33 毛玉vs亀オーク
太い木に登って、手頃な枝に銀子を降ろす。
まだ不安げな顔をしている銀子だけど、泣き喚いたりはしない。
本当に頭のいい子だね。
ボクが覚悟を固めたのも分かったみたいだ。
木に登ろうとしていた緑亀オークを、貫通と猛毒針で仕留める。
爆裂は地味に魔力消費が大きい。だから温存だ。
それでもよほど当たり所が悪くなければ倒し切れる。
亀の甲羅も全身を覆ってはいないからね。
ボクの足を止めたので充分と判断したのか、もう緑亀オークは襲ってこなかった。
本隊を待つつもりなんだろう。
もうこいつらを知性の無い魔獣と同じように考えるのはやめる。
人間並に知恵を働かせてくる相手として想定しよう。
とはいえ、じっくり作戦を組んでいる時間なんて無いんだけどね。
ボクは振り返って、あらためて状況を確認する。
もう一分も経たない内に、亀オークどもの本隊は襲ってきそうだ。
森の中で視界は悪いけど、ぞろぞろと迫ってくる奴らの姿がはっきりと見えた。
竹林で会ったのと同じ種類の奴等が百体以上もいる。
それぞれが手に武器を持って、不恰好ながら隊列みたいなのも組んでいる。
なかなか威圧感があるね。
だけどボクだって考え無しじゃない。
『無謀』の称号は持ってるけど、そんなのはシステムの間違いだって認めさせてやろう。
元々、肉体派じゃないんだから頭くらいは働かせないと―――、
ん? 銀子がなにやらブツブツ言ってる。
魔力の流れも感じられる。
何するつもり?、と思ってたら魔術が発動した。
初めて見る魔術だ。
『精霊感知』も常に意識しているから、周囲の精霊がざわついてるのが分かる。
すぐに効果は発揮された。
淡い光がボクたちに降り注ぐ。
ん~、よく分からないけど、体の奥から温かくなってくるような?
生命強化とかかな?
ともかくも、銀子もサポートしてくれるみたいだ。
それじゃあ、ボクも全力戦闘を始めようか。
まずは『死毒の魔眼』、全力発動!
『魔力集中』も乗せて、広範囲に死毒をばら撒く。
途端に、亀オークどもの大絶叫が響き渡った。
黒靄に包まれて次々と倒れていく。
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV6からLV8になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『死毒の魔眼』スキルが大幅に上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力集中』スキルが上昇しました》
かなりの数を仕留められたみたいだ。
おまけに、目の前に広がる森も黒靄に呑まれて崩れていく。
だけどこっちに毒が流れてくる心配はない。
逃げながらも、風上へ陣取れるように動いていたからね。
風下に立ったうぬが不運よ、ってやつだ。
銀子も目を見開いて唖然としている。
なるべく子供には見せたくない光景だけど、余裕のない状況だから仕方ないよね。
こっちの消費もけっこう大きい。最大魔力の半分近くまで減った。
だけど亀オークも半減くらいはしたはずだ。
木々が倒れて、森での視界も開けた。
残った亀オークも遠距離にいる内に仕留めたい。
死毒が広がった辺りよりも奥に、まだ亀オークの集団がいるんだよね。
鑑定も魔眼も届かない距離だ。
だけど集団の一番奥には、一風変わった亀オークがいるのが見える。
他の亀オークより一回り大きいのが十数体。
大きな杖を持って、頭からトサカみたいな赤毛は生やしているのが数体。
そして全身が赤黒い、いかにもボスって感じのが一体。
早目に仕留めたいところだ。
魔眼の射程範囲に入ったら即座に―――む、魔力反応!?
出所は、大きな杖を持ったトサカオークたちだ。
この距離で魔術が届くのか、とか思っている内に近くへ反応が現れる。
マズイ。
銀子へ最大限の加護を掛けると同時に、ボクは飛び退く。
空中から光り輝く矢が降ってきた。
数本の矢は、ボクがいた場所を正確に貫いて、地面に刺さる。
幸いか、最初から狙っていなかったのか、銀子には一本も届いていない。
だけどボクは空中に飛び出さずにはいられなかった。
そのまま地面に降り立つ。直前に『浮遊』も使ったので怪我はない。
だけど光の矢が追撃してくる。
無数の矢が現れるところへ、『衝撃の魔眼』で迎撃。
回避も図る。魔術だからか、矢の狙いはなかなかに正確だ。
おまけに空中から突然に現れるので避け難い。
『九拾針』にある防衛針も使う。
これは射程距離が短いけど、命中した瞬間に小さく重い盾になる。
魔法の矢に対しても有効だ。
ほとんどの矢を防ぐ―――けど、一本刺さった。
ぐぅっ、けっこう痛い。
木の上から銀子の悲鳴が聞こえた。
細い矢なのでダメージは少ない。刺さった後はすぐに消えた。
ほんの短い間の攻防だ。
だけどボクが身を守ってる間に、亀オークの集団が距離を詰めてきた。
いや、まだ接近戦と言うほどじゃない。
『死毒の魔眼』、発動!
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV8からLV9になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力大強化』スキルが上昇しました》
《条件が満たされました。称号『熟練戦士』を獲得しました》
《『戦士』は『熟練戦士』へと書き換えられます》
《称号『熟練戦士』により、『天撃』スキルが覚醒しました》
一気に殲滅を期待―――したけど、反応がおかしい。
すでに薄暗くなってきた森に、亀オークの悲鳴が無数に響き渡った。
だけど黒靄に混じって、青白い壁みたいなものも見える。
障壁? 魔法による防御か。
そういえばミミズも、魔眼の直撃以外は防いでいた。
亀オークの場合は全員じゃないけど、そういう頑丈な奴らも混ざってるみたいだ。
本当に色々としてくれる。
あ、甲羅に閉じこもって耐えている奴もいるね。
そのまま震えて固まってて欲しい。
もう先頭の亀オークはボクに迫ってきそうだけど、こっちも準備は整った。
”溜め”時間は稼げたからね。
位置取りも間違っていないはずだ。
目からビーム! 『万魔撃』!
一気に敵本陣を狙う。一直線に閃光が戦場を貫いた。
太い光は亀オークどもを焼き、地面も削り、轟音とともに破壊を撒き散らす。
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV9からLV10になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『精密魔力操作』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『万魔撃』スキルが上昇しました》
やったか!?、なんてフラグは立てないよ。
万魔撃の攻撃範囲が広くても、亀オークどもも広範囲にいた。
衝撃で吹っ飛ばされたのもいるけど、何体か、構わず突撃してくるのも見えた。
こいつら知恵が回る上に、肉体的にも逞しいんだよね。
腕なんて人間の数倍はあるんじゃないかな。
そんな奴らと殴り合いなんてしたくないよ。
まだギリギリ、接近戦には届かない。『九拾針』を飛ばしまくる。
もちろん、混沌と衝撃の魔眼も。
む、銀子がいる木の上に登ろうとしてる奴もいる。
だけど銀子が風の刃を放って叩き落した。こっちも猛毒針でトドメを刺す。
ナイス連携、とか思ったところで―――、
雄叫びが上がった。
大気が震え上がる。亀オークどもがビクリとして一瞬動きが止まった。
味方を怖がらせてどうするのさ。
まあ『恐怖大耐性』がなかったら、ボクも危なかっただろうけど。
容赦無く、動きが止まった奴には猛毒針を叩き込ませてもらう。
余裕は無いからね。
だってこれからボス戦だ。
雄叫びを上げたのは、敵陣の一番後ろにいた赤黒いオークだった。
仲間の甲羅を盾にして構えて、残りの亀オークを押し退ける形で突っ込んでくる。
一回り大きい亀オークやトサカオークも何体か混じってる。
万魔撃で仕留めておきたかったんだけどねえ。
どうやら避けるか防ぐかしたらしい。
それでも無傷じゃなかった。
精鋭連中の数は減ってるし、ボスオーク自体も頭や腕から血を流してる。
腹部分の甲羅にもヒビが入ってるね。
追い詰められてる、って感じだ。
だけどそれはボクの方にも言える。
けっこう魔力がカツカツだ。
一瞬だけ『自己再生』を発動させて、毛針を補充する。
これでなんとか倒しきれるかな?
魔眼は防がれるかも知れないし、頼りきるのは危険だね。
どっちにしても殺るしかない。
うん。これまでと同じだね。
喰うか喰われるか。
この森では、そんなことばっかりだ。




