04 毛玉vs異界門③
異界門から新たに現れたのは、空中に浮かぶ球体だった。
全身が銀色の鋼板で覆われている。前後左右に、カメラみたいなレンズが備えられていた。
一目で機械だと分かる。
メカ毛玉? いや、毛は生えていないけどね。
ボクを機械にして色を変えたらこうなるんじゃないか、ってデザインだ。
それが五体。異界門を出た直後に停止した。
死獄結界に入らないなら、小毛玉が襲う。
『衝破』と『轟雷』の魔眼を発動。
これまでの偵察機や頑強な戦車っぽい機械は、それで簡単に破壊できた。
雷光と、激しい土煙が舞って―――、
視界が開けた後、球体メカは平然としてそこに浮かんでいた。
いや、平然ではないかな。
二体ほど小さく火花を吹いている。いくらか損傷はあったみたいだ。
だけどまだ動ける程度のダメージでしかない。
「防がれた……? ううん、散らされたみたい」
大貫さんが驚きながらも静かに分析する。
そうしている間に、メカ毛玉は死獄結界の中へ進んでいた。
これまでの例からすると、すぐに壊れて、砂のように崩れるはずだ。
でもメカ毛玉は耐えてみせる。
結界の中心まで進んだところで、ダメージを負っていた二体が崩れた。
けれどまだ三体残っている。
なにもかも殺す結界の中でそれだけ耐えられるのは異常だ。
その理由は、大貫さんが言った通りらしい。
『魔力そのものが効かない? 散らされてる?』
「そのようです。完全とはいかないようですが、極めて強力な抗魔装甲を持っていると判断できます」
一号さんも頷く。態度には表さないけど、いくらか驚いているみたいだ。
実際、ボクもあんまり冷静じゃいられない。
魔力そのものを無効化する。そんな相手は初めてだ。
以前に、硬くてデカイ亀はいた。物理も魔法もほとんど効かない魔獣だった。
だけど『万魔撃』は有効だったし、今回の球体メカとは質が違う。
その『万魔撃』にしても、死獄結界に入ったら“殺される”。
つまり結界に入った時点で、球体メカにはこちらから手出しができない。
しかも―――。
『まさか、結界を破ろうとしてる?』
球体メカの表面が、なにやらチリチリと輝いている。
電子的な光だ。その輝きに合わせて、僅かに死獄結界が薄らいでいく。
赤黒く禍々しかった色に、少しずつ白が混じっていくようで―――、
あ、壊れた。球体メカの方が。
凄まじいほどの魔力抵抗を持っていても、死獄結界はそれを上回った。
僅かに薄れていた結界の色も、元の禍々しさを取り戻す。
とりあえずは現状維持。迎撃態勢は健在のまま。
でも、あんまり芳しくない状況だ。
『このままだと、次か、その次くらいで結界が壊されるかな?』
「断言はできません。ですが、その可能性は高いかと」
「ま、魔力を使う技が効かないのは、よくないよね。私たち、魔法の方が得意だし……えへへ、私も五十鈴くんも同じだね」
妙な部分で、大貫さんは喜んでる。けっこう非常事態なんだけどなあ。
だけどまあ、焦る必要はないか。
確かに、物理攻撃だけで、あの機械軍団を蹴散らすのが難しい。
もしも結界が壊されれば、敵はどんどん増えてくるだろう。
毛針とか体当たりとか、そればかりだとボクたちの方が俄然不利だ。
だいたい、機械を相手に肉体だけで戦うっていうのが尋常じゃない。
いやまあ、毛玉とか魔王とか、そういう存在がそもそも尋常とは言えないけど。
だけど単純な物理技にばかり頼る必要もない。
たぶん、通用する。だから―――。
『よし。撤退』
は?、と
絶対に感情を表さない一号さんまでが、唖然として言葉を失った。
異界門から距離を取る。
新たな敵が出てくるまでは間があるので、撤退は簡単だった。
とはいえ、あくまで“戦略的撤退”というやつだ。
まだ戦いは続ける。
ちょっぴり作戦を繰り上げるだけ。
『しばらくは様子見だね』
異界門を置いた小島から、望遠鏡でも見えないくらい遠くまでボクたちは退いた。
海上の一部を凍らせた休憩所も、同じく移動させてある。
周囲には一号さんと大貫さんで、魔術による隠蔽を施してもらった。
これで相手からは発見されない。
こちらは高性能茶毛玉を飛ばして、密かに相手を監視できる。
ボクたちの前には、異界門を捉えた映像が浮かんでいた。
『予想だと、さっきの球体メカが数を増やして来るかな?』
「えっと、大型が出てくるのもあると思う」
「ご主人様、お食事の用意が整いました。まずは温かい飲み物をどうぞ」
安心して食事をいただく。
簡素なベッドも用意してあって、ゴロゴロする余裕もある。
ついでに、毛繕いもしてもらった。
珍しく働き続けて毛並みも乱れていたけど、ふさふさになった。
そうしてボクたちが休んでいると、やがてまた異界門に動きがあった。
予想が当たって、球体メカが二十体ほどに増えて侵攻してくる。
今度は一体も止まらず、真っ直ぐに結界へ入ってきた。
死獄結界vs球体メカ軍団、第二幕だ。
心情としては結界くんを応援したい。自分で作ったものだし。
だけど、ボクの応援はあまり意味のないものだった。
赤黒い結界空間は、そこそこ長い時間頑張ってた。
球体メカも十数体は潰して、跡形も無く消滅させた。
それでもまた異界門から増援が来る。合計で五十体は超えた。
どんどん結界の色は薄れてきて、白に染まって―――、
「あ、破れる……!」
大貫さんが呟くと同時に、映像の中で大きな変化が起きていた。
パリン、と小気味よい音が響いた。
光粒が広範囲に散らばって、禍々しい色が完全に消え去る。
なにもかもを死滅させる結界が、ついに破られた。
《総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV40からLV41になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《外来種の討伐により、経験値に特別加算があります》
最後に数体を道連れにしたけど、これで自動経験値獲得トラップは失くなった。
ちょっと残念。
まあ、その気になればまた結界を張れるんだけどね。
だけど『死獄の魔眼』の全力発動は、けっこう魔力消費が激しい。
連発はできない。どうせイタチごっこになるだろうからやめておく。
そんな訳で、異界からの侵略軍が乗り込んでくる土台はできた。
いや、土台を作る準備が整った?
『あの黒い巨人、土木作業用だったんだ』
首の無い巨大な人型。のっぺりとしている。
死獄結界が消えると、黒巨人が何体も現れた。
他にも、資材やら工作機械らしきものが続々と。
太い柱が自分だけで空中に浮かんで、長く伸びて海底まで突き刺さる。
その上に、また飛んできた板が何枚も組み合わされて地面になる。
異界門がある小島が、あっという間に拡張されていった。
基地造りだ。侵略軍なのに慎重だね。
でも考えてみれば当然か。侵略っていう単語から、ヒャッハーで粗暴なイメージが沸くけど、相手は異世界まで来るような技術を持ってるんだし。
それなりに知性的な行動を取るのも当り前だ。
まずは拠点を整えるっていうのは、戦略としても正しい。
それと、技術力もやっぱり凄い。
ボクが仮眠を取ってる間に、小島は人工島となって、そして立派な基地に造り替えられていた。
大きな柱や鋼板が、次々と異界門を通って運ばれてきている。
基礎ができると、土砂も運ばれてくる。
その土砂を黒巨人が広げたり、整地したり、細かな作業を進めていく。
同時並行して、周囲の偵察も行ってるみたいだ。
最初に現れた蜂の群れがまた出てきた。百体以上があちこちへ飛んで行く。
世界中に散らばるのだとしたら、見過ごすのはよくない気もした。
でもいまは隠れているのを優先。
一応、小毛玉を動かして何匹か捕獲してみた。
機械相手でも『麻痺針』の効果があったのはちょっと驚き。
ともかくも捕まえたので、メイドさんたちに頼んで解析してもらう。
「絶対とは申し上げられませんが、危険は無いと判断致します。確認されたのは偵察機能のみで、ご主人様が危惧された薬物なども備わっておりません」
そう、ボクが懸念したのは化学兵器。
毒とかウィルスとか、そういうのを散布されたら困るなあ、と。
でもひとまずは安心できそうだ。
偵察されるだけなら問題はない。作戦は順調だ。
順調に、敵は軍勢を整えつつある。
異界門を囲う形で、すでに高く分厚い壁が出来上がっていた。
そして広場には、何百という兵器群が集まっている。
戦車っぽいものや、ミサイル砲台っぽいもの、球体メカや六角形メカ―――。
人型ロボは、土木用の黒巨人だけみたいだ。
ガン○ムはいない。まあビーム砲とか出てきても怖いけどね。
いまのところ、どうにもならないってほどの脅威は見当たらない。
そうして丸一日以上を掛けて、敵の軍勢も整ってきた。
数だけでも、一千台を軽く超えた。
基地も頑強そうなものになって、警戒機みたいに球体メカが上空を漂っている。
辺り一帯の魔力そのものが消失していると、高性能茶毛玉の偵察で分かった。
見事な要塞だ。
内部では機械の軍勢がいて、刻一刻と戦力を増している。
それを―――まとめて消し飛ばした。
 




