12 最後の決断は
深い穴の奥底に、銀色の大きな鉄板が見えた。
タンクローリー。それと、いくつかの人骨。
ボロボロではあるけれど、見覚えのある制服も残っている。
「本当に、あの時の……」
マリナさんが声を震えさせる。
サガラくんやザイラスくんも、身震いするほどに驚いていた。
「骨の数からすると、十人分くらいか? 完全に燃え尽きてるのもあるから……いやそれよりも、どちらで死んだのかが問題なのか? もしも爆発直前に転移してたのだとしたら……」
ぶつぶつと呟いて、ザイラスくんが思考に耽る。
そんな様子を横目に、ボクはメイドさんに指示を出した。
まずはタンクローリーを持ち上げて、適当な広場に置いてもらう。
もちろんかなりの大荷物だけど、メイドさんたちは重力系の魔法が得意なので簡単な作業だ。
その下から出てきた人骨に、ボクたちはあらためて手を合わせた。
今回は毛玉じゃなく、人間形態で来ている。なのでちゃんと手もあった。
「さすがにボロボロね。十年以上は経ってるみたいよ」
「もっとじゃねえか? 誰の骨かは判別も……うおっ!?」
サガラくんが人骨に手を伸ばそうとしたところで、物陰から大貫さんが飛び出してきた。
っていうか、飛び蹴りだ。
思わぬ不意打ちだったけど、サガラくんは咄嗟に腕を上げて受け止める。
「おい、いきなり何しやがる!?」
「五十鈴くんは私のものよ! 勝手に触ってんじゃないわ!」
「…………はぁ?」
呆気に取られるサガラくんを無視して、大貫さんはひとつの頭骨を拾い上げた。
そうして身を翻すと、また物陰に隠れる。
「ふふ……この頬と額のライン、やっぱり五十鈴くんだ。骨になっても素敵……でも泥がついてるから、後で一緒にお風呂に……や、やだ! やっぱりそれはまだ早いかな。まずは添い寝から……」
なんか妙な呟きが聞こえた。
まあ大貫さんの趣味が普通じゃないのは、いまに始まったことじゃない。
実害は無さそうだから放っておこう。
「……片桐も、苦労してんだな」
「ん? まあ、こんな島だからね。色々あるよ」
「島とかって問題じゃねえような……いや、俺が言うことでもねえか」
自分の死体を見るのは、正直なところ気分が悪い。
この場所も忘れたかったくらいだ。
だけど何かの役に立つなら、わざわざ隠す必要性も感じない。
ただ、どう役に立つのかも未知数といったところかな。
「しかしこうなると、ますますシステムが怪しくなってきやがったな」
「あの爆発事故も、システムが仕組んだってこと?」
「結果として、って感じじゃねえか? 何かしらの干渉をしようとして、その影響で俺たちは巻き添えに……なんにしても推測になっちまうか」
手を振って、サガラくんは話を打ち切った。
「こういう小難しい話は、委員長任せだ。頭が痛くなりやがる」
「そうだね。ボクも苦手だ」
頷きつつ、控えているメイドさんへ目線を送る。
静かに頷き返してくれた。
苦手ではあるけど、知識や情報の大切さは分かっているつもりだ。
ボクの方でも、何かしら使い道はないか検討してみよう。
正確には、メイドさんに頼むんだけど。
しばらくは、緩やかな日々が続いた。
大陸ではまだ戦争の後処理やらなにやら、ゴタゴタしているらしい。
魔境と呼ばれているこの島の方が平和っていうのは、なんだか皮肉にも感じる。
勇者一行は、港町で過ごしている。
研究に耽るザイラスくんを中心に、サガラくんもマリナさんも協力している。
ボクの方も、一定の距離を置きながら推移を見守っていた。
完全に警戒を解くことは、まだ出来ない。
結局のところ、ボクが毛玉っていうのが問題だ。
そこらの魔獣と同じで、それを害したところで責める人間はいない。
ロル子あたりは怒ってくれそうだけど、大した抑止力にはならないと思える。
自分の身は自分で守る必要がある。
そこから脱却できない限りは、絶対の安心とはならない。
だから、なるべく本拠には近づけないようにもしているワケだけど―――。
とはいえ、さほど深刻に捉えてもいない。
適度な緊張感と言える程度だ。そうでないなら、とっくに島から追い出している。
「だからぁ、二人ろも真面目しゅぎるっていうのにょよぉ」
夜、飲んだくれたマリナさんが部屋にやってきた。
この人は警戒心を失くしすぎだと思う。
『飲みすぎじゃない?』
「いいのよぉ。らってぇ、美味しかったんらもん」
定番の台詞を投げてみたけど、予想通りに効果はなかった。
やっぱり酔っ払いに理屈は通用しない。
抱きついてきたので、クッションで迎撃しておく。
「それにねぇ、委員長も久しぶりにぃ、飲んでたのぉ。だから嬉しくってぇ」
『ザイラスくんも? 最近、ずっと部屋に篭もってたよね?』
「そうなのよぅ。でも息抜きも大切だってぇ、やっと分かってくれたみたいでぇ」
にゅふふふ、とマリナさんはだらしなく笑う。
久しぶりに構ってもらえたのも嬉しかったのかも知れない。
いまはまた、サガラくんが大陸へ足を運んでいる。
聖教国にあった古い記録から、大きな鳥型魔獣の手掛かりが見つかったからだ。
恐らくは、ロックバード。最後の『循環点』。
大陸東方にある山脈を住み処にしているらしい。
こちらでも茶毛玉を飛ばして捜索しているけど、接触はサガラくんに任せた。
どんな対処をするかは、その接触次第だろう。
『マリナさんは、帝国に戻ったりしなくていいの?』
「なによぅ。そんなに追い返したいの?」
『そういう意味じゃないよ。神官として、仕事とかあるんじゃ?』
「片桐くんはいいわよねぇ。大貫さんとラブラブでぇ。どうせ二人っきりでイチャイチャしてたいんでしょう?」
ダメだ。酔っ払いだ。話にならない。
あ、なんか天井裏が騒がしい。魔王が身悶えしてるみたいだ。
「私だってぇ、その気になれば男の一人や二人、簡単に捕まえられるのよぉ。これでも一応、勇者様を支える聖女ってことになってるしぃ」
『そう。大人気だね』
「でもさぁ、やっぱりぃ、あいつらも放っておけないじゃない?」
クッションを抱き締めながら、マリナさんは溜め息を落とす。
お酒臭い。ちょっと離れているのに匂ってくる。
もう夜も更けてきたし、麻酔針でも打ち込んでおこうかな。
「あの二人はさぁ、真面目すぎるって言うか……元の世界に拘りすぎてるんだよね」
そっと小毛玉を忍び寄らせようとしたところで、マリナさんが呟いた。
いつになく神妙な声だった。
愚痴を吐いて、いくらか酔いも冷めたのかも知れない。
「私なんかは、こっちの世界で生きていくのも、まあ悪くないかなって思える。色々と不便はあるけど、慣れたし……片桐くんもそんな感じでしょ?」
『だいたい、そんなところ』
適当に同意しておく。
だけど、あながち間違ってもいない。
もしも帰れるとしても、この島を放置するのはどうかとも思う。
まだまだ先の問題のつもりだったけど、意外と決断する時は早くなるのかも。
理想としては、簡単に行き来できるのがいい。
異界門を見てると、それも不可能じゃない気もするんだけど―――。
「……私も、考えすぎなのかなあ」
ぼんやりと遠くを見る眼差しをしてから、マリナさんはぽてんとソファに横たわった。
そっと手を伸ばしてくる。
わしゃわしゃと、ボクの白だか黒だか分からない毛並みを撫でた。
「んふふぅ、片桐くんの毛触りってやっぱり気持ちい―――ぃぶへっ!?」
突然の落下。ソファが潰れた。
床板も割れて、マリナさんごと派手に沈み込んだ。
どうやら天井裏から魔眼が放たれたらしい。
なんか凄い音もしたけど……うん、生きてる。気絶してるだけだ。
『任せていいかな?』
「はい。治療をした後、寝室へお運びしておきます」
控えていた一号さんに片付けを任せて、ボクも寝室へ向かった。
毛玉がふよふよと、夜の廊下を進む。
天井裏の気配がついてくるのはいつものこと。
そこで、なんとなく訊ねてみた。
『大貫さんは、元の世界に帰りたいと思う?』
「ううん。あ、でも五十鈴くんが帰るなら、一緒に行くよ」
まったく迷いがない。予想できた答えだった。
大貫さんのこういう決断力の高さは、ちょっぴり尊敬できる。
だからといって真似はできるものでもない。
ボクはたぶん、その時になってから決断するんだろうなあ。




