35 戦いから一晩明けて
おはようございます。
悪い獣どもから幼女を守って、一晩が明けました。
その幼女から抱き潰されそうになっている毛玉です。
よっぽど怖かったのか、銀子は一晩に何度もボクを強く抱きしめてきた。
その度に起こされて、ロクに眠れなかったよ。
まあ、あんな化け物オークに攫われかけたんだから無理もないけど。
それにしても、どうしてアイツラは必死になって襲ってきたんだろう。
戦いの時は考える余裕もなかったけど、明らかに不自然だよね。
こっちからは手を出していないのに。
縄張りとかあって、そこを荒らしたと勘違いでもされた?
だけど最後はボクを倒すことより、銀子を優先してるみたいだった。
銀子を攫うことを。
それが目的だとして……やっぱり、エロ同人みたいなことしたかったのかね。
うん。やめよう。
下衆な想像なんてしても気分が悪くなるだけだからね。
オークの心情なんて知りたくもないよ。
それよりも休みたい。
あの後は、戦いの場から少し離れて、あらためて野営地を作り直した。
夜中遅くになっちゃったけどね。
だけど、どうせ今日は丸一日休むつもりだ。
さすがに疲れたからね。
傷は治したし、魔力も急いで回復させた。
それでもあんなに気を張ったのは初めてで、ゆっくりした時間が欲しくなってる。
銀子も精神的に参ってるみたいだしね。
早く動いた方が安全なのかも知れないけど、休息も必要だよ。
元より危険だらけの森でもあることだし。
無理をして、またあんな戦いに放り込まれでもしたら、今度は切り抜けられる気がしない。
万全の状態を保つのも大切だね。
ってことで、今日は遅くまで寝る。
二度寝万歳。
ぐうたら最高。
ん~……寝坊が許されるだけでも、人間だった頃より嬉しい生活かもねえ。
昼前になって、ようやく銀子も目を覚ました。
本当に疲れてたんだろうね。
栄養のある物でも食べさせてあげたいけど、ベーコンと木苺が精一杯だ。
それでも銀子はゆっくりとスープを口へ運ぶと、幸せそうに微笑んだ。
とりあえずは元気になったみたいだね。
よしよし。毛球で撫でてあげよう。
そうして食事を済ませると、銀子は荷物をまとめ始めた。
ん? 今日はここで休むつもりだったんだけど?
どうやら伝わっていないらしい。
言葉が通じないから、こういう細かな行き違いも起こるんだよね。
仕方ないか。
昼の鍛錬時間を削れば、少しの距離なら進める。
途中で新しい食材も見つかるかも知れないし、夕方前までは頑張ってみようか。
それじゃあボクも準備を、と思った時だ。
妙なシステムメッセージが届いた。
《警告します。次回の外来襲撃まで、およそ330日です。
万全の準備を心掛けてください》
……外来襲撃?
意味はいまひとつ分からないけど、襲撃というのは穏やかじゃないね。
システムがわざわざ『警告』とも言ってる。
尋常じゃない何かが起こりそうだ。
それに―――作業をしていた銀子も手を止めていた。
ボクの方を振り返って、急に頭を撫でてくる。不安を覚えた時の顔だ。
どうやらいまのメッセージは、銀子にも届いていたらしい。
ん~……そういえば、天気の注意報とか地震の警報みたいな言い回しだったね。
広域のメッセージってこと?
あるいは全世界規模とか?
まあ、考えても分からないか。
何かが起こるにしても330日後らしいし、いまは構わなくていいでしょ。
ってことで、銀子を宥めて作業再開。
ほら、浮かんであげよう。
少しくらいなら遊んでもいいよ。
ただし涎で汚すのは許さない方向で。
ふよふよと浮かびながら森を進む。
うん。これはなかなか楽しい。癖になりそうだ。
そう、ボクはいま浮かびながら移動してる。
銀子に押してもらわなくても、自分の意志で移動できるようになった。
『浮遊』スキルが、ついに『空中遊泳』に進化したおかげだ。
体内にある魔術回路がより複雑になったのも分かる。
まだゆっくりとしか進めないし、さほど高くも浮かべない。
精々、銀子の頭の上くらいまでだね。
それでも充分に面白いよ。
やっぱり空を飛ぶっていうのは浪漫があるよね。
幼女の頭に乗る毛玉っていうシュールな光景も描き出せる。
銀子と遊んでやってたのも無駄じゃなかった。
ついにボクは空を手に入れ―――
《行為経験値が一定に達しました。『刺突耐性』スキルが上昇しました》
うぎゃぁぁっ!? ブスリと刺さった!
何がって、でっかい蜂の針が。
いつの間に近寄ってたんだ。
っていうか、痛い痛い痛い! 『九拾針』発射! 『衝撃の魔眼』も発動!
強引に蜂を突き放す。衝撃でボクも吹っ飛んだ。
ゴロゴロと地面を転がって、木に当たって止まる。
銀子が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。
《行為経験値が一定に達しました。『衝撃耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『硬皮』スキルが上昇しました》
大丈夫、とは言えないか。
ボクを掴み上げられそうなくらいに大きな蜂だった。
当然、その針も大きくて、けっこうなダメージを喰らわされた。
おまけに毒もあったのかな。
少し視界が揺らぐ。『猛毒耐性』がなかったら終わってたかもね。
危なかった。
そして、危険はまだ続いてるみたいだ。
油断してて気づかなかったけど、上空から羽音が近づいてくる。
生い茂った葉の向こうに、何匹かの蜂が飛んでいるのが確認できた。
で、急降下してくる。
随分と攻撃的みたいだね。
こっちも『衝撃の魔眼』と『九拾針』で応戦。
四方八方から飛んでくる蜂だけど、生憎、ボクの視界は全方位だ。
油断さえしてなければ、余裕を持って迎撃できる。
毒を飛ばしてくる奴もいたけど、そっちは『加護』で防げるね。
お、銀子も風の魔術で一匹を仕留めた。
どうやら攻撃力はあっても、かなり脆い魔獣みたいだ。
だけどあんまり相手はしたくないね。
蜂の怖さは、それが集団で襲ってくることにあるし。
いまはまだ十数匹だけど、何十匹、何百匹となったら脅威だよ。
ってことで、銀子を促して足早に移動する。
さすがにもう空中を味わってる余裕はないね。
地面を這うように静かに、なるべく奴らを刺激しないように撤退しよう。




