09 聖教国制圧
事情を語らず人体実験。そんな悪辣なことはしない。
ちゃんと納得してもらえるように話すよ。
転移が成功した後で。
そういう訳で、サガラくんたち三人を転移装置まで案内した。
「おー……なんか、只の魔法陣だな」
「まあ、べつに派手に飾り立てる理由はないから」
「二人とも、何言ってるんだ!? この基盤になってる石の組成だって普通じゃない。内部にこれだけ緻密な魔導回路を……どうやって作ったんだ? 後から術式を組み込むのも難しいはずだ。まさか、3Dプリンタみたいに……」
「あらら、自分の世界に入っちゃってるわよ。どうするのこれ?」
魔術師なザイラスくんだけど、きっと性格的には研究者の方が合っている。
そのうち、メイドさんを解剖させてくれとか言い出しかねない。
断るけどね。機密保持は大切。
ともあれ、転移装置を起動する。
まずはサガラくんを聖教国まで送り出すつもりだ。
人体実験も兼ねて―――と言っても、そう危険はないと思う。
すでに“物体”での転移には成功していた。
適当な物や、高性能茶毛玉を近くに転移させて、異常がないのを確認している。
次に、生体での実験もひとまずは成功している。
魔獣を捕まえてきたり、ボクの小毛玉を使ったりして、そちらも問題はなかった。
あとは、人間だけ。
その記念すべき一人目の勇者を、サガラくんにお願いした。
そして問題なく成功した。
「いや、最初に言えよ! 何か起こったらどうすんだよ!?」
「その時は、誤魔化そうかと」
「ああ、分かった。勇者らしく魔獣を滅ぼせって言いてえんだな?」
珍しく焦った様子だったサガラくんが凄んでくる。
ボクは目を逸らす。
でも周囲に浮かぶ小毛玉は臨戦態勢にしておく。
「ふ、二人とも落ち着い……うぉぇっぷ……」
隣で、マリナさんが吐いた。転移酔いってやつだ。
そんなに酷い感じはしなかったんだけど。
一瞬の浮遊感はあったけど、気づいた時にはもう大陸の土を踏んでいた。
いや、ボクは毛玉状態なので踏んでないか。
ともかくも、大陸にやってきた。
委員長は港町で留守番で、サガラくんとマリナさんが一緒。
そして大貫さんはすでに物陰に隠れている。
帰りの転移装置を用意するために、一号さんとともにメイドさんが数名待機。
辺りは草原で、近くには森もある。
「ここってもう、聖教国なんだよね?」
「はい。森に沿って進めば、すぐに首都が見えてまいります」
何処にでも転移できるって、やっぱり反則っぽい技だ。
だけど諸刃の剣でもある。
簡単には撤退できないのだから、慎重に行動した方がいいのだろう。
まあ、いきなり首都に殴りこもうっていう時点で、すでに慎重もなにもあったものじゃないんだけど。
「……見覚えがあるな」
あれこれと考えていたボクの横で、サガラくんも辺りを見回していた。
幼い頃に攫われて、逃げ出してきたって聞いた。
だけど故郷には違いない。
懐かしい想いに耽っていたり―――なんてことはなさそうだ。
「長かったぜ。これでようやく、存分に暴れて……スッキリできそうだ」
勇者が、獰猛に笑っていた。
シュリオン聖教国。
帝国とともに大陸を東西に二分する、強大な勢力だ。
国土面積はさほどではないが、信仰と権威という武器は侮れない。
事実、周辺国家を束ねる盟主となって、帝国を脅かした。
そして大勢の信者がいるということは、人材の豊富さにも繋がる。
多くの中から、磨き抜かれた戦士が現れるのだ。
首都の中央にある神殿は、そういった屈強な騎士団によって守られている。
だから狼藉を働こうなど愚かでしかない。
と、言われていたけれど―――。
「ば、バカな! 聖堂騎士団が全滅だと……!」
白くて金ぴかな法衣を着た一団が後ずさる。
あっという間に、ボクたちは神殿の最奥まで到達していた。
うん。こうなる気はしていた。
勇者、魔王、女神官、毛玉のパーティ。メイド付き。
なんか色々とおかしい。でも戦力としては、この世界でも最高峰だ。
神殿を守る兵士たちの隊列は、勇者の剣の一振りで薙ぎ倒された。
通路の奥で待ち構えていた強そうな騎士も、勇者の拳で頭を潰された。
広間に集まった精鋭部隊も、全員が勇者に斬り伏せられた。
ボクの出番なんてなかった。
手出しするなって言われてたし。
なんとなく流れで見学に来ただけだから、別にそれは構わない。
戦いは任せて、小毛玉を飛ばして神殿内を探っていく。
古そうな資料をいくつか確保したり。
悪人顔の神官が逃げ出そうとしていたところに魔眼を撃ち込んだり。
こそこそと裏で活躍させてもらった。
べつに逃げる相手をすべて襲った訳じゃない。
進化の影響か、目が良くなったのか、カルマの低い相手は見分けられる。
温度探知の映像みたいに、黒々と淀んで見えたりするのだ。
もっとも、カルマが低いからって悪人とは限らない。
ボクみたいな例もある。
いまはもう、バグっていて数字は見えないけど。
それでも目安にはなるので、明らかに黒い人間は始末させてもらおう。
ボクの立場からすると、むしろ善人の方が敵になるかも知れない。
どちらが正解なのか、もう深く考えないことにする。
この神殿、やけに黒い人間が多い。
聖職者の総本山のはずなのに、どうなってるのやら。
「ん? なに?」
同じ神官職ということで、なんとなしにマリナさんへ目線が向いていた。
白い。どうやらカルマはプラス方向みたいだ。
そのマリナさんは首を傾げてから、ああ、と呑気そうに手を叩く。
「前にも言ったでしょ? 聖職者なんて上の方は腹黒ばかりだって」
『だけど、あっさりすぎない?』
「聖堂騎士には、真面目に鍛えてる人も多いんだけどね。でも上がアレだから、気に入られないと潰されちゃったりで……っていうか、サガラくんが規格外すぎるのよ」
剣を振るだけで衝撃波が放たれる。
人間はまとめて数十人が吹っ飛んで、頑丈な壁や柱も紙細工みたいに壊される。
こんなのが乗り込んできたら、何処の城でも陥落すると思う。
でもほとんど殺してないのは……あ、いま倒れた騎士が頭を踏み潰された。
「この国は信仰を失くした! 神の怒りによって滅びる! 俺が、勇者である俺が、その怒りの体現者だ! 真の信仰持つ者あらば、いますぐに立ち去れ!」
大仰な言い回しで、サガラくんが叫ぶ。
勇者は神によって選ばれる者、とされている。
だから神の意思を代行し、堕落した国を滅ぼすという大義名分も成り立つ。
サガラくんなりに考えてきた筋書きなのだろう。
全力で勇者の力を振るえば、一国を丸ごと焦土にも変えられる。
だけどそこの住人すべてを恨んではいないから、混乱は最小限に抑えたい。
そんな思惑から、上層部だけを潰そうとしている。
『恨みって言ってた割には、理性的?』
「サガラくん、意外と理屈っぽい性格してるからね。帝国にもしっかり義理立てしてたし……本心では、決着をつけたいだけなんじゃないかな?」
マリナさんとそう囁き合っている内に、神殿の一番奥まで辿り着く。
扉を開けると、そこは礼拝堂に似た空間だった。
広間の奥には神像が並んでいて、だけど他には何も無く、がらんとしている。
ただし神像の前には、一際豪奢な法衣を着た神官たちと騎士が揃っていた。
待ち構えていた様子だ。最終決戦、といったところだろう。
「狂った勇者が……何故、神の威光に逆らおうとする!?」
「うるせえ。死ね」
聞く耳持たずと、サガラくんが踏み込もうとする。
その途端、足下から青白い光が沸き上がった。
一瞬、サガラくんの動きが止まる。
どうやら待ち構えていただけでなく、罠まで張っていたらしい。
「くははははっ、愚か者め! 貴様のような化け物に対し、何の策も講じていないと思ったか? 『懲罰』と『獄門』によるこの複合結界があればぁ―――!?」
馬鹿みたいに笑っていた神官が吹っ飛んだ。
守りの騎士ごと、サガラくんに殴り飛ばされて。
結界も、輝いていた床ごと一瞬で破壊されていた。
まあ当然だよね。相手が罠を張るくらい、サガラくんだって予測してる。
「生憎だったな。大抵の結界は、殴れば壊れるんだよ」
予測と対策と言うよりは、力押しだったけど。
いずれにしても、ボクの出番はなかった。




