15 決裂②
夜闇を背景に、野太い光の柱が湧き上がっている。
それを守る位置で、サガラくんは剣を構えた。
「まあ待てよ。本気でやり合うつもりはねえんだ」
空中で睨み合ったまま、サガラくんは軽く手を振った。
今更なにを、と問答無用で攻めかかる選択肢もある。
だけど勇者の戦闘力は侮れない。
いまなら勝てる自信はあるけど、その剣で真っ二つにされないとは限らない。
サガラくんも冷や汗を浮かべているところを見ると、同じような心境なのだろう。
『だったら、どうして攻撃を?』
「時間稼ぎだ。委員長の邪魔をさせたくねえ」
互いに緊張感を保っている。
相手の狙いが時間稼ぎなら、いますぐ攻撃を―――、
そんな考えも頭を掠めた。
「おまえたち、こっちの世界に居続けても構わないって思ってるだろ?」
『だとしたら? べつに、門を開くくらいは止めないよ』
「そうじゃねえ。前に少し話しただろ? もしも、あの教室での爆発事件がなくて、俺たちが普通に生きていたらって話だ」
過去を変える。
サガラくんが言っているのは、その可能性だ。
有り得ないと笑い飛ばせはしない。
異世界や魔法なんてものが存在するのだから、過去の改変だって不可能ではないのかも知れない。
でも、もしも過去が改変されたら、現在のボクたちはどうなるんだろう。
“別の現在”が作られて、ボクたちは変わらずにいられるのか?
それとも、消えてしまうのか?
「結果は分かんねえ」
ボクの疑問に答えるみたいに、サガラくんは低い声で告げた。
「だけどな、俺たちは殺されたんだ。この世界のシステムが犯人かどうかは知らねえ。それでも何かしらの悪意が関わったのは間違いねえ。だったら、そんなのは許しちゃいけねえだろ」
だから改変してやる。いや、修正してやる。
そう述べて、サガラくんは断固とした眼差しを見せた。
「騙まし討ちしたのは悪いと思ってるぜ。でもまあ、そっちも呪いで俺を縛っただろ? お返しってことで許せよ」
「あぁん? 気安く話しかけてんじゃないわよ!」
大貫さんは怖い顔をして言い返す。
細かい理屈なんて、どうでもいいらしい。張り上げた声から殺意が溢れている。
騙まし討ちを許すかどうかはともあれ、概ね、大貫さんに同意かな。
いまの自分が消えるのは歓迎できない。
結局、サガラくんが言った通りだ。
邪魔させてもらおうと、ボクは戦いへ意識を傾けた。
「やっぱり止まらねえか……って、なに!?」
ボクの戦意に、サガラくんは素早く反応した。
同時に、こっそりと飛ばしていた小毛玉にも気づく。
いまのボクが一度に扱える小毛玉は、最大二十体。
普段は十体までしか使っていない。それをサガラくんたちにも見せていた。
夜闇に紛れさせれば、勇者でも大きな動きをするまでは察知できない。
小毛玉二体を、光の柱へ接近させていた。
気づかれた直後、『万魔撃』を放つ。狙いは柱の中心部だ。
『死獄の魔眼』はもっと溜め時間が必要だから、この状況だと使えない。
だから『万魔撃』。この状況だと、最大威力の攻撃だった。
さっきは防がれたけど、今度は二連撃。込める魔力も増している。
二本のビームが、光の柱を貫いた。
「委員長―――ッ!?」
サガラくんが焦った声を上げる。
だけどボクの方も、嫌な予感を覚えていた。
『万魔撃』を放った後の、衝撃や熱が返ってこない。
つまりは手応えがおかしい。
咄嗟に、小毛玉を退避させる。
直後、撃ち返された。『万魔撃』とまったく同じような魔力ビームだ。
まるで反射されたみたいだった。
小毛玉は回避に移っていたので焦げただけ。
でも嫌な予感は大きくなる。
光の柱は収束して、そこにひとつの人影が現れていた。
ザイラスくんだ。魔術師らしく長い杖を握って、黒いローブをはためかせている。
見慣れた姿だけど、なんだかいつもと違う。
「……『万魔撃』って言うのか」
呟いたザイラスくんは、冷ややかに小毛玉を見上げた。
「面白いね。滅茶苦茶に魔力を混ぜ合わせてるのに、万能属性がついてるなんて」
その技は見切った、とか言い出しそうな雰囲気がある。
実際、『万魔撃』は弾き返された。
おまけに全身から溢れさせている魔力量が尋常じゃない。
「……おい委員長、どうなったんだよ?」
港の倉庫前で、ボクたちは対峙する。
サガラくんも怪訝そうに眉根を寄せていた。
どうやらいまの事態は、サガラくんも聞かされていなかったらしい。
「システムにアクセスして情報を引き出すだけ。そう言ってたよな?」
「ああ。いまから教えてあげるよ」
全身に青白い光を纏ったまま、ザイラスくんは口元を吊り上げる。
その笑顔にもやっぱり違和感があった。
まるで悪巧みが成功したみたいな、嫌な笑い方だ。
「まずは四羽の不死鳥。あれはシステムへのアクセス権、パスワードを持っているようなものだ。倒すことで、それを得られもする。長く生き過ぎた所為で、彼女たちは忘れていたみたいだけどね」
サガラくんのパスワードを読み取ったってことか。
それで、システムにアクセスした?
だけど情報を得ただけという感じでもない。
「本来の不死鳥は、人間の勢力を一定以下に抑える役目を担っていた。魔獣と人間が争い、そしていずれ人間が勝利する。そこまでシステムは予測してた。だけど完全な決着は望んでいなかった。『外来襲撃』にも耐えられるよう、人間を鍛え続ける必要があったのさ」
大陸では、魔獣が絶滅の危機にまで追い込まれている。
本来なら、そうなる前に不死鳥が介入していた。
大型時の戦闘力なら、人間なんてそれこそ国家単位で滅ぼせそうだ。
だけど抑止力としては、いくらか力不足にも思える。
人間には勇者がいるんだから―――いや、違うのか?
不死鳥たちは忘れていた。
自分たちが、システムにアクセスできることを。
『元々の不死鳥は、もっと強かった?』
「鋭いね。そう、彼女たちはシステムから助力を得られるはずだった。それこそ勇者に匹敵するくらいの力を」
まさか、と悪寒を覚える。
不死鳥が得るはずの力を、ザイラスくんが手に入れた?
あるいは、“それ”以上も有り得る?
「ああ、いまからシステムにアクセスしようと思っても無駄だよ。すでに片桐くんや大貫さんのアクセス権は使えない。こっちで書き換えたから」
マズイ。マズイ。マズイ。
この状況は危険だ。
ボクの毛並みも逆立ってきて、危機的状況だと告げている。
もしかしたら、なにもかも手遅れな可能性もある。
「意味が分かんねえぞ。それより、過去を修正する算段はついたのかよ!?」
サガラくんが声を荒げる。
それもまあ、重要なのかも知れない。
相手の目的が穏当なものなら、まだ歩み寄れる余地はあるだろう。
だけど、儚い希望なんじゃないかな?
“なんでも叶えられる”ような力を持った相手は、大抵の場合、ろくでもない目的を持つと決まっている。
「そうだったね。サガラくんには、そう言って協力してもらったんだった」
「……おい、まさか嘘だったとは言わねえよな?」
威圧混じりの問い掛けに、ザイラスくんは軽薄な笑みで答える。
「言わないよ。ただし―――」
言葉尻に、甲高い音が重なった。
剣戟の音。サガラくんが斬り掛かった。
だけどその剣は、ザイラスくんに届く遥か手前で弾かれた。
ザイラスくんは軽く杖を揺らしただけなのに、空間が剣を防いでいた。
問題は、その刃には『絶剣』の輝きが宿っていたこと。
絶対に防がれないはずの剣が、簡単に防がれていた。
けれど当然のように、ザイラスくんは笑いながら言葉を繋げる。
「ただし―――その前に、この世界を滅ぼしてからだ」
大地が割れ、海が裂けた。




