17 ロル子との別れ……?
公国の王位には、第四王子が就くことが決まった。
あんな子供で大丈夫なのかな?、と思わなくもない。
だけど関係者で話し合っての結果だし、ボクは口出しする立場でもなかった。
ロル子も納得していた。
だから、いいんじゃないかなあ、と。
そのロル子は、帝国へと赴いて留学の続きをする。
公国での爵位を持ったまま、いずれは客将になるのを期待されていた。
「悪く言えば、また人質の立場ですわね。けれど良く言えば、帝国で身を立てる機会を得られたのですわ。この国のために働くことは、何処にいても出来ますもの」
『たくましいね』
本当に感心する。ロル子の心意気は、大人だって顔負けだと思う。
国ひとつを変えちゃったし。
間違いなく、歴史に名を残したと言える。
ボクも手伝いはしたけど、そうでなくとも結果は変わらなかったんじゃないかな。
「ともかくも、これで一段落ですわ」
『うん。あとは偉い人に任せればいいよ』
いまボクたちは、お城にある私室でのんびりとした時間を味わっていた。
時間は昼過ぎ。午後の優雅な一時、ってところだ。
毛玉姿でソファに転がっている。
行儀が悪いと言う人も、ボクの姿に驚く人もいない。
一号さんも控えているので、誰かが来たらすぐに知らせてくれる。
ロル子も対面のソファに腰掛けていた。
「あの……よろしければ、こちらへ来ませんか?」
隣の席を、ロル子が目線で示す。
んん? 構わないけど、なんだろ? 秘密の話でもあるのかな?
とりあえず席を移動。
ソファは広いし、ロル子も小柄なのでゆったりとできる。
で、なにか話でもあるんじゃないの?
ロル子を見るけど、手を組んでもじもじとしているだけだ。
「えっと……その、撫でても構いませんの?」
『いいよー』
そんなことで躊躇ってたのか。気にしなくていいのに。
だけどまあ確かに、相手が人間だったら「撫でていい?」って聞くのはハードル高いかもね。場合によっては失礼か。
ボクだって意識は人間のつもりだけど、この毛玉体にも随分と馴染んできた。
大雑把になっている部分はあるのかも。
べつに幼女に撫でられて喜んでるワケじゃない。うん、ホントに。
小さくて温かい手の感触は悪くないけどね。
「……もうじき、お別れなのですね」
ロル子がぽつりと言う。
まあ、そうだね。この国での騒動にも一応の決着がついた。
もう居続ける理由もない。
帝国軍も、ある程度の部隊を置いて撤退する。
ロル子も一緒に帝都まで向かう予定だ。
その時点で、お別れだね。しんみりとした気分になるのも分かる。
だけど、あんまり深刻になる必要もないんじゃないかな。
『また、いつでも会えるよ』
何処かで聞いたような台詞を返す。
でも実際、そうだから。
ロル子には、偽使い魔として高性能茶毛玉を持っていかせるつもり。
茶毛玉って言っても黒く塗るんだけどね。ややこしい。
「わたくしは、貴方を見つけて保護することをずっと考えておりました」
『うん? それはもう解決したよね?』
「……ですが貴方には、わたくしの保護など必要なかったのです。むしろわたくしの方が庇護され、助けられて……この恩をどうやって返せばよいのか分かりませんの」
むぅん。やっぱりロル子は真面目だね。
恩とか、そんな風に考えなくてもいいのに。
でもそういうロル子だから、ボクも味方する気になった。
このまま素直に成長して欲しいね。
って、ボクが偉そうに言うのもおかしいんだろうけど。
「貴方は……バロール様は、これから何を望まれるのでしょう?」
『そうだねえ……』
とりあえず、公国と帝国が安定してくれるのは望ましい。
大陸での争いが、魔境まで飛び火するのは避けたかった。
だけど、望みって言われると違う気もする。
ああ。前にもこんな風に悩んだっけ。
これからボクは、どうしたいのか? まだ答えが出ていないんだよね。
あ、そうだ。
『一緒に考えてくれない?』
「え……? それは、これからのことを、という意味でしょうか?」
『島でのんびり過ごせればいいとは思ってる。だけど、ただ時間を潰すのも違う気がする』
子供に相談するのも、どうかとは思う。
だけど意外とすんなりと言葉が出てきた。
ロル子はしばらく目をぱちくりとさせて、こちらを見つめていた。
「あの、もしかして……今回の戦いを手伝ってくださったのも、それだけの理由なのですか? のんびりと過ごすというだけで……?」
『そうだけど? あとの理由って言えば、なんとなくかな』
「なんとなくって……あ、いえ、ですがあの島の安全を考えておられるのでしたら、他にも手はあったのでは? 例えば中立でも、バロール様ほどの力があれば、帝国でも東方連合とでも交渉は上手く進められたはずですわ」
ロル子からの問い掛けに、ボクはそっと目を逸らす。
うん。そこまで深く考えてなかった。
所謂、戦略的思考っていうやつ? そんなものをボクに求めないでほしい。
少しは先を考えたりもするけど、国家を支える軍師とかじゃないんだから。
基本は行き当たりばったりだよ。
自分で言ってて認めたくなくなってくるけど。
「……わたくしには、バロール様の望みは分かりませんけれど」
小さな手が、繰り返し黒い毛並みを撫でる。
そうしながら、ロル子は優しげに微笑んでいた。
いつもの緊張した、大人びた表情とは違う。子供っぽさが滲んでいる。
「心のままに為されればよろしいのですわ。もしも助力が必要になりましたら、わたくしも微力ながらお手伝いさせていただきます」
『恩とか、本当に考えなくていいからね?』
「ふふっ、その言葉だけありがたく受け取らせてもらいますわ」
結局、ボクが自分で決めるしかないってことだね。
だけどこうして話すのは悪い気分じゃない。
あんまり深刻に悩んでたワケでもないけど、心が軽くなった気がする。
『まあ、いつか助けてもらうってことで』
「はい。けっして約束は違えませんわ」
軽く受け流してくれてよかったのに。
ほんと、どこまでも真面目なんだから。
でもやっぱり、そこがロル子のいいところなんだろうね。
そうしてボクたちはソファに身を預けたまま、ゆったりとした時間を過ごす。
一号さんがお茶を入れ直してくれたり、お菓子を持ってきてくれたり。
ロル子が毛繕いをしてくれたり。
だらけきっている気もする。でもまあ、偶にはこういう時間も悪くない。
いつの間にか、部屋には夕陽が差し込んできていた。
ソファで眠ってしまったらしい。
ロル子も、ボクを枕にして静かな寝息を立てていた。
無防備だけど、涎を垂らしていないあたりは育ちの良さを窺わせるね。
ともかくも、そっとしておきたいところだけど―――、
「ご主人様、よろしいでしょうか?」
一号さんが問い掛けてくる。
ボクが目を覚ましたのは、ロル子が重かったからじゃなくて、一号さんに揺り起こされたからだ。
『ん、なに?』
「警戒用の茶毛玉が、人影を捉えました」
この公国周辺には、かなりの広範囲に警戒網を敷いてある。
そこに怪しい人影が引っ掛かったってことかな?
でもわざわざ眠っているボクを起こすなんて、一号さんにしては珍しい。
『人影って、どんな?』
「こちらへ向けて、高速で飛行中。恐らくは魔族です」
映像を浮かべながら、一号さんは続ける。
「そして帝国からの情報を信じるならば、これは例の、新しい魔王かと」
……は? え、ちょっと待って。
なんで魔王がここに? どういうこと?
えっと……ともかくも、のんびりしていられる状況じゃなさそうだ。




