02 一寸の毛玉にも五分の魂。ただし戦闘力は皆無。
小学校の頃、白紙でテストの答案を出したことがある。
返ってきたそれを見る時も、こんな気持ちだったかな。
結果は分かり切っているけど見たくないような。
ん~、ちょっと違うかな。
まあいいや。現実逃避しても仕方ない。
もう一度、しっかりと確かめてみよう。
あまりの数値の低さに、見過ごしてた部分もあったからね。
ステータス、と。
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魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:1 名前:なし
戦闘力:2
社会生活力:-120
カルマ:-100
特性:
魔獣種 :『毛針』『吸収』
魔導の才・極:『干渉』
英傑絶佳・従:『成長加速』
手芸の才・参:『器用』
称号:
『使い魔候補』
カスタマイズポイント:100
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ツッコミ所満載だけど、まず注目すべきは戦闘力だよね。
戦闘力2。
『2』だ。
まさか、ナンバー2とかいう最強一歩手前なワケもないよね。
いくらボクだって、そこまで楽観主義じゃない。
比較対象がいないから分かり難いけど、この世界で最底辺にいるのは間違いない。
下手したら、赤ん坊にでも負けるんじゃないかな?
ちょっと手を振ったところで、ぷちっ、と。
有り得そうで怖い。
いまのボクは手足もないから、風に流されて移動するしか出来ないからね。
おかげで、飛ばされ続けている。
だけどこうして上空から眺めるのは、状況を掴むためには悪くないかな。
それに、空を飛ぶって憧れてたんだよね。
わぁい。ちょっと気持ちいい。
空の青さがとっても近くて、見ているだけでも胸が弾んでくるね。
何処が胸だか分からない体だけど。
眼下には、高い石壁に囲まれた街が広がっている。
石造りや木造りの建物が軒を連ねていて、道行く人も多い。
なかなかに賑わっている街みたいだ。
最初にいた学校らしき建物は、街の中央近くにある。
海に面した方には港もあるね。何隻かの大型帆船が目立つ。
そう、帆船だ。エンジンを積んでいるような鉄の船じゃない。
街並みを見ても思ったけど、やっぱりボクが知っている世界じゃないね。
いかにも中世ファンタジーといった感じの風景だ。
馬車とか走ってる。トカゲっぽい大型の動物に乗ってる人もいるね。
あと金属甲冑を着て腰に剣を差した、兵士っぽい一団なんかもいる。
はあ。本当に異世界なんだね。
で、ボクは人外、魔獣とやらに転生した、と。
ステータスやスキルもあり。
うん。把握した。
《行為経験値が一定に達しました。『情報把握』スキルが上昇しました》
んん? スキル上昇?
情報把握って、あれこれと観察して考えてたおかげかな?
だけど、これといった変化は起こっていない。
もう一度ステータス画面も見てみたけど、そのスキルとやらは表示されない。
どういうことだろ? 技みたいに使えるものじゃないのかな?
とりあえず、「『情報把握』を使うぞ~」とか念じてみても、何も起こらない。
よく分からないな。
もしかして、パッシブスキルとかの分類で、自動で発動されているとか?
でもステータス欄に表示されてもいいのに。
んん~……考えても分かりそうもないね。後回しで。
それよりも、いまはこの状況をなんとかするのが先決だよね。
いつまでも空を漂うままっていうのは心許ない。
落下の衝撃で死ぬことはなくても、海に落ちたら、そのまま底まで沈みそうだ。
いや、その前にお腹が空いて餓死するかも。
毛玉でもお腹は減るよね?
何処が腹部なのか分からないけどさ。
ともかく、こう身体を捻って風の抵抗を調整するとかして―――。
《行為経験値が一定に達しました。『高速思考』スキルが上昇しました》
またスキル上昇だ。
今度は読んで字の如く、思考するのが速くなるスキル?
あんまり変わった気はしない。それと、やっぱりステータスにも表示はない。
しかし、スキルが上昇って言葉も変だね。
意味としては、なんとなく分かる。
だけど、そこはかとなく違和感があるんだよね。
ゲームっぽいから?
でもステータスとか存在する世界だし、そこに突っ込むのも違うかな。
ステータスと言えば、ありがちなHPとかの能力値が表示されていないのも……
あ、このスキルも能力値と同じ括りってことかな?
だから細かくは表示されていない?
『高速思考する能力が向上しました』だと、しっくりくる。
まあ、ボク個人の感覚だから、間違ってるかも知れないけどね。
いずれにしても、行動や努力に伴って能力が上がるのは間違いなさそうだ。
何かしらの行動によって能力が上下する。
以前の、地球での常識と照らし合わせても当然のことだね。
違うのは、その能力変動を世界のシステムが保証してくれるってことか。
あるいは、システムによる補正も付く?
過度な期待はしやがらない方がいいかな。
そこらへんも含めて、早目に把握した方がよさそうだ。
ともあれ、現状での問題は、その努力の方向性だね。
ボクがいま置かれている状況を解決するには、どんな努力が必要か?
問い:空を漂うばかりで身動きもできない時は、どうするべきですか?
答え:空を飛ぼうと努力しましょう。
簡潔ではあるけど、正しく突飛な発想だよねえ。
だけど、あながち間違ってはいないと思う。
少なくともタケ○プターが出てくるのを待つよりは、現実的じゃないかな。
だって、この世界には魔法なんてものが存在するみたいだし。
《行為経験値が一定に達しました。『高速思考』スキルが上昇しました》
はい。また上昇したね。
なんて呑気に受け止めてるけど、これでもボクは真剣に頭を働かせてるんだよ。
話を戻そう。まず、この世界には魔法が存在する。
少なくとも、突風を起こして毛玉を飛ばすくらいは子供でも出来る。
だったら、毛玉が空飛ぶ魔法を使ってもおかしくないんじゃない?
いやそのりくつはおかしい。
なんて言葉も、頭の片隅には浮かんでくる。
前の世界の常識に囚われてるのかな?
こんな毛玉に生まれ変わって正気を失くしている?
どっちだろうね。
でもステータスを信じるなら、この毛玉体、かなり魔法向きの性能のはず。
特性とやらの項目に、『魔導の才・極』なんてあるしね。
まだ意味は掴みきれてないけど、カッコイイ響きなのは確か―――じゃなくて、なんとなく魔法向きっぽいよね。
ともかくも、試してみよう。
魔法だからね。科学技術しか知らないボクには、使い方なんて分からない。
まずは「飛べ~飛べ~」とか念じながら、体内のエネルギーみたいなものを一点に集中させるようイメージしてみる。
ん? んん?
気だか魔力だか分からないけど、なんとなく体の内側から力が流れてくるような……。
《行為経験値が一定に達しました。『浮遊』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力操作』スキルが上昇しました》
おお。ひとまずは正解みたいだ。
でも、システムメッセージが流れただけで何も起こっていない。
ボクは相変わらず風に流されるままだ。
あ、いや、なんかマズイかも。
妙な疲労感がある。どんどん力が抜けていく感じだ。
力というか、魔力っぽいのが抜けていく?
とりあえず、意識して流れ出る力を止めるようにする……大丈夫っぽいね。
あれかな? 魔力を消費しすぎると危険ってことかな?
よく考えてみれば、ボクって生まれたばかりなんだよね。
赤ん坊に体力がないのは当然で、魔力も同じって考えておくべきかな。
いきなり飛ぼうとするのは無理があるかも。
だけど他に手段もない。それに、このまま空の上にいるのも寒くて―――、
と、何かが近づいてくる。
空中から。三時の方向。特徴的な影。
鳥だ。
カモメっぽい。それともウミネコ?
鳴いてないからよく分からないね。
だけど、こっちに向かってきているような……。
そういえば、鳥って虫とかも食べるんだっけ?
もしかして、ボクを獲物だと思ってる?
毛玉なんて食べても美味しくないと思うんだけどなあ。
とか考えてる内にも、カモメはぐんぐん近づいてきてる。
その眼は食欲に輝いてるようにも見えるね。
さて、どうしよう?
第二の人生、じゃなくて毛玉生、早くも詰んだかも知れない。