27 綺麗な花には根っ子がある
魔術の練習をして、幾つか分かったことがある。
術式を組むには、想像力が大切だということ。
まず正確な術式を思い描かないといけない。
次に、結果のイメージも大切になる。
結果として起こる魔法現象をイメージしておくと、そこまで必要な方向へ魔力が引っ張られるみたいなんだよね。
魔力は意志の力で動く。
その引力にも似た力は、ボクが思っていた以上に強く、より繊細だった。
要は、術式だけ知ってても使うのは難しいってこと。
どんな魔術現象が起こるのかも把握していないといけない。
『魔術知識』の本から術式だけ取り出しても意味は薄いんだね。
つまり、言葉が理解できないと魔術の勉強も厳しい、と。
はぁ。翻訳機能が欲しいよ。
《行為経験値が一定に達しました。『静寂』スキルが上昇しました》
それはそれとして、どうやら無事に旅の一日目を乗り切れそうだ。
銀子は疲れたのか、夕食を済ませるとすぐに眠ってしまった。
魔術の練習にも付き合わせたしね。
ほんと、素直でいい子だよ。
こんな子を酷い目に遭わせるヤツは地獄に落ちて当然だよねえ。
さて、例によってボクはまた抱き枕にされてる。
もう慣れたよ。
為すがままにされてる。
抱き潰されることもないし、思索に耽る邪魔にもならないしね。
とりあえずステータス確認、と。
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魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:1 名前:なし
戦闘力:2250
社会生活力:-2350
カルマ:-3850
特性:
魔獣種 :『九拾針』『高速吸収』『変身』『浮遊』
魔導の才・極:『操作』『魔力大強化』『魔力集中』『破魔耐性』『懲罰』
『万魔撃』『加護』『無属性魔術』『錬金術』
英傑絶佳・従:『成長加速』
手芸の才・参:『器用』『栽培』『裁縫』
不動の心 :『極道』『我慢』『恐怖大耐性』『静寂』
生存の才・壱:『生命力大強化』『自己再生』『自動回復』『激痛耐性』
『猛毒耐性』『物理大耐性』『闇大耐性』
知謀の才・壱:『鑑定』『沈思速考』『記憶』『演算』
戦闘の才・壱:『破戒撃』『回避』『強力撃』『威圧』
魂源の才 :『成長大加速』『支配無効』
魔眼の覇者 :『治癒の魔眼』『死毒の魔眼』『混沌の魔眼』『衝撃の魔眼』
『破滅の魔眼』
閲覧許可 :『魔術知識』『鑑定知識』
称号:
『使い魔候補』『仲間殺し』『悪逆』『魔獣殺し』『無謀』『罪人殺し』『戦士』
『悪業を積む者』『根源種』『善意』
カスタマイズポイント:400
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表記はされてないけど、今日は魔術系のスキルが地味に上がったよ。
風雷系とか、土木系とか。
大きな穴を掘るのは楽になったし、そこそこ強い風も起こせるようになった。
望めるなら、『空間魔術』とか覚えたいんだけどね。
まだ解放もできないみたいだし、他の術式を鍛えていくしかないかな。
ちなみに銀子が覚えてたのは、風雷、水冷、土木、それと治療系の四種類。
エルフっ子らしい選択だね。
銀子が持ってた『魔術知識』も見せてもらったけど、ボクのより多くの術式が載ってた。
たぶん、系統の数は同じなんだと思う。
だけどスキルの熟練度みたいのは、銀子の方が上なんだろうね。
ちゃんと読み進めて、術式を使いこなせるようになれば、ボクの本もページが増えていくんだと思う。
かなり先になりそうだけどねえ。
先の成長を考えると、やっぱり”魂源の才”が気になるね。
そこにある『成長大加速』。
これはまあ、読んで字の如し、なんだろうね。
物覚えが早くなるとか、コツを掴み易いとか、才能に分類されててもいいスキルだと思う。
ずっと放置してたけど、”英傑絶佳・従”にも『成長加速』はあるんだよね。
こっちはスキルよりも”才能”の項目が気に掛かってる。
今更だけど、どうしてボクに”英傑”なんて才能があるのか?
毛玉なのに、ねえ?
普通に考えたら似合わないよね。
だけど、”従”って付いてるところから考えると納得できなくもない。
たぶんこれ、ボクを召喚した金髪縦ロールっ子が持ってた才能じゃないかな?
あの子なら、凄い才能を持ったお嬢様、っていう肩書きも似合いそうだ。
そのおかげで、『使い魔候補』であるボクにも恩恵がある、と。
推測に過ぎないけどね。
いつか確かめられる日が来るのかなあ。
ともあれ、今日は訓練的には実りのある一日だったね。
魔眼もひとつ増えたし。
そう、新しい魔眼の訓練もしておいたんだよ。
基本的には、魔眼も魔術と同じように扱えるんだと分かってきた。
大切なのは、結果をイメージすること。
そうすれば体内の魔力回路にしっかりと魔力が流れて、効果を発揮してくれる。
『死毒の魔眼』では強烈な殺意を視線に乗せた。実際に、ボクが死を体験していたのも助けになった。
『混沌の魔眼』の時は我を忘れてて本能に従った。
今度は石化や麻痺の魔眼を覚えようとした。
だけど、どうにも上手くイメージできないんだよね。
睨んだ相手が石になるとか、麻痺するとか、ボクの常識から掛け離れているし。
一度でも使えれば違ってくるんだけどねえ。
そこで覚えたのが、『衝撃の魔眼』。
衝撃だったら何度も味わわされたからね。
巨人と相対した時とか。魔術の暴走とか。
これは名前の通り、注視した場所に爆発みたいな衝撃を起こす魔眼だ。
炎や熱は持たないけど、『魔力集中』も使うとそこそこの威力が出る。
木の一本を吹き飛ばして、銀子を驚かせちゃったくらいに。
魔力消費は少なくて、射程は百メートルくらい。
それでも毛針より射程は長いから、遠距離用のメインウェポンにもなる。
少なくとも攻撃手段が増えたのは良いことだ。
まだ旅は一日目、何が起こるか分からない。
色々な事態に備えておくべきだよね。
まあ、武器なんて使わないのが一番なんだろうけど。
その可能性は低いだろうねえ。
翌朝、木苺で朝食を済ませて、ボクたちは旅を再開した。
銀子は今日も元気だ。
軽やかな足取りで、ボクの斜め後ろを歩いてくる。
時折、ボクを撫でたり、何事か喋り掛けたりしながらね。
何を言ってるのかは分からない。
でも曖昧に反応しておく。
瞬きするとか、毛を揺らすとかしてね。
そんな反応にも、銀子は目をぱちくりさせたり、にっこり笑ったりしていた。
まあ泣いて項垂れてるよりはずっといいね。
でも、元気があり過ぎるのも困る。
不意に銀子が駆け出した。
向かう先へ目を向けると、一厘の白い花が草むらに咲いてる。
花を見つけて目を輝かせる女の子だ。
微笑ましい光景だけど―――ボクは急いで追いかけ、銀子を引き倒す。
小さな悲鳴に、けたたましい金切り声が重なった。
白い花が生えていた地面が盛り上がる。
その下から現れたのは、人間を二回りも大きくしたような根っ子だ。
直前で気づけたのは、『鑑定知識』のおかげだ。
本も浮かべながら歩いてたんだけど、白い花を『鑑定』すると、二つの映像が記載された。
ひとつは、既に見えていた白い花を大きく映したもの。
もうひとつは、その花を頭から生やした人型の根っ子だった。
咄嗟に身構えられたおかげで、驚きは少なかった。
でも、この金切り声は危険だね。
《行為経験値が一定に達しました。『恐怖大耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『混乱耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『精神耐性』スキルが上昇しました》
頭がくらくらする。
視界が歪む。
えっと、とにかく、この大きな根っ子を倒さないと。
『衝撃の魔眼』、発動。
根っ子が仰け反る。
でもすぐに体勢を整えて、向かってこようとする。
人間みたいな形で、顔や口もある。
その口が裂けたみたいに開いて襲い掛かってくる。
でもボクの方が早い。
貫通針、爆裂針、猛毒針、麻痺針、甘味針、まとめて撃ち込む。
これはさすがに効いたみたいだ。
根っ子が激しく悶える。
でも同時に、太い足でボクを蹴り飛ばした。
ぐえ。こっちも効いた。
《行為経験値が一定に達しました。『打撃耐性』スキルが上昇しました》
背後にあった木に叩きつけられる。
だけど、おかげで目が覚めた気もする。
すぐさま『九拾針』を放つ。
『衝撃の魔眼』も、『魔力集中』を乗せて連打だ。
また金切り声が放たれる。
でもそれは断末魔の叫びだった。
爆裂針に砕かれ、衝撃で吹き飛ばされて、根っ子は完全に動かなくなった。
《総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダがLV1からLV3になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『九拾針』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『衝撃の魔眼』スキルが上昇しました》
さて、あとは銀子を食べ……じゃない!
落ち着け、ボク。
瞑想する。頭を振る。体ごと振る形だけどね。
よし、冷静だ。
あの金切り声が悪かったのかな。
まとめて精神系の攻撃を喰らったみたいだね。
《行為経験値が一定に達しました。『沈思速考』スキルが上昇しました》
銀子は……あ、草むらで蹲って震えてる。
とりあえず怪我はないみたいだね。
念の為に『治癒の魔眼』を掛けつつ、毛先を丸めたのでぽんぽんと撫でてやる。
よーしよし。もう怖くないよ。
地面が濡れたのも見なかったことにするから大丈夫。
そうしてしばらく待つと、泣きじゃくっていた銀子も我に返った。
はっと目を見開いて抱きついてくる。
また、わんわんと大声を上げて泣きながら。
いまはあんまり密着して欲しくないんだけどなあ。
匂いが付きそうだし。
でも見なかったことにしたし、仕方ないか。
とりあえず早目に野営場所を決めて、洗濯して休息を取ろう。
ほら、もう大丈夫だって。
だから泣き止んでよ。あと鼻水も勘弁して欲しい。




