01 暗躍の毛玉
島から海を渡って西方、獣人とエルフたちの領域を再び訪れた。
目的は、近い内に目覚めるはずの勇者対策。
つまりは、ちょっと鍛えておきたい。システム的に言うと経験値が欲しい。
『っていうことで、異界門をください』
「おぬしは何を言っておるのじゃ!?」
ですよねー。
キツネ長老の尻尾が、ぼふぼふと床を叩く。苛立たしげだ。
『ダメ元で言ってみただけ』
族長が暮らす屋敷の客間で、ボクはごろごろしていた。
隣では、銀子もボクを撫でながらごろごろしている。
一応、巫女っぽい服装に着替えているので、仕事中と言えなくもない。
実際は、子供が遊んでるだけなんだけど。
このエルフ&獣人島だと、ボクはかなり友好的に接してもらえる。
専属巫女さんをつけてもらえるくらいに。
忌み神っぽい扱いだけど、とりあえず安心して過ごせる場所だ。
だからまあ、わざわざ無茶して敵対するような状況にはなりたくない。
異界門を開くのが危険ってのは、ボクだって理解できるからね。
鍛えたいからって、簡単には手を出せることじゃない。
大勢の命を預かる族長なら、当然の判断でしょ。
「けーちゃん、もっと強くなりたいの?」
銀子が抱きつきながら訊ねてくる。
最近は、乗るようにして全身で抱きつくのが好みらしい。
なんだっけ、バランスボール? あんな感じになってる。
『怖い人が来るかも知れないから』
勇者怖い。魔獣の敵。
ボクは魔眼だし、話せば分かってもらえる可能性は高そうだけどね。
「ん~……怖い人は嫌だよね。そうだ。私も一緒に強くなる!」
『そっか。無理しない程度にね』
小毛玉で頭を撫でてやると、銀子は嬉しそうにはにかむ。
わしゃわしゃと撫で返してくるのはいいんだけど、たまに甘噛みもしてくるから子供は油断できない。
「ふむ。鍛錬をしたいというのは分かったさね。ところで……」
キツネ長老が視線を部屋の隅へ向けた。
そこには押入れがある。そしてちょっと開いた戸の隙間から、情熱的な眼差しが注がれ続けている。
放置されてたけど、やっぱりキツネ長老は気になって仕方ないらしい。
「なんなのじゃ、アレは?」
『トモダチ』
「あのような友がおるか! 明らかに不審者ではないか!」
キツネ長老が怒鳴るのも分からないでもない。
元魔王こと大貫さんは、かなり特殊な趣味をしてるからね。肌も病的に白いし、眼光も鋭いから、けっこう勘違いされやすい。
でも基本的には無害だよ。たぶん。
ここの人達に対しても傷つけないように注意しておいたから、暴れはしないはず。
子供の教育上よろしくなさそうなのはともかくも。
部屋の端には、一号さんも静かに佇んでいる。こっちは教育によさそうだ。
いつものように完璧なクールメイドだし。
見習えば、何処に出しても恥ずかしくない淑女に育つはず。
『本当に気にしないでいいよ。ボクがずっと側にいるつもりだし』
ガタリ、と押入れから音がした。
一拍の間を置いて、なにやら荒い息も漏れてくる。
どうしたんだろ? 興奮させるような発言じゃなかったよね?
「……愛情の形は様々ということか。あたしの世界もまだまだ狭かったみたいさね」
『そんな大仰なものじゃないと思うけど』
「変わったおねえちゃんだね。でも、けーちゃんの友達なら、きっといい人だよ」
銀子の方は、無防備すぎる気もする。
だけどまあ、ここで暮らしている間は大丈夫かな。孤島だし。都会に行って騙される、なんて事態は起きそうもない。
「ともあれ、話を戻すさね。鍛錬をしたいという話だったのう」
『大陸って、魔獣は少ないんでしょ?』
「辺境に行けば、まだそれなりに残っておるとは聞くのう。しかし、おぬしが住んでおる“魔境”ほど手強い魔獣はおらぬはずさね」
やっぱり、そうなるよね。
大陸の偵察は茶毛玉で続けてるけど、手強そうな魔獣は見掛けない。
冒険者ってのも、辺境で細々と活動しているくらいだ。
むしろ普通の野生動物が多く繁殖しているみたいだった。
「しかし力を求めるならば、なにも命懸けの戦いをする必要もあるまい。地道な鍛錬も大切さね」
「私もね、ちゃんと精霊魔法の練習してるよ!」
『そうかぁ。偉いね』
撫でてあげよう。子供は誉めて育てるのが良いってどこかで聞いた。
まあ確かに、地道に鍛えるっていう選択肢もある。
スキルなんかは使っている内に強化されていくし、それで戦闘力が上がったりもする。レベルの方も自力で上げられるって、ザイラスくんやロル子から聞いた。
だけど効率を求めるなら違う。
生きている相手を倒した方が、経験値をごっそり貰える。
外来襲撃のボーナスはなくなったけど、その点は変わっていない。
「……急ぐというのは、何か危惧することでもあるのさね?」
『それなりに。ボクって一応は魔獣だし』
「備えたいということか。万が一の際には味方になりたいが……あたしらでは力不足さね」
キツネ尻尾が不満そうに揺れる。
ボクのことなんだから、気にしなくてもいいのに。
確かに一度は助けた形になったけど、ボクが勝手にやったことだし。
獣人って義理堅いって話もあったっけ。
そういえば封じた異界門を見守っているのも、ずっと昔に帝国と約束を交わしたからだとか。
「稽古の相手にもなりそうもないからのう。そちらの彼女の方が適任さね」
キツネ長老がまた押入れへ目を向ける。
って、なに? ガゴン!、って派手な音がしたけど?
押入れの中で暴れて、頭でもぶつけた?
「か、彼女だなんて……ふふ、うふふ……」
変な声が聞こえた。でもなんだか嬉しそうだ。
怪我をした訳でもなさそうだし、放っておこう。
その日は、エルフ領に泊まることにした。
銀子がまた別れたくないって泣き出しそうだったし。
それに、アリバイ作りの意味もある。
一緒に寝ていた銀子をベッドに残して、ボクはこっそりと部屋を出た。
『そっちの様子はどうかな?』
『順調です。間も無く魔法陣の起動を行います』
暗がりに茶毛玉が潜んでいる。
メイドさん特製の、偵察も連絡もできる高性能タイプだ。
通信先にいるのもメイドさんズ。
とある作戦を、密かに実行してもらっている。
『安全第一で。失敗しても構わないから』
『承知致しました。隠蔽も万全を図ります』
こういう悪巧みって、あんまり好きじゃないんだけどね。
だけど安全には気を配ってるし、エルフや獣人には危害は及ばないはず。
万が一の時には逃げてもらう準備もしてある。
通信を終えて、ボクは寝室に戻る。
大貫さんの気配もついてきているけど気にしない。
そうして翌朝―――、
「い、異界門が移動しておるじゃと!?」
集落全体が騒然となった。
慌てるエルフや獣人たちを、ボクはパンを齧りながら眺める。
へえー。異界門が海を移動かー。
封印の氷ごと、船みたいにー? すごいねー。
いったい、何処の誰がそんなこと企んだんだろー。




