26 川を越え行こうよ~
初めて『浮遊』が役に立った。
このスキル、水の上でも浮いていられるみたい。
水面から数センチの距離で浮かんだまま、銀子に押してもらって移動する。
そうして川を渡りきった。
いや、最初は普通に渡ろうとしたんだよ。
でも川に入ったらボールみたいに浮いちゃって、そのまま流された。
危うく下流まで運ばれるところだったよ。
まあすぐに岸へ戻って事無きを得たけどね。
人間だった頃は、そこそこに泳ぎは得意だったんだけどねえ。
ぼんやりと浮かんで漂っているのが好きだった。
この体は浮かびすぎるし、足が水を掻くのにも向いていない。
ともあれ、最初の難所は越えた。
旅を続けるとしよう。
朝早くに拠点を引き払ったボクと銀子は、西を目指して歩いている。
昨夜に考えていた、銀子を人里へ帰そう計画だ。
銀子への説明は、例によって絵に頼った。
四コマ形式で。
たぶん、理解してもらえたんだと思う。
なにやら複雑な表情をして首を傾げていた銀子だけど、素直に従ってくれている。
荷物は鞄ひとつにまとめて、ボクが『操作』で運んでる。
常時魔力を消費することになるけど、自然回復量の方が多いくらいだ。
『魔力大強化』もそうだけど、日毎にボクの魔力量は上がってるからね。
時折、木の上に登って安全確認もする。
銀子の休憩も兼ねて。
子供に無理をさせるのは嫌だし、元より長旅は覚悟してる。
ゆっくりと、慎重に進むつもりだ。
お、少し離れた木の枝に鳥発見。
ボクの鑑定眼に狂いがなければ危ない鳥じゃない。むしろ弱そうだ。
食料になってもらおうと思ったけど、飛んでいっちゃったよ。
でも収獲はあった。
その鳥がいた場所に、果実が生ってる。
木苺みたいな果実だね。鳥が食べていたから毒もないはず。
《行為経験値が一定に達しました。『登攀』スキルが上昇しました》
木から降りて、銀子を促し、果実があった方向へと歩く。
そうして木苺みたいな果実、確保。
最初にボクが毒見してみるのは毎度のことだね。
うん。問題なさそうだ。
甘酸っぱい。
あ、初めてのまともな甘味だね。大きな収獲だ。
ちょっと酸っぱいけど、銀子も嬉しそうに口へ運んだ。
しばらくここに居座りたくもなったけど、そういう訳にもいかないよね。
木苺を片っ端から採って、また西へと向かう。
ひとまずは順調だ。
太陽が真上に来る頃には休憩。
無理をせずに簡易拠点を作って、明日に備えることにする。
魔獣除けの偽リンゴを生やして四方を囲む。
適当な雑草も茂らせて、寝床を隠すようにする。
これで簡易拠点の完成。
午後の時間はのんびりと過ごす計画だ。
旅には余裕があった方がいい。
食料が足りなくなりそうだったら、余りの時間を狩りとかに当てられるからね。
それに、ちょっと銀子から習いたいこともある。
だからぽんぽん叩くのをやめなさい。
ボールみたいだけど、ボクは遊び道具じゃないんだから。
《行為経験値が一定に達しました。『浮遊』スキルが上昇しました》
どうやら、川渡りでボクを運んだのが面白かったらしい。
スキル上げも兼ねて浮いていると、銀子が横から突ついてきた。
で、ふわふわと浮かんだまま遊ばれてる。
いや、ボクが遊んでやってるんだよ。
少しくらいの息抜きは必要かなあって思ったから。
だけど、ここからは真面目な話だ。
銀子を止めて、『魔術知識』の本を呼び出す。
すると、銀子が目を丸くした。
その反応でもう分かった。この本、他人にも見えるんだね。
ボクが教えてもらいたいのは魔術の使い方だ。
本には十数種類の魔術式が載ってるけど、どれがどんな術式なのか分からない。
でも、銀子に実演してもらえば分かる。
ひとつずつ試していってもいいけど効率が悪いからね。
そこらへんの事情を、銀子へ訴えていく。
もちろん身振り毛振りで。
銀子はしばらく首を捻っていたけど、なんとなく理解してくれたみたいだ。
本から浮かび上がる術式のひとつを指差すと、両手から魔力光を発した。
指先から細い光を流すようにして、複雑な三次元術式を描く。
その術式が弾けると、銀子の手元から風が吹き出した。
なるほど。いまのは風を起こす術式か。
『風雷系魔術』の基礎ってところかな。ボクも真似してみよう。
要は、『操作』で魔力糸を扱うのと同じだね。
んん? でもこれ、けっこう難しいかも。
糸みたいな単純な形だと分からなかったけど、意識を逸らすと、術式を組んだ魔力が崩れていく。
しっかりとしたイメージが大切みたいだね。
あ、術式が弾けた。
直後、突風が巻き起こる。吹き飛ばされた。
むう。やっぱり失敗するとこうなるのか。
そういえば、この森に落ちた最初の頃にも同じ失敗をしたっけ。
あの時の術式もこれだったかな。
銀子が慌てて駆け寄ってくる。
大丈夫。ちょっと木に叩きつけられて凹んだだけだから。
これくらいなら、『治癒の魔眼』ですぐに治るよ。
《行為経験値が一定に達しました。『衝撃耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『生命力大強化』スキルが上昇しました》
もう一度挑戦してみる。
しっかりと術式を覚えてから、慎重に、崩さないように。
むむ……お、今度は成功。
扇風機の”中”くらいの風が吹く。
意識して魔力を流しておけば持続もできるね。
暑い日には涼しくなるかも。
まあ、それだけなんだけど、銀子はパチパチと手を叩いて誉めてくれた。
うん。喜んでくれるのはいいけど、頭は撫でなくていいから。
子供扱いされるのは君の方だからね。
《行為経験値が一定に達しました。『風雷系魔術』スキルが上昇しました》
スキルもアップ。
もう一度同じように試してみると、さっきより幾分か楽になってた。
やっぱり練習して慣れるのが大切なのかな。
『魔導の才』もあるし、さほど苦労なく覚えられそうではあるね。
ただ、すべての術式を覚えるのは、学校の勉強よりも難しいかも。
系統の種類だけでもかなりの数があるからねえ。
と、銀子が次の術式を見せてくれた。
銀子の小さな指先に炎が浮かぶ。
今度は炎熱系か。
なるほど……。
嫌な予感しかしない。
さっきは失敗して風に吹っ飛ばされたワケだけど……、
《行為経験値が一定に達しました。『水冷耐性』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『自動回復』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『治癒の魔眼』スキルが上昇しました》
やっぱり燃えた。火達磨になった。
銀子に消し止めてもらったけど、今度は危なかったかも。
どうもボクの弱点でもあるみたいだし、炎熱系は後回しにするべきだね。




