06 新たな力?
《進化が完了しまし―――gぅいおrhxomp;:laるgふぃs》
パチリと意識が覚醒する。
一瞬、電流が走ったような感覚が襲ってきた。
痛みはない。不快感も。スッキリとした目覚めだ。
だけど真っ暗だ。視界は暗闇に覆われている。
いや、暗闇というか、黒い?
……ああ、分かった。もさもさ&ふかふかのコレは、アレだ。
ボクの毛がとんでもなく伸びてるだけだ。
部屋を埋めるほどに黒毛が伸びまくってる。
黒毛の全体にまで感覚が届いてるから、そう理解できた。
それだけ長いこと眠っていた、って訳でもないみたいだ。
原因はたぶん、溢れる魔力。黒毛の一本一本まで魔力が満ちている。
だから感覚も行き届いてる。
うん、なんとなく状況は理解できた。
とりあえず大きな心配は要らないらしい。
部屋の隅で黒毛に埋まっている大貫さんも、幸せそうに涎を垂らしてるし。
外の様子も窺える。
幼ラウネたちの遊んでいる声や、赤鳥や青鳥のどうでもいい言い争いも聞こえた。
どうやら随分と、感覚が鋭くなっているみたいだ。
ボク本体の方は―――、
外見に大きな変化は無いのかな?
以前と同じく、バスケットボールサイズの毛玉だ。
小毛玉も数体、部屋を埋める黒毛の中にいるのが分かる。
とりあえず、この部屋から出るとしよう。
長すぎる毛は、適当に揃えるように切り落とす。
毛針を発射する応用で簡単だった。いまのボクは、自身を完璧にコントロールできる。なんとなく、そんな感じがする。
余計な毛を落として、部屋の扉を開ける。
もさっ、と黒い塊が溢れ出た。
奇妙な光景のはずなのに、そこで待ち構えていた一号さんは平然としている。
相変わらず、静かな態度のまま一礼してくれた。
「おはようございます、ご主人様」
『うん。おはよう』
ボクの声が出ないのも変わらず。でも魔力文字が使えるから問題はない。
「え? 五十鈴くん、起きたの?」
部屋の中から、大貫さんが驚いたような声を上げた。
もさもさと、まだ室内に詰まっている毛が蠢く。
大貫さんが出てこようとして、上手く動けないでいるらしい。
そちらは放っておいてよさそうだけど―――。
「ご主人様、白くなられましたね」
え? 白く?
ボクは内心で首を傾げる。見た目は黒い毛玉のはずだ。
でも一号さんには白く見えている?
『黒じゃなくて、白?』
「はい……いいえ。どちらにも見えるようです。光彩が移り変わる、というのも少々異なりますが、白と黒の両方の色を纏っておられます」
冷ややかな眼差しに、微かな困惑が混じっていた。
どうやら奇妙な現象が起こっているらしい。
それを確認するためにも、ボクはあらためて自身を見つめる。
そして、ステータスを呼び出す。
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魔眼??ネ?甲?? バル・バロール LV:??? 名前:κτμ
戦闘力:222800+αΣ8E
社会生活力:-3
カルマ:-l; ptdfcgvkb???
特性:
Θぐp;眼???
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バグっていた。
……どうしよう、これ?
考えても分からない。なので、放置。
ステータスのことはひとまず頭から離して、ボクは席に着いた。
いまは食事だ。お腹が空いていた。
「ご主人様は十日も眠っておられました」
「あのね、最初は何も起こらなかったんだよ。でも三日目くらいから、一気に毛が伸び始めて……」
一号さんと大貫さんが、眠っている間のことを話してくれる。
まとめると、大きな事件は起こっていない。
偶に魔獣がやってくるくらいで、この拠点は平穏だったそうだ。
胃に優しいシチューを味わいながら、十日分の報告を聞く。
まあ相変わらず、何処に胃があるか分からない身体で―――。
ふと思いついた。『変異』を発動。
「ぁ……五十鈴くん!」
ソファの裏から、嬉しそうな声が上がった。
毛玉でもボクだと見抜いた大貫さんだけど、元の姿の方が好みみたいだ。
いまも部屋に大量の写真を張ってるのも知ってる。
ボクは気にしないけど、メイドさんたちが困ってた。掃除がしにくいって。
一枚でも位置が変わってたりすると、凄く怒るから―――っていまは関係ないか。
「うん……魔力が増えたおかげかな。こっちの姿でいても消費は感じない」
「だ、だったら、ずっと人間の姿でいられるの?」
「無理ではないけど、寝る時とかは毛玉の方が楽そうだよ」
ソファに座り直しながら、食べかけだったパンを手に取る。
毛玉体にも慣れたけど、やっぱり手があると便利だ。
味覚はあんまり変わらない。
でもゲテモノ食べる時は毛玉の方がいいかな。心情的に。
いや、そもそもゲテモノを食べなければいいんだけど。
もう生活も安定してきたし、そんな状況に追い込まれないことを祈ろう。
この世界に神様がいるのかどうか知らないけど。
システムさんは祈っても一切構ってくれなさそうだ。
「気になるのは、システムさんのバグか……」
「え? バグって?」
思わず呟いていた。大貫さんが不思議そうに問い掛けてくる。
「ステータス画面が変なのになってる。文字化けってやつだね」
「そうなの……? こっちは普段通りだよ?」
「ボクだけってことか。実害が無ければいいんだけど」
どっちにしても、後で確かめてみるつもりだ。
進化して、ボクの力がどうなったのか。
とりあえずいま分かっているのは、弱体化はしていないこと。
魔力量は増えているし、小毛玉も扱い易くなっている気がする。
小さな毛玉が空中を舞う動きは、以前よりも鋭い。
見た目は、心なしか大きくなったくらい?
あとは、ボク自身の見た目だ。黒なのか白なのか。
大貫さんには黒くてふさふさの毛玉に見えている。
でもメイドさんたちには、黒にも白にも見えるらしい。
どちらでもある、ってことなのかな。
一番重要なのは、主力武器である『魔眼』がどうなってるかだけど―――。
少なくとも、この場で発動させるのはやめておこう。
色々と巻き込んじゃうと危険だから。
魔眼もまた強力になっているのも、なんとなく予感できる。
軽く目蓋を伏せるだけでも、瞳の奥で渦巻く魔力を感じ取れた。
勇者が苦戦した邪龍軍団とも、いまなら正面から戦える気がする。
まあ、過信は禁物だけど。
「委員長……ザイラスくんあたりから、何か連絡はない?」
「現状ではこれといって……いえ、少々お待ちください」
軽く一礼してから、一号さんは目を伏せる。
どうやら他のメイドさんから念話が入ったらしい。
ややあって、一号さんはまたこちらへ目を向けた。
「失礼致しました。そのザイラス様からご連絡です。“勇者”を含めて、会談の場を持ちたいそうです」
なんとも絶妙なタイミングだ。
勇者が出てくるってことは、それだけ帝国の方が落ち着いてきた証拠だろう。
こちらはまあ、用は無いけど興味ならある。
「この島に来るなら歓迎する。そう伝えて」
こっちから出向くよりは時間を稼げるはず。
念には念を入れて、勇者様を迎える準備を整えておこう。




