどこっちが打てる手は尽きた訳じゃないよ。
短剣を迎撃しつつ、衝撃の魔眼を近距離で控えめに発動。
『空中遊泳』と合わせて、ボク自身を吹き飛ばす。
多少のダメージはあっても、『加護』を使ってれば無視できるくらいだ。
短い距離を飛ぶ間に、『操作』と『魔闘』を発動。
肉体的には痺れていても、魔力を通してなら強引に足を動かせる。
とにかくいまは逃げる。距離を取る。
もう友好的な接触とか言ってる場合じゃない。
向こうから仕掛けてきたんだ。こっちも全力で生き残らせてもらうよ。
逃げようとするボクを追おうと、レンジャーが木陰から駆け出した。
狙い通り。
風向きも確認してある。死ね。
『死毒の魔眼』、発動!