14 公国制圧③
王様をブチのめした。だから明日から自分が王様だ―――、
なんて、そんな理屈が通じるはずもない。
普通なら、残った貴族からの反抗を受けて処断される。
だけど公国の戦力は、ほとんどが帝国への侵攻に向けられていた。
その戦力は壊滅して、敗残兵となってまだ帰国の途中。
残っていたのは文官や、戦場に出ずに済む高い地位にあった者ばかりだ。
あるいは、王から疎まれていたり、無視されていたり。
王が討たれても、むしろ嬉々としてロル子を歓迎する者が多かった。
「此度の偉業、公国はおろか、大陸の歴史でも類を見ないものかと。真の英傑であられるヴィクティリーア陛下にお仕えできること、この上ない光栄であります」
「わたくしは王位に就いてはいないのですけれど……」
「おお、これは失礼を。つい自分の希望が口に出てしまいました。これも溢れる忠義故のこと、なにとぞお許しくださいませ」
歯の浮くような台詞を並べ立てて、跪いた騎士がさらに深く頭を下げる。
真っ先に味方宣言をしに来たのは、ボクも以前に会った騎士団長だ。
亀魔獣騒動の時に、手柄に拘ってた人だね。
今回も王都に残されていて、城の警備責任者になっていた。
騎士団長から警備隊長になったってこと? つまりは降格?
まあ、そこらへんの細かい事情は知らない。
何にしても長いものに巻かれる性格なのは間違いなさそうだ。
ある意味では、とても信用できる。
新しい王に取り入って良い地位を得たい、って目論見が丸分かりだ。
ロル子も、そこらへんはすぐに見抜いたらしい。
そっと溜め息を吐いたのを隠して、騎士団長に笑みを向ける。
「協力は嬉しく存じます。まずは城内や街の混乱を治めねばならないのですけれど、頼りにしてよろしいかしら?」
「はっ、無論です。許可さえいただければ騎士団をまとめ、対処にあたりまする」
「では、お願いいたしますわ。グローナズドヴィンケル卿には、この国の重鎮として働いていただきたいと思っておりましたの」
騎士団長は嬉しそうに再び頭を下げる。
それにしても、グローナズドヴィンケルって……、
この人、そんな長ったらしい名前だったんだ。逆に覚えやすいかも。
一応は以前も兵士をまとめていたし、治安維持くらいには役立ってくれそうだ。
ただ、ちらちらと黒甲冑姿のボクを睨んでくるのが気になる。
「ところでヴィクティリーア様……そちらのバロール殿は、何故ここにいるのか、尋ねてもよろしいでしょうか?」
手柄を取られるのを気にしているのかな?
以前も、そんな感じで絡んできたし。でも余計な心配だよ。
「バロール様には、わたくしの護衛をお願いしております。彼の実力は、卿も目撃しておられるでしょう? いまはなにかと不穏な時……もっとも、長居していただくつもりはございません。この国のことは、この国の者で行うべきですから」
「それを聞いて安心いたしました。では某は、己の務めを果たします」
騎士団長は一礼して去っていく。その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。
ほんと、分かり易い人だ。
しばらくは信用できるだろうけど、頼りにするのは危ないと思う。
ロル子もまた苦労しそうだ。
「バロール様」
ん? なんだろ?
ロル子に呼ばれて、黒甲冑の首をそちらへ向ける。
「軽視するような発言をしてしまい、申し訳ございません。彼にはああ言っておいた方がよいと思ったものですから……」
『気にしてないよー』
軽く手を振って宥めておく。
実際、まったく問題ない。状況が落ち着いたら去るのも事実だし。
この公国が平和になってくれれば、魔境にいても安心できる。
魔境から最も近い港町でもあるから。
そのためもあって、ロル子に味方したんだし。
『帝国軍が来るまでには、混乱もおさまるかな?』
「なんとか鎮めてみせますわ。これ以上の争いは、誰も幸せになりませんもの」
小さな拳を握って、ロル子は力強く決意を述べる。
豪華な金髪縦ロールも一層輝いているみたいだ。
だけど、とも思う。
国の命運とか、そんな重い物を子供が背負わなくてもいいのに。
だからといってボクが肩代わりできる訳でもないんだけど。
誰か、支えてくれるような人はいないものかな。
帝国軍が到着するまで、あとおよそ十日ほど。
その間に公都を治めておくのが、ボクたちの役割だ。
そこからの政治的なあれやこれやは、帝国と話し合って決めることになる。
逆らう者が出るたびに制圧!、って事態も覚悟していた。
だけどそうはならなくて、ロル子は一安心している。
コルラート先生が頑張ってくれたらしい。
「これで街の代表者も、ほとんどが協力を約束してくれましたわね。さすがはコルラート先生ですわ」
「いえいえ。御二方の活躍があってこそです」
城の執務室で、ボクたちは一時の休憩を取っていた。
ソファに腰掛けて、コルラート先生を歓迎する。
この人とも、以前の亀騒動で会って、少しだけ話をした。
物腰が柔らかくて、話しやすい人だったのを覚えている。あの時も街の人をまとめてリーダー役になっていたっけ。
今回の戦争では、魔術師部隊の一員として従軍を命じられていたらしい。
でも無視して、自分の研究室に篭もっていた。
王命に逆らったのだから、縛り首になっていてもおかしくなかったはずだ。
だけどどうやったのか、上手く誤魔化していたそうだ。
「バロール殿の活躍は、住民の多くが目撃しております。ヴィクティリーア様に関しましても、横暴な王を討ってくれたと、とても大勢の者が喜んでおりました」
「わたくしは大したことはしておりませんわ」
『こちらも同じだ。あまり誉められても困る』
「御二人とも謙遜がお好きなようで。しかしもっと胸を張って、私など顎で使ってくださっても構わないのですよ」
なんていうか、貴族の妙なプライドとは無縁の人だね。
ロル子の先生でもあるみたいだし、今後も頼りになってくれそうだ。
「それに、私も少しは役に立っておきませんと。バロール殿ばかりに苦労を掛けては、シェリー殿に怒られてしまいます」
『妹にも伝えておこう。コルラート殿にまた世話になったと』
「それこそ世話というほど大したものではありません。ですが、シェリー殿とまたお会いできるのなら―――」
不意に、コルラート先生が眉根を寄せた。
その気配をボクも感じ取る。背後に控えていた一号さんも静かに体勢を変えた。
部屋の入り口へ目を向ける。
やや間を置いて、ドアが乱暴に開け放たれた。
「見つけたぞ、逆賊ども!」
入ってきたのは、十名ほどの男達だ。
剣を構えた男が数名と、白い法衣を着た男が三名ほど。
逆賊とか言ってるけど、そっちは不法侵入者だよね?
「黒甲冑、貴様が神敵なのは分かっている! 大人しく裁きを受けろ!」
後方にいる法衣の男たちが、懐から小さな石を取り出す。
白く輝く石だ。魔力の気配もある。
それが、ボクたちへ向かって投げられて―――、
「ご主人様?」
『いいよ。ここは専守防衛で、ボクが片付ける』
迎撃しようとした一号さんを止めて、短い遣り取りをする。
その直後、投げられた石が弾ける。
広がったのは真っ白な光。
『懲罰』の輝きが、室内を覆い尽くした。




