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28 ほくほくのお芋


 簡易拠点を作り始めると、さすがに銀子も泣き止んでいた。

 まあ、まだ子供だしね。

 いきなり化け物に襲われたら怖くて泣くのも仕方ない。

 おまけにあの根っ子、恐怖攻撃持ちだったしねえ。

 泣きながら歩けただけでも大したものだよ。


 いまも火を起こして、昼食の準備を手伝ってくれてる。

 さっさと簡易拠点を整えて休むとしよう。

 偽リンゴを周囲に生やすのも、もうかなり手早く出来るようになったね。

 『操作』や『精密魔力操作』も順調に鍛えられてる。

 相変わらず酸っぱいままの果実だけど、少しだけ改造の成果が出てきたよ。

 なんと、毒を持つようになった。

 うん。失敗だね。


 まあ魔力を介して行き当たりばったりでの試行錯誤だから仕方ない。

 何の変化もないよりはマシだと喜んでおこう。

 大して強い毒じゃなかったのも幸いだね。

 ボクの猛毒耐性を突破できるほどじゃなかった。

 でも銀子には危ないので、すぐに木ごと倒して燃やしておいた。

 銀子はちょっと悲しそうな顔をしてたけど、納得はしてくれたみたいだった。


 さて、昼食だ。

 砕け散った人型根っ子を集めておいたので、調理を試みてみた。

 毒がないのは、ちょこっと齧って確かめてある。

 もしも食べられないようなら、木苺があるからね。

 人攫いが持ってた保存食も残してあるけど、それは本当に困った時のためだ。


 まあ、大丈夫でしょ。

 イモみたいなものだ。むしろ栄養価は高いんじゃない?

 大きな獲物だったし、砕け散っても何日分かにはなりそうだったよ。


 ともあれ、まずは調理。

 焼くのと茹でるのを試してみた。

 茹でるのは、例によって人攫いが持ってた携行用鍋を使ってね。

 焼く方は少し工夫した。

 適当な草を集めて、それに『耐火針』から出る謎液を塗って加工。

 あとは根っ子を包んで焚火に放り込む。

 まあ、アルミホイルで包む焼き芋の要領だね。

 昔の漫画とかで見たことはあったけど、実際にやるのは初めてだ。


 ちょっとわくわくする。

 揺れる炎を眺めているからかな。

 そういえば、炎の揺らめきって心理効果をもたらすって何かで聞いたっけ。

 銀子もぼんやりと炎を眺めながら、またボクに手を伸ばしてきた。

 しばらく撫でて、自分の膝に乗せて抱きしめてくる。


 はあ。まだ少し暗い顔してるね。

 迂闊な行動をしたって分かってるんだろうね。

 でも反省できるんだから立派だと思うよ。

 子供は突飛な行動をするものだって、ボクも覚えておかないといけないね。


 さて、そろそろいいかな。

 ほんのりと甘い香りが漂ってきた。

 毛針……は燃えそうなので、適当な枝を使って焼き芋を取り出す。

 いい感じに焼けてる。

 だけど油断は禁物。ここはファンタジーでデンジャーな森だからね。

 焼いて齧ったら爆発する、なんて事態も起きかねない。

 まずは慎重に突ついて様子を窺う。

 何も起こらないのを確認してから、ちょこっとだけ崩して口へ運んでみる。


 あまぁ~い。

 うん、これとっても美味しい。

 もう一口。甘味だ。幸せの味だ。木苺とはまた違った蕩ける感じがある。

 ひょいひょいと食べていると、いきなり視界が揺らいだ。

 何事!?、と思ったけど銀子に持ち上げられてるだけだった。

 不満そうに唇を捻じ曲げながら、なにやら語り掛けてくる。


 あ、うん、食べても大丈夫だよ。

 でも子供だから控えめに……ああ、いきなり真ん中の一番美味しい所をいった。

 むう。幸せそうな顔をして。

 まだ熱いんだから、火傷しても知らないよ。

 それに焦らなくても、イモはたっぷりあるからね。

 茹でた方も、ほんのりとした甘味で良い具合に出来上がってるね。

 ちょっと塩味を効かせると美味しいかも。


 厄介な根っ子だったけど、結果としては大収穫だったかも。

 すぐに腐る物じゃないので旅の食事に使える。

 栄養価も期待できる。

 経験値もけっこう貰えたし、もう何体か狩っておきたい―――、


 ―――なんて、この時のボクは呑気に喜んでいた。

 それが甘い考えだと知らされるまで、さほど時間は掛からなかった。


《条件が満たされました。『悪食』スキルが解放されます》






 本当に、もっと慎重になるべきだった。

 考えてみたら当然だ。

 毒物だって、時間が経ってから効果が現れるものがある。

 知ってたはずだ。

 だけどこの森では、口に入れてすぐに異変が起こるものばかりだった。

 そんな思い込みも悪かったんだろうね。


 と、言い訳をしても仕方ない。

 なんとかして、いまの危機的状況を脱しないといけないよ。


 始まりは、昼食が終わってのんびりしていた時だった。

 ふと気づくと青白い光が溢れていた。

 ボクの体から。

 魔力光だとはすぐに察せられたけど、魔法を使った覚えはない。

 『浮遊』スキルを使っていたけど、そちらとは違う。

 首を捻った途端に視界が歪んだ。

 『浮遊』も切れて、ボクは地面に転がってしまう。


 気だるさと熱さが急に襲ってきた。

 体の芯から熱が溢れてくるような感じだ。

 熱は錯覚みたいだけど、はっきりと大量の魔力が溢れてくるのが感じられた。

 加えて、その魔力を上手く制御できない。

 だから『浮遊』も切れてしまったんだ。


 危機感を覚えて周囲を窺うと、銀子も倒れていた。

 仄かに青白い光を発しながら。

 ボクと同じ症状だ。

 原因は―――恐らくはあのイモ、人型根っ子だろうね。

 他に二人揃って影響を受けそうな物はない。


《行為経験値が一定に達しました。『破魔耐性』スキルが大幅に上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『猛毒耐性』スキルが上昇しました》


 破魔と毒?

 毒はまだ分かるけど、破魔っていうのはおかしい。

 魔力を減らす攻撃じゃなかったの?

 いまはむしろ魔力が溢れてきてる……ああ、魔力に直接影響を及ぼす攻撃なのか。

 だから魔力制御も乱れている、と。

 よし。だいたいの症状は理解できた。


 次は対策だ。

 まずは銀子の側に寄って、『治癒の魔眼』発動。

 魔力は乱れてるけど、強く意識すれば動かせないほどじゃない。

 地震の中で歩くようなものだね。

 震度は4か5? 日本人ならテレ東見て安心するレベルだ。

 ともあれ、眼に魔力を流すくらいはいける。


《行為経験値が一定に達しました。『治癒の魔眼』スキルが上昇しました》

《条件が満たされました。『大治の魔眼』スキルが解放されます》


 ここでのスキル強化は有り難い。

 だけどあまり効果は出てないみたいだ。

 魔力が溢れてくるのも乱れているのも相変わらず。

 銀子はうつ伏せに倒れたまま、ぼんやりとした目でこちらを見上げてくる。


 とりあえず、地面に寝かせておくのはマズイね。

 運ぼう……にも、『操作』の魔力も乱されるのか。

 人間なら簡単な作業なのに、ここにきて魔法特化種族っていうのがアダになった。

 だけど意識を集中すれば出来ないほどじゃない。

 銀子にツタを絡めて、ボクが背負う形で引き摺っていく。

 草むらに毛布を敷いて寝かせる。

 あまり良いとは言えない環境だけど仕方ない。


 それよりも治療だ。

 どうやら異常に多い魔力が溢れてきて、さらにそれが乱されるから体にも不調が起こってるらしい。

 そうなると、一番良いのは溢れてくる魔力を体外へ出すこと?


 試してみる。

 空へ向かって、混沌と衝撃の魔眼を連発する。なるべく多くの魔力を込めて。

 魔力を消費した先からどんどん回復してくる。


 楽になるのは一時だけか。

 魔力が乱れるのは変わらないし、根本的な解決にはならないね。

 ボクだけだったら、ひたすら魔力を使って毒が抜けるのを待てばいい。

 でも銀子は、それまでもちそうにない。

 酷く蒼ざめた顔色をしてる。

 呼吸も荒くなって、とても苦しそうだ。


《行為経験値が一定に達しました。『破魔耐性』スキルが上昇しました》

《行為経験値が一定に達しました。『闇耐性』スキルが上昇しました》


 毒というより、破魔効果が大きいのかな?

 おまけに闇属性の魔法効果も入ってる?

 どっちにしても銀子は耐性を持っていなかったんだろう。

 元々の種族にしても、ボクほど魔力の乱れに強いとは思えない。

 なにより、子供だし、早目に治療しないと危険だ。

 魔眼で治癒を続けても、生き延びられる時間が増えるだけかも知れない。


 そうだ、例の偽リンゴを食べさせるのはどうだろう?

 あれも破魔効果で、少しずつ魔力が減っていった。

 いまの状況と合わせれば相殺―――ってのは、素人考えすぎるかな?


 うん。落ち着こう。

 例えば料理に、うっかりして大量の塩を入れてしまったとする。

 それで砂糖を入れるのは確実に間違っている選択だ。

 しかも今回は毒と毒だからね。

 薬と薬だって副作用が怖いって聞くし。

 子供を実験台にするほど、ボクは非道じゃないよ。


 他に選択肢がなければそうするけど……あとは、魔力を吸い出す?

 『吸収』であれば可能だとは思う。

 だけど、魔力”以外”も吸い出してしまう可能性が高い。

 ……最後の手段だね。


 他にある手段と言えば、銀子自身が魔力を外に出せればいいのか。

 だけどその魔力が乱れている状態だから、操作するのも難しい。

 八方塞がりだ。

 状況を説明しようにも、これだけ複雑だと絵で描くのも難しい。

 言葉は相変わらず分からないしね。

 ポイントを使っても無理だ。


 どうしよう? 何か、他に打てる手はないかな?

 これこそ医者が必要な事態だ。

 もしも街が近ければ、ボクが目立つ行動でもして人間を連れてこれるのに―――。


 と、銀子が手を伸ばしてきた。

 ボクの黒毛をそっと撫でる。

 蒼ざめた顔をして、虚ろな眼差しをしながら、小さく唇を震えさせた。


「κτμ……aλΓ&u」


 涼やかな声で何を言ったのかは分からない。

 でも、伝えたかったことはなんとなく分かる。

 初めて会った時も、銀子は同じようなことを口にしていた。

 それはきっと感謝だ。


 ……はぁ。別段、感謝される理由なんてないよ。

 人攫いをやっつけたのも、銀子の面倒を見てたのも、全部ボクが勝手にやったことだ。

 子供を助けるなんてボクのキャラじゃない。

 そんな義理も、慈悲深い感情もない。


 だけど危険な物を食べさせたのはボクの責任だからね。

 それが原因で苦しんでるなら、放っておく訳にはいかないよ。

 倫理的に、常識的に考えて。

 うん。ボクは常識人だからね。

 可能な限りの努力をしてみよう。

 それで駄目だったら、恨まれるのもボクの責任だ。


 丸めた毛球で、銀子の頭をぽんぽんと撫でる。

 そうしてから細い腕を掴んだ。毛を絡めて動けないようにする。

 ひとつ息を吐く。


 慎重に、ゆっくりと―――針を突き刺した。



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