08 循環点の獣
『循環点』の魔獣―――。
ザイラスくんがそう呼んでいるだけで、正式な名前ではないそうだ。
この世界の大地深くには、魔力が川のように巡っている。
人の目には触れないが、そこには死した魂も流れ込んで、一点へ辿り着く。
終着点は、恐らくはシステムさん。
魂は魔力へ返還され、魔力はまた魂に力を与えて、循環を繰り返す。
その循環の基点になる魔獣が存在する、とザイラスくんは語った。
「そんなの、どうやって知ったの?」
「帝国には古い書物が保管されている。その中には、システムから与えられた『閲覧許可』によって得た、稀少な知識もあった。スキルの『常識』や『魔獣知識』……それらを読み進めると、世界の成り立ちにまで迫れる」
言われてみれば、そんなスキルもあったね。
語り口からすると、信憑性は高い話みたいだ。
「それで肝心の『循環点』の魔獣だけど……要するに、システムから大量の魔力が降りてくる存在みたいなんだ。上手くすればその力を利用できるし、システムへ働き掛けることも出来ると考えてる」
「話半分に聞いといた方がいいぞ。そんな魔獣がいたら、もっと暴れてるはずだ」
「温厚な魔獣かも知れないだろ」
「だとしても、人間に目をつけられるのは間違いねえだろ?」
サガラくんの指摘も一理ある。
大陸だと、人間が魔獣を狩り尽くす勢いだって聞いた。
鳥類保護を訴えるつもりはないけど、あの二羽が研究材料とかにされるのは気持ちよくない。
「もしも見つけたら、ザイラスくんはどうするつもり?」
「可能なら、協力を頼みたいな。四体いるって話だから、一体くらいは話が通じるのがいてもおかしくないだろ?」
「そもそも一体もいない、って可能性も高いがな」
サガラくんが茶々を入れると、委員長は眉根を寄せる。
その反応からしても、自分の仮説に自信を持っているみたいだ。
でも話を聞くと、その循環点の魔獣って、世界の四方にいるらしい。
そうなると、この島に二体も集まってるのは理屈に合わない。
あ、でも雷鳥の方は、昔からハーピーとかを守ってたって話だった。
炎鳥の方は、元居た場所から引っ越してきたとか?
あまり深く考えて行動するタイプじゃなかったし、有り得るかも。
まあ、推測どころか憶測に過ぎないけど。
詳しくは、後で確かめればいい。
あの二羽がそんな偉そうな存在かどうかも、まだ分かっていないのだから。
っていうことで、ザイラスくんに話を振ってみる。
「それっぽい鳥の魔獣なら、心当たりがあるよ」
「へえ、さすがは魔境の主。どこに居るとか分かるかな?」
「っていうか、倒した。不死鳥だった」
「……は? 不死鳥?」
「卵になったんだよ。で、またすぐに生まれた」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いま理解するから……」
「いまはボクに従ってて、赤と青の二体がいる」
「どういうことだい!?」
ザイラスくんが慌てた声を上げる。
マリナさんやサガラくんも、目を丸くしていた。
まあさすがに、ボクも混乱を煽ったのは自覚している。
でも毛玉が生きていける世界だし、そんなに驚かなくてもいいとも思う。
不死鳥の一体や二体いても、そう不思議でもないんじゃない?
例えば、ペットを飼っていたとする。犬でも猫でも鳥でもいい。
同級生から話を持ち掛けられる。
研究のために貸してくれ、と。
解剖なんてしないから、と。
それはもう当然のように断る。解剖とか言葉が出た時点でアウトだ。
だけどまあ、ザイラスくんは只の同級生じゃない。
頭の良い同級生だ。
ボクにとっても何かしらの利益があるかも知れない。なので、
「見るだけなら」
そういう条件で、赤鳥と青鳥を籠に入れて連れてきた。
「酷いニャ! あたしらを売ったニャ!」
「貴様、それでも我らの主か!?」
ピーチクパーチクうるさい。いいじゃん、見るだけなら減らないし。
どうせ放っておいても、子供と遊ぶくらいしか役に立たないし。
「不死鳥かどうかは分からないけど……でも確かに、見たこともない鳥だな。炎と雷を操るっていうのも文献と一致するし、あとは魔力の流れを探って……」
ザイラスくんは興味深げに目を光らせている。
ひとまず手を出すつもりはない様子だ。
でも念の為に、小毛玉を監視に置いておく。
新たに進化してから、随分と小毛玉の射程が延びていた。
この島と大陸を隔てても大丈夫なくらいに。
詳しくは、これからさらに確かめる予定だ。
「んじゃ、俺は聖教国へ向かうぜ」
調査を進めている内に、サガラくんは自分の目的を果たすつもりらしい。
ついでに、他の『循環点』の魔獣を探す。
シュリオン聖教国は大陸の東側にあって、僅かながら未開領域もあるそうだ。
文献によれば、大陸の東端と北端にも、大きな鳥型魔獣がいる。
「一応、魔王への睨みも利かせたからな。帝国への義理も果たしたぜ」
「ここに来たのって、そういう意味もあったんだ」
「ああ、黙ってて悪かったな。勇者って面倒くせえんだ」
サガラくんが渋い顔をする。
だけど口に出したってことは、魔王である大貫さんと敵対するつもりはないのだろう。いまのところは、と条件はつくとしても。
「ボクは気にしてないよ。たぶん、大貫さんも」
言いながら、部屋の窓へ目を向ける。
ちらりと覗く影が見えた。話している間も、ずっと視線は感じていた。
ここ、二階なんだけどね。
まあ今更驚くことでもない。
「……アイツ、この前まで世界征服目指してたんだよな?」
「ま、まあ、いいんじゃない? 今度のはいくらか平和的だし?」
ボク以外は驚いているけど、気にしないでおく。
「それよりも、大陸へ行くなら良いものがあるよ」
つい最近になって完成したものだ。
是非、勇者一行に人柱……もとい試してもらいたいと企んでいた。
以前に公国を訪ねた際に、ヴィクティリーア嬢ことロル子の先生に会った。
色々と話をしたけど、その中に転移魔法の研究に関するものもあった。
失敗した研究だと言っていたので、使えれば便利だなあ、と思った程度だった。
でも資料を見せてもらい、それをメイドさんたちに託した。
元々、メイドさんたちは魔導技術に秀でている。
淡い期待だったけど、そう時間を掛けずに試作品を作ってくれた。
つまりは、転移装置。
それはすでに試作品を通り越して、実用段階に入っていた。
「こっちで座標を入力すれば、受け側に設置してなくても飛べる。大陸までも一瞬で行き来できるよ」
ざっと説明をする。
と、また三人が揃って目を見開いた。
「……詳しく教えてくれ」
一番食いついてきたのは、やっぱり委員長だった。
「ああでも、こっちの不死鳥も気になるんだよな。どっちから先に……くそっ、計画の練り直しじゃないか!」
まあ転移装置が革新的な技術であるのは否定しない。
興味を持つのも当然だろう。
ただし、まだ人間での実験はしていないんだけどね。




