17 決戦②
胸と腹に一本ずつ。そして細い手でも、一本を掴み取っていた。
その白杭が爆ぜる。
片腕だけとなった上半身が、夜闇に力なく浮かんだ。
「……ごしゅ、じ……、システム、を……」
残った腕を空へ向けながら、一号さんは落下していく。
死んではいない。どうせ命のない人形だ。
『再生の魔眼』を使ったところで効果も意味もない。
一時的に機能停止しただけで、データのバックアップさえあれば復活できるはず。
だけど―――許せないと、そう心が震えた。
そりゃあボクだって、これまで何度も殺し合いをしてきた。
奪った命は数え切れない。
弱肉強食がこの世界のルールだ。それは理解している。
だけどそれでも、ボクの場合は生き残るためだった。
不必要に、気に喰わないとか、弄ぶとか、そんな理由で命を奪った覚えはない。
ザイラスくんは違う。
この世界に罪があるから滅ぼすとか言っていた。そんなのは独善だ。
いや、もうそんな理屈なんてどうだっていい。
このままだと、誰も彼も一号さんみたいに殺される。
アルラウネやラミアたち、拠点のみんなも世界崩壊の巻き添えにされる。
銀子やロル子だって、何も知らないまま消し去られる。
サガラくんだって。まだ歩み寄れる余地はあったのに。
大貫さんは困った部分もあるけど、大切な、心を許せる友達だ。
ああ、そうか。
ボクは失いたくないんだ。
思いのほか、いまの世界を気に入っていたらしい。
それこそ命懸けになってもいいくらいに。
だったらコイツは―――ザイラスは、敵だ。絶対に仕留める。
「ッ…………!」
「ん? そんなに怒らないで欲しいな。これは必要なことなんだ」
毛玉状態だと、まともな言葉は出せない。
でも歯軋りして睨むだけでも、言いたいことは伝わったはずだ。
「まだ戦うつもり? それより、最期の一時をどう過ごすか考えた方が……」
轟音が、勝ち誇った声を遮った。
岩の柱が激しく隆起してきて、空からは大量の水が降ってくる。
いよいよ世界崩壊が近づいてきたようだ。
でも関係ない。その前に、目の前の敵を殺して止める。
まずは毛針を発射。
閃光と煙幕で、ボクの姿を隠す。同時に距離を取りつつ上昇。
「またこれかい? 色んな技を持ってるみたいだけど、さすがにネタ切れかな?」
余裕綽々といった声が流れてくるけど無視。
すぐに煙幕は晴らされたけど構わない。
「む……?」
煙幕に重ねて、『闇裂の魔眼』で一帯を暗闇で包み込んだ。
さらにその周囲へ『凍晶の魔眼』を発動。巨大な氷で覆い尽くす。
真っ黒い氷の檻だ。
ザイラスの障壁ごと囲んで、ちょっと驚かすくらいは出来る。
氷の檻を眼下に、ボクは上昇していく。
すぐに檻は破壊された。広範囲に爆発が広がっていく。
だけどこっちに被害はない。
四方に散らした小毛玉も、爆発の範囲外にいた。
爆発の奥に、不機嫌そうな顔が見えた。
驚かせるのは成功。ほんの一瞬だけど足止めもできた。
そして発動させる―――『死獄の魔眼』、包囲六連撃。
小毛玉を、ザイラスを囲む位置へ配置してあった。
氷の檻と爆発の間に、ギリギリだけど発動に必要な“溜め”もできた。
さあ、生きるか死ぬか。賭けをしよう。
六体の小毛玉が、一斉に魔眼を放つ。
まるで地獄の門を開いたような、禍々しい気配が膨れ上がった。
広がるのは赤黒い魔法陣。
それが六枚。ザイラスを囲む形で、四方と上下から展開される。
「これ、は……異界門を破壊したのはやっぱり―――!」
余裕たっぷりだった顔色も変わる。
死獄結界に合わせて、赤黒く照らされる。
これまで無敵を誇っていた障壁も、侵食されるみたいに歪みはじめた。
「なっ……絶対障壁だぞ! これが破られるなんて有り得ない!」
慌てた声も漏れる。
だけどさすがにザイラスも対処が早い。
障壁を補強するように魔力が注がれる。内側から新たな障壁も重ねられる。
さらにまた別の魔法術式も描き出そうとしていた。
このまま力押しは難しそうだ。
でもこっちだって、まだ追撃を残している。
六体の小毛玉とは別に、ボクはまた魔眼の発動準備に入っていた。
狙いは、死獄結界の内部。ザイラスの目の前。
『重壊の魔眼』、全力発動―――。
ぎゅぽん、と。
辺り一帯の崩壊とは場違いな、少々間の抜けた音が聞こえた。
同時に、黒く小さな点が現れている。
赤黒い結界のちょうど真ん中で、漆黒の点はハッキリと自己主張をしていた。
「ぁ、ッ―――!?」
出現した途端、黒点はなにもかもを吸い込んでいく。
謂わば、極小のブラックホールだ。
驚愕に染まった声がまともに響くのも許さない。
ザイラスを守る障壁も、さっきより歪みが増した。
完全な破壊までは至らなかったけど、それは“次”で達成すればいい。
黒点が膨れ上がる。そして―――炸裂する、重力崩壊。
どれだけの破壊力なのか、ボクにだって計り知れない。
少なくとも、死獄結界が罅割れるほどだ。
密閉空間で爆発が起これば、その威力が倍増するのは想像しやすい。
今回は単純な爆発じゃないけど、似たような効果はあったはずだ。
障壁が割れて無防備になれば、死獄結界の中でザイラスは生き残れない。
これで決着になる。
ボクが出せる、ほぼ全力を叩き込んだ。
決着にならなきゃおかしい―――。
祈るような気分で、禍々しい死獄結界を見つめる。
内部は真っ黒。まだ重力崩壊が続いている。
膨大な魔力が渦巻いているおかげで判別もし難いけど……消えた?
ザイラスの魔力が消えたのは、確かに感じられる。
つまりは、仕留めた。間違いなさそうだ。
まだ油断はしない。
だけど地上へ落ちたサガラくんや大貫さんにも目を向ける。
二人はなんとか生きているみたいだ。
回復には時間が掛かりそうだけど、協力して崩壊を止めないと―――。
そう思った。
直後、背後に凄まじい魔力の気配を感じた。
振り向く。黒い杖が突き出された。
「本当に驚いたよ。咄嗟に転移したから、満足に座標指定もできなかった」
歪んだ笑みを浮かべながら、ザイラスは腕に力を込めた。
その杖は、ボクの目玉を貫いていた。
「魔王や勇者よりずっと脅威だった。でも片桐くんの敗因は、情報を出しすぎたことだね。転移魔法、ありがたく利用させてもらったよ」
杖の先端が爆ぜる。
すでに貫かれていた毛玉は、内部から四散した。
「か、片桐―――」
「テメエェェぇぇあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
絶叫したのは大貫さんだ。
その形相はかつてないほどに怖い。
勝ち誇っていたザイラスでさえ、ちょっぴり引くほどだった。
思わぬ援護だ。注意を誘ってくれるのは都合がいい。
その間に、ボク本体は最後の一撃を準備できる。
「っ……なんだ、この反応……!?」
ザイラスが視線を上に向ける。
遥か上空に、一体の毛玉がいるのが見えたはずだ。
そう。四散したのはボク本体じゃない。
『変異』で大きさを変えておいた小毛玉だ。
死獄結界からの重力崩壊で、ザイラスを倒せるのが理想だった。
でも確実じゃない。だから保険をかけておいた。
大きささえ揃えれば、ボク本体と小毛玉はまず見分けがつかない。
大貫さんでもなければ、まず不可能だ。
ちなみに大貫さんは激怒したのは、小毛玉でも潰されたのが許せなかったんだと思う。
ともかくも、ここまでも一応は計算通りだ。
そして今度こそ本当に最後の一手。
狙うべき箇所は、一号さんが教えてくれた。
完全に機能停止する直前に、念話とともに指差して。
「まさか―――システム本体を狙うつもりか!?」
正解。その通りだ。
乗っ取られたシステムは、ザイラスと繋がっている。
繋がっているから、それを辿って根本の位置も特定できた。
本当、メイドさんたちは頼りになる。
無事に事が終わったら、ちゃんと感謝を伝えよう。
ただ問題があるとすれば、そのシステムのある場所だった。
いまもこの世界を見下ろしている、とても遠い場所―――それは月にある。
破壊しようと思ったって、まず届くものじゃない。
毛針は当然、『万魔撃』や他の魔眼だって完全に射程距離外だ。
だけど見える。視線は通る。
その条件さえ合えば、この魔眼は通用するはず。
これまで一回も、まともに使ったことはないから不確かだけど。
破滅の魔眼―――。
これが自分のものになった時から、嫌な予感がしていた。
だから使わなかった。
どうしてそんな予感を、ボクが信じられたのか?
未知の魔眼を試さずにいられたのか?
それは、最初から魔眼が起動していたから。
ボクが見ているものを、魔眼もずっと同じように捉えていた。
眼にした光景を、記憶を、生活のすべてを。
そしてなにより、カルマを。
いつか本当の意味で魔眼を放つ時に、“破滅”の力へと変えるために。
これはそういった、自分自身も“破滅”する魔眼だ。
記憶を、生命を、カルマを、存在そのものを代償に、望んだ破滅を齎す―――。
だから距離なんて関係ない。
代償さえ差し出せば、なんであろうと“破滅”に引きずり込める。
「――――――!!」
ザイラスがまたなんか喚いていた。
でもサガラくんと大貫さんに襲い掛かられて、ボクには手出しできない。
それを確認する余裕もあって―――、
ボクは内心で笑いながら、『破滅の魔眼』を放った。
瞬間、白に染まる。
月だけじゃない。夜空一面、辺り一帯すべてが真っ白な光に覆われた。
衝撃も襲ってくる。
大気すべて、なにもかもが震えるような衝撃。
そりゃあ月ひとつを壊せば、引力のバランスやらなにやら大変なことになる。
この大地がどういう形で支えられてるのか詳しくは知らないけど、とんでもない被害が出るのは予想できた。
だけど他に方法もなかった。
システムの細かい場所は分からないから、月ごと狙うしかなかった。
どうせ何もしなければ世界ごと崩壊させられる。
だったら何かした後で、どうにか上手く、奇跡的に丸く治まるのを期待した方がいい。
それに―――。
「アアアアアアアアアアアアァァァぁぁぁぁぁーーーーーー!!?」
ザイラスに無様な悲鳴を上げさせてやった。
頭を掻き毟っている。血も吐いていた。
繋がっていたシステムが破壊されて、なにかしらの反動が伝わってきたのだろう。
さっきまでの威圧感もなくなった。
とりあえず、毛針発射。
「あ……」
あっさりと命中。ザイラスの全身に穴が空く。
うん。これなら簡単にやれる。
ボクが消えるまでの短い間でも、充分に仕留められる。
眼下にいるザイラスを睨み、突撃する。
ぱくぱくと、ザイラスは口を動かしていた。
だけどそんなのは無視だ。
精々、毛玉を怒らせたことを後悔すればいい。
『万魔撃』を放ち、『魔眼』も追加する。
頭を吹き飛ばし、全身を跡形もなく砕く。
真っ白に染まっている空間に、ザイラスだったものが散らばっていった。
それを確認してボクは目を閉じる。
微かな浮遊感を味わいながら―――ぷつりと、意識が途絶えた。




