07 勇者歓迎と、とある魔獣
ムスペルンド島の西部、大きな湖がある。
そのさらに西の畔に、ボクは本拠を置いている。
屋敷があって、それなりに広い土地を壁で囲っている。
規模だけなら、村というよりは小さな街。主な住民はアルラウネとラミア。
湖の側ではスキュラも集落を作っていて、お隣さんと言うよりも親しい関係だ。
時折、ハーピーも訪れる。
喧しい赤鳥と偉そうな青鳥を慕っていて、島のあちこちの様子を伝えてくれる。
「平和だなあ」
人間の姿を取ったまま、ボクは拠点内を見て回っていた。
なんとなく。暇潰しに。
明日には勇者一行が来る予定だけど、もう準備は済ませてある。
だから、のんびりと過ごせる。
幼ラウネや幼ラミアたちが集まってくるので、飽きるまで遊びに付き合う。
竜人幼女も混じってきた。相変わらず騒がしいけど、最近はみんなとも打ち解けている。
近くでは一号さんが静かに佇んでいる。
ちょっと離れた木陰では、大貫さんがじっと見つめてきていた。
時折、大貫さんに渡してある小毛玉がぎゅっと握り締められたりする。
押し潰されそうなくらいに。
荒い息遣いも聞こえてくるけど、気にしないでおく。
「最近はまた新しい子も増えてきた?」
「はい。アルラウネやラミアは、大多数はとても成長が早いですから」
最初に会った幼ラウネは、ほとんど背丈も伸びていないように見える。
でも周りの仲間には成長した子も増えてきた。
不思議種族なのは今に始まったことじゃないし、まあ喜んでいいんだろう。
成長と言えば、もっと気になるのもいる。
「あの二羽は、元に戻るまでどれくらい掛かるかな」
赤鳥と青鳥のことだ。
元は戦闘力も高い大型鳥だったので、力を取り戻せば拠点を守る戦力として期待できる。倒したボクには逆らえないらしいので、安全性も高い。
「これまでの成長具合から推察しますと、最低でも一千日以上は掛かるかと」
三年くらいか。長いな。
まあ、がっかりする程でもない。
「長い目で見るしかないか」
「はい……ご主人様、そろそろよろしいでしょうか?」
一号さんに促されて、ボクは頷いた。
勇者を出迎える準備は整っている。
でも念の為に、早目に港町まで行って待機しておく予定だった。
大型船が停まって、数十名の帝国兵や船員が降りてくる。
その様子を、ボクは腕組みをして偉そうに見守っていた。
今回も黒甲冑姿だ。中味は毛玉。
すでに帝国上層部には、ボクの正体は知られている。
だけど一応、人間のフリをしておく方が都合が良い。
帝国からすると、ボクは友好的な地方豪族みたいな扱いになっている。
それが人間じゃないってなれば、色々と問題も出てくるそうだ。
ちょっと面倒ではあるけど、大した問題じゃない。
この黒甲冑姿も気に入っているし。
そんなことを考えている内に、船から見知った顔が降りてきた。
先頭にザイラスくん、次にマリナさん、そして映像でしか見たことのなかったサガラくん。勇者御一行だ。
「片桐くん、久しぶり」
ザイラスくんが、人当たりの良い笑顔を浮かべて手を振ってくる。
こちらも挨拶をして、サガラくんへ目を向けた。
『久しぶり』
「ああ……その甲冑の中味は、本当にアレなのか?」
愛想が無いのは、転生しても変わらないらしい。
サガラくんは訝しげな眼差しを向けてくる。
なので、甲冑の胸部分だけをパカリと開いてみせた。
毛玉と目が合う。サガラくんの仏頂面が、一瞬だけヒクリと揺れた。
「……なんか、すげえな」
『勇者ほどじゃないと思う』
「望んでなった訳じゃ……いや、それはそっちも同じか」
ボクは頷き返して、甲冑を閉じた。
毛玉になったのもそうだけど、そもそも異世界に来たのが望んだことじゃない。
散々、サバイバル生活をさせられた。
何度も死にそうな目に遭った。
元の世界が最高だったとは言わないけど、少なくとも平穏ではあった。
だから委員長の話にも興味が沸いた。
元の世界に戻る。そのために、これから動き出すらしい。
外来襲撃や、その後の各国との戦争も一段落して、良い頃合いだという話だ。
「元魔王が、どうにか魔族たちをまとめてくれたからね。他の国とも、ひとまず帝国に有利な方向で片付けられそうだ。大貫さんについては、正直に言うと討伐対象になってるんだけど……」
港からの移動中に、ザイラスくんが大陸情勢を語ってくれた。
ちらちらと背後の物陰へ目線を向けている。
どうやら離れて様子を窺っている大貫さんにも気づいているみたいだ。
「自分たちとしては、余計な危険を冒したくないんだ。もう危険は無いみたいだし、もしも戦うことになったら、サガラくんがいても命懸けになるだろうからね」
『大人しくしてるように、頼んである』
「うん、期待してる。彼女を制御できるのは、片桐くんだけだから」
ザイラスくんは乾いた笑みを浮かべる。
以前に、殴られたり踏みつけられたりしてたし、それを思い出したのかも。
「ところで……片桐くんは、知らないかな?」
話を区切って、ザイラスくんが訊ねてくる。
何を、と問い返そうとしたところで、割り込むみたいに言葉を告げられた。
「外来襲撃の再開」
『あったね。すぐに終わったけど、何だったんだろ?』
すっとぼけておく。
ザイラスくんが何かを掴んでいたとは思えない。
でも封印された異界門のことは知っていたとしてもおかしくない。
ボクが関わった可能性を思いついたのかも知れない。
だけど確信はなくて、カマを掛けてみたってところかな?
本気の疑惑だったら、もっと上手く話を持ち出したはずだ。
「やっぱり手掛かりは無しか。こっちも、まったく事情が掴めなくて困ってたんだ」
平然と述べるザイラスくん。
だけど誤魔化しているようにも見えるのは、ボクが後ろめたいことを隠しているからかな。
「まあ、今回の話には関係ないよ」
話を打ち切って、港町の道を進む。
本題は屋敷についてから、といったところだろう。
勇者一行との対談は、港町にある屋敷の応接室で行われた。
さすがに立ち話って訳にはいかない。
『変異』を発動させると、ボクも人の姿になってソファへ腰を落ち着けた。
「変身まで出来るのかよ……なんか、なんでもアリだな」
「そうでもないよ。これ、けっこう疲れるんだ」
軽く驚かれながら、メイドさんが用意してくれたお茶のカップに口をつける。
毛玉だと出来ない優雅な仕草を気取ってみる。
一緒に出されたクッキーも味わいつつ、まずは雑談に興じる。
「私も初めて見た時は驚いたよ。でも、もふもふっていいよね」
「犬や猫じゃねえんだぞ。それに、黒毛玉って聞いてたけど白じゃねえか」
「白……? 自分には黒に見えてたけど?」
ボクのことに関しては軽く流しておく。
また進化したとか言ったら、説明も面倒になりそうだ。
それに、転生した人間ばかりだから、話のネタには困らない。
委員長やマリナさんの話は以前にも聞いていたけど、サガラくんのは初耳だ。
けっこう波乱万丈な人生を送っていた。
幼い頃に両親を殺されて、同性に犯されそうになるなんて、なかなか経験できることじゃない。したいとも思わないけど。
「聖職者って、堕落するものなのかな。マリナさんも言ってたね」
「立派な人もいるけどね。でも、そういう人は偉くなれないから」
「どっちにしても、聖教国は潰すけどな」
どうやらこの後、サガラくんは聖教国に乗り込む予定らしい。
他の二人も止める素振りはない。
まあボクとしても、理不尽な宗教団体なんて潰れてくれた方が嬉しい。
虐待されている人型魔獣もいるって話だから、助けに行くのも悪くないかな。
「でも探索も忘れないでくれよ。聖教国の抱えている情報も手に入れたい」
「分かってる。だけど本当にいるのか? 『循環点』の魔獣なんて」
「まだ可能性だけど、労力を掛ける価値はあるよ」
なんだか聞き慣れない単語が出てきた。
『循環点』ってなんだろ?
ボクが首を傾げると、ザイラスくんが用意していたみたいに話を切り出した。
「元の世界に帰る、これが大きな目的だっていうのは話したよね? そのための手段に必要になりそうなのが、『循環点』となっている魔獣だ。詳しくは後で説明するけど……」
ザイラスくんの声が真剣味を増す。
探るような眼差しをして、問い掛けてきた。
「この島にはいないかな? 強力な魔獣で……大きな鳥型だと思うんだけど?」
うわぁ。すごく心当たりがある。
でも、素直に答えていいんだろうか。
詳しく話を聞いてからの方がよさそうだね。




