11 揃い始めるピース
最新の進化で一番嬉しかったのは、気軽に人間形態になれること。
まるっきり体の形が変わるので、まだ痛みは走る。
だけどもう無視できるくらいだ。
毛玉形態よりも、人間形態の方が食事を楽しめる。
ラーメンとか、毛玉だと食べ難いんだよね。
じっくり時間を掛けて作られた豚骨スープは美味しい。メイドさんに感謝だ。
勇者御一行にも満足してもらえている。
「すごいね。こってりとして、後を引くのに、いくらでも食べられそうで……」
「細かいことはいいわよ。とにかく美味しくて……あれ? どうして涙が?」
「泣くなよ……まあ、なんつうか、懐かしい味だよな」
三人とも夢中でラーメンを啜っている。
どうやらメイドさんの料理は、おふくろの味っぽい何からしい。
ボクも軽く感謝を伝えておく。
「恐縮です」
淡々と答えたメイドさんだけど、心なしか誇らしげにも見える。
そうして一礼した後、メイドさんはカーテンの裏にラーメンを運んでいった。
大貫さんも、濃厚スープの誘惑には勝てなかったらしい。
ほふぅ、と嬉しそうな吐息が漏れていた。
「材料は帝国でも揃えられるんだろうが……あっちの料理は、大味なんだよな」
「そんなに不味いって話も聞かないけど?」
「不味くはねえし、まあ慣れもあるな。食えりゃいいって思ってたから」
「ボクの方も、余裕が出てきたのは最近だよ」
聖教国を攻め落としたサガラくんとマリナさんも、一旦戻ってきていた。
目ぼしい生臭聖職者は片付けたので、満足したらしい。
まだまだ混乱は残ってるそうだけど、ボクが関わることでもない。
それよりも、豚骨スープを味わう方が大切だ。
一緒に煮込んだ野菜も、爽やかな甘味があって絶品に仕上がっている。
さすがはアルラウネ産、活きの良さが違う。
「はぁ……なんか、一気にエネルギー補給できた気がするよ」
スープを飲み干して、ザイラスくんがほっと息を吐いた。
ずっと研究漬けだった顔には、さっきまで疲労が滲んでいた。だけどいまは艶が戻ってきている。
なにか進展はあったのか?
そう訊ねる前に、ひとつ確かめておきたかった。
「みんなは、元の世界に帰るのが目的なんだよね?」
『循環点の魔獣』を調べるのは、世界のシステムに迫るため。
そしてシステムを介して、世界を渡るための手段を得ようとしている。
そう問い掛けたボクに、三人は揃って頷いた。
「ラファエドは……ああ、片桐は会ったことなかったな。俺たちの仲間なんだが、結婚して、こっちに残るって言ってる。他にも何人か同じクラスだった奴にも会ったが……俺たちは、少数派だろうな」
食事の手を一旦止めて、サガラくんは神妙に述べる。
ちなみに三杯目だ。
隣のザイラスくんが顔を歪めて、気を紛らわすみたいに話に乗ってきた。
「自分は、叶うならあの事故自体を無かったことにしたいね」
「過去に戻ってやり直し、みたいな? そんなのって出来るの?」
マリナさんはグラスを片手に首を傾げる。
いつの間にか、果実酒が注がれていた。
「異世界があって、魔獣に転生だってしてるんだ。可能性は捨て切れないよ」
「夢は大きく、ってことね。でもそうなると、いまの私達ってどうなるんだろ?」
「さてね……そもそも、アレが自然な事故っていうのが考え難くないかな?」
教室にタンクローリーが突撃。そして大量爆死。
忘れ掛けていたけど、いまでも不自然さは感じられる。
でも、だからどうだって言うんだろ?
「まだ推測だけど……この世界のシステムが引き起こしたと、自分は睨んでいる」
あ、これ聞いたら引き返せない類の話だ。
だけど……知らないところで暗躍されるよりは、マシだったのかな。
サガラくんも真面目な表情になったけど、驚いた様子はない。
きっと前から聞かされていたのだろう。
「それって……この世界のシステムが、私達の仇ってことよね?」
マリナさんが問い返す。
手には果実酒があるけど、声色には真剣味が込められていた。
ザイラスくんは静かに頷くと、言葉を続ける。
「この世界には外来襲撃がある。異世界から攻められてるって構図だけど、見方を変えると、逆だとも思えるんだ」
「逆……? こっちが攻めてるって言うの?」
「相手を誘って、命を喰ってやがるんだ。むしろ攻められるまま放置してるって方が不自然だろ?」
正直、その発想はなかった。
納得できなくもないけど、すんなりと正解だとも思えない。
たしかメイドさんたちの話だと、この世界には神がいなくて無防備になっている。
だから他の世界から狙われる、ってことだった。
その話を前提とするなら、システムさんには異界からの干渉に対抗する力はない。
当然、他の世界にも干渉できない。
そうなると、ボクたちの転生にも無関係ってことになる。
だけど実際は、力が無いとは言い切れないのか?
命を喰らうっていうのは、なんとなく分かる。
竜人幼女の話だと、生命や魂の力は、世界を支えるのに必要なものらしい。
それの奪い合いが、外来襲撃によって起こる。
攻めるよりも守って狩る方が効率的―――理屈としては、合っている予感がする。
「それを確かめるためにも、システムと接触したいんだ」
「もしも推測通りなら……まあ、その時になって決めるか」
言葉を濁したサガラくんだけど、瞳には戦意が溢れていた。
まず間違いなく、やる気だ。
どうやってシステムに対抗するのか、なんて聞かない方がいいんだろう。
警戒されたくない。目をつけられるのも危険。
だからいまの話も、かなり危ないもののはずだ。
「そこらへんは、どうでもいいかな」
なので、ボクは無関心をアピールしておく。
システムさんと敵対するのは避けたい。勇者とは違うから。
いくら憎むべき相手だって、無謀に戦いを挑むつもりはないよ。
「まずは、元の世界に戻れるかどうかが先じゃない?」
とりあえず話を逸らしておく。
正直、そっちの話についても深い興味を抱いてはいないけれど。
簡単に帰れるなら帰ってもいいかな、という程度だ。
この島での暮らしにも慣れてきたし。
文明の利器がない点も、メイドさんたちが解決してくれそうだし。
……あれ? 元の世界に帰る意味って無いんじゃないかな?
「……そうだったね。色々あって、焦りすぎたのかも知れない」
ボクが思案を巡らせている間に、ザイラスくんも話を移していた。
「こんな世界だから、異界渡航の研究をする人もいたみたいなんだ。いくつか古い手記も残っていた。そのための魔法を開発しようとしたり、異界門を調べようとしたり……」
とりあえず、ボクは話に耳を傾ける。
それにしても、危ないことをする人もいるものだ。
魔法の開発は分かるけど、異界門を調べようとするなんて。
それってつまり、敵陣のど真ん中に乗り込むも同然だ。
よっぽどの考え無しじゃないと実行なんてしない。
うん。ボクの場合はほら、ちゃんと勝算があったから例外ってことで。
「手掛かりになりそうな研究記録はあったよ。だけど決定的な材料が欠けていた」
「材料って言うと?」
「目印とでも言えば分かり易いかな。たとえ門を開いても、何処に繋がるか分からない。明かりもない場所で、宙に浮かぶ玉ひとつを掴むようなものさ」
手を振りながら、軽い調子でザイラスくんは語った。
でもどことなく挑発的だ。
その態度で気づいたのか、あ!、とマリナさんが声を上げる。
「もしかして……いまは、その目印がある? 目印っていうか、繋がり?」
「鋭いね。そう、自分自身が異世界との繋がりを持っている。体は違っても、魂にはまだ元の世界の記憶が残っている。それを辿れる可能性は高いと思う」
ここらへんは、魔法的な技術の話になるのかな。
ボクにはよく分からない。
魔眼を使うのも、ほとんど感覚でやってるから応用は苦手だ。
だけど繋がりって言うなら、メイドさんや竜人幼女も、元の世界に戻れる可能性がある?
手法さえ確立できれば、自由に渡航できるのかな?
「本当は、元の世界の物品でもあれば安全なんだけど……そこまでは望めないから」
ん? いま、聞き逃せない台詞があったような。
元の世界の物品―――。
「ちょっと待って」
手を上げて、話に割り込む。
秘密にしようかとも迷ったけど、打ち明けておいた方がよさそうだ。
「ずっと前に見つけた。タンクローリーを」
三人が揃って目を見開く。
どうやら、あの場所へ案内することになりそうだ。




