20 幼女だー!
完全に日が暮れる前に寝床の準備をする。
草を編んで、ハンモックみたいに木の上に吊るしていく。
さらに枝葉で隠すようにすれば完璧だ。
寝てる間に落ちちゃうのは怖いけど、命綱も体に絡めておけば大丈夫のはず。
破魔の効果は抜けたし、魔力には余裕がある。
おかげで色々な作業をする余力も出てきた。
やっぱり『魔力強化』系のスキルとは別に、魔力量そのものが上がってるね。
不可視ステータスとでも言うのかな。
ともあれ、鍛えておいて損は無い。
なので、作業の傍らに他のスキルも使ってみた。
《行為経験値が一定に達しました。『器用』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『射撃』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『破戒撃』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『浮遊』スキルが上昇しました》
『浮遊』スキルは、文字通りに浮かぶためのスキルだった。
こっちの世界で生まれて、ほとんどすぐに使えたスキルだね。その構造は魔眼にも似ているみたいだ。
もちろん効果はまるで違う。
似ているのは、”体内に魔術式が予め用意されている”という点だ。
内臓みたいに物理的に刻まれてるものじゃない。
霊的構造?、とでも言うのかな。そこに魔力を流し易くなっている。
だから即座に発動できる。本能が使い方を教えてくれる。
たぶん、白毛玉のパサルリア種って空で暮らす生物だったんだろうね。
鳥が羽根を持つみたいに、魔法での浮遊能力を持っていた。
まあ、中途半端なものだったみたいだけど。
なにせ、地面から離れすぎると効果がない。
ほんの数十センチ跳んだだけでも、そのまま落下してしまう。
指数本分くらいの高さなら、なんとか浮かんでいられる。
たったそれだけなのに、魔力消費はけっこう大きい。
鍛えれば本当の意味で飛べる可能性もあるけど、成長させるのが難しいスキルでもあるね。
魔力に余裕がある時じゃないと使えないし。
で、その魔力に余裕がある時のボクは何してるかと言うと、
ふよふよと浮かびながら草を編んでる。
同時に、周囲の木枝に毛針を飛ばしていく。
なんだか浮遊機雷になった気分だ。裁縫機能付きの。
そういえば、『裁縫』スキルが上昇したってアナウンスはないね。
けっこう草であれこれと作ってるんだけどな。
『操作』スキルを使って編んでるからかな?
それとも単純な編み方しかしてないのが原因?
ちゃんとした糸があれば、もっと色々と作れるんだけどねえ。
針仕事は、子供の頃に仕込まれたから。
女の子なら当然の嗜みよ、とか言われて信じてたなあ。
でもまあ、手編み自体は面白いから好きだよ。
温かい部屋でソファにでも座りながら、静かに没頭できたら最高だね。
一番面白いのは竹編みかなあ。
あれだけは、ボク自身が興味を持って始めたんだよね。
教えてくれた近所のおばあさん、まだ元気かなあ。
ボクが贈った籠、まだ使ってくれているのか―――と、何かの気配?
もうじき日も暮れるのに、動く生き物の気配がした。
まだ百メートルほどは離れてる。
ほとんど音はしない。向こうも静かに歩いてる?
でも完璧ではないし、なにより匂いが漂ってくる。
あんまりいい匂いじゃないね。むしろ鼻につく臭いだ。
ともかくも、ボクは木の上に登って様子を窺う。
居ると分かれば、『五感制御』に頼らなくても、その姿は見て取れた。
草むらを掻き分けながら、四人の人間が進んでいる。
人間。人間だ。
久しぶりに見た気がするね。
ここが島だか大陸だか分からないけど、ともかくも近くに人間が住んでるのかな?
だけど住民にしては妙な雰囲気でもある。
四人の内、三人は男なんだけど、武装してるんだよね。
それぞれが革鎧を着て、腰には剣やナイフを差してる。
兵士って感じじゃないね。
ファンタジー世界の常識からすると、冒険者っぽい。あるいは盗賊っぽい。
薄汚れた感じは、むしろ後者かなあ。
問題は残りの一人、女の子の方だね。
なんだか疲れ果てた表情をしてる。
男三人の方も元気に森を散歩って感じじゃないけど、女の子の方は、とりわけ困窮しきっている様子だ。
しかもまだ本当に子供だよね。幼女だ。
体格の小ささからすると、まだ十才にもなっていなさそう。
銀髪が肩下まで伸びていて、その髪の隙間からは長い耳がひょこりと覗いていた。
これもまた、ファンタジーの定番ってやつかな?
じっとりと『鑑定』してみる。
比較対象が少ないから断言はできないけど、幼女の方は着ている服の造りも違う。
糸自体がしなやかで頑丈そうだ。縫い目とかも丁寧だね。
やっぱり”エルフ”なんだろうねえ。
そして男達の方は標準的な人間ってところかな。
どれが標準か分からないくらい、これまで見た人間の数って少ないんだけど。
と、彼らが足を止めた。
警戒するみたいに周囲を窺ってる。
野営地でも探してるのかな?
念の為に、ボクも見つからないよう木陰に身を潜める。
《行為経験値が一定に達しました。『静寂』スキルが上昇しました》
しばらく待つと、彼らは移動を再開した。
まあ謎生物が多い危険な森だからね。警戒するのも当然か。
もう陽が落ちそうだけど、少しでも早く森を抜けたいってところかねえ。
ん~……、
やっぱり平凡な住民じゃないんだろうね。
むしろ、男三人は逆の立場に就いてるんじゃない?
盗賊とか。人攫いとか、ね。
エルフと言えば、そういう用途で高く売れるのが定番だ。
銀髪の女の子は、とても男たちの仲間には見えない。
あ、最後尾を歩いてた男が、幼女の背中を蹴りつけた。
なにやら怒鳴りつけてる。
言葉は分からないけど、早く行け、とか言ってるみたいだね。
幼女は目に涙をいっぱい溜めた悔しそうな顔をしながら、それでも立ち上がって歩いていく。
うん。これは確定かな。
男どもは悪人。幼女は被害者。
だからといって、どうするかってなると悩むところなんだけど……。
勇者やヒーローよろしく、颯爽と現れて女の子を助けられるなら、そりゃあ万々歳だよね。
でも生憎、ボクはそんな格好良いものじゃない。
毛玉だ。
男たちに見つかったら、あっさり返り討ちにあってもおかしくない。
相手の強さも分からないからね。
だいたい、女の子のために体を張るとかボクのキャラじゃないよ。
もしもここで助けたところで、その後の問題もある。
どうせ森の中でのサバイバル生活だよ。
無事に家に帰るなんて難しい。
あの子が何処から来たのかも分からないし、聞き出そうにも言葉も通じない。
人間社会を知ってる男三人に守られてた方が安全じゃないかな。
少なくとも、殺されることはなさそうだし。
ボクが助けるメリットも義理も無いよね。
見捨てるのが一番理性的な選択。
うん。そうしよう。
あの幼女だって、こんな毛玉に助けられても困惑するだろうし。
…………。
………………ああ、でもなあ、ボクってバックベア○ドっぽいんだよね。
一度くらいはやってもいいかな。
このロリコンどもめ!、って。




