10 作戦名:行き当たりばったり
ええと、これは、その、いったい、毛玉が、黒甲冑から―――、
「訳が分かりませんわ!」
はっ? いけませんわ。
声を荒げるなど、淑女として慎むべき行為です。
まずは落ち着きましょう。深呼吸ですわ。
ひとつ、ふたつと……あ、黒甲冑がメイドの方々によって運ばれていきますわね。
ということは、やはり中の人はいなかった、と。
代わりに毛玉が、わたくしが召喚した使い魔候補の魔獣が入っていた、と。
なるほど。理解いたしましたわ。
納得とは別ですけれど。
「ふぅ……失礼いたしましたわ」
『構わないよー』
……随分と口調が変わりましたわね。
いえ、文字なのですけれど。黒甲冑の時は威厳のある態度を取っていましたのに。
こちらの方が素ということですわね。
ええ。理解はできますわ。
やはり納得とは別なのですけれど!
「ともかくも、ええと……説明はしてくださるのですよね?」
『うん。長くなるけど。まずは質問とかある?』
「質問ですか。そうですわね……」
むしろ、有りすぎて困りますわね。
落ち着いたつもりですが、まだ混乱しているようです。
ここは冷静に。まずはひとつ、根本的な質問をするべきですわね。
だとするのでしたら、尋ねるべきは……。
「……撫でても構いませんの?」
って、わたくしは何を言っておりますの!?
そうではないでしょう! いくらなんでも混乱し過ぎですわ。
『いいよー』
って、毛玉さん!? いえ、バロール様でしょうか?
貴方もなんですんなりと認めておりますの!?
ですが、まあ、魅力的な毛並みなのは間違いありませんわね。
ふさふさで、ふわふわですし、少しくらいなら……。
ああ。やはり上質ですわね。
こうして撫でていると、少しずつ落ち着いてくる気がいたしますわ。
『それじゃあ、手短に話そうか』
「え? あ、はい。お願いいたしますわ」
もふもふが離れてしまいました。少々、残念ですわね。
いえ、いまは話の方が大切でしたわ。
わたくしの召喚によって、彼に何が起こったのか。
それをしっかりと受け止める責任があるのですから。
◇ ◇ ◇
「二人とも、ひさしぶり」
軽く手を上げて挨拶をする。日本語で。
ザイラスくんもマリナさんも、揃って目を丸くして固まった。
広い客間が静寂に包まれる。
あれ? 普通に喋れてるよね?
あまり人間の姿を取ることはないボクだけど、それなりに練習だってした。
鏡で確認だってしてきた。
それに、後ろからついてきたロル子もこの姿の方がいいと言ってくれた。
「片桐くん、なのか……?」
うん。そう呼ばれるのも久しぶりだね。
っていうか、ほとんどのクラスメイトからは名前も呼ばれたことなかったけど。
だけどさすがは元委員長だけあって、ザイラスくんは覚えていてくれた。
ボクが頷きを返すと、ややあってマリナさんも我に返った。
「えっと……久しぶり? うん、覚えてるわよ。でも元の姿のままって……私は水川真理亞、昔とは随分と変わってるでしょ?」
早口にマリナさんが自己紹介をしてくれる。
そっか。水川さんか。覚えていない。
そんな名前の人もいたかなあ、という程度だ。
でもまあ、いまは問題ないはず。
むしろ問題は、同席している帝国騎士の方かな。
ルイトボルトさんやバルタザールさんが話についてこれていない。
「バロールです」
「は……あ、これは失礼をした。しかしあの甲冑は呪いで脱げなかったのでは? それに甲冑と比べて、その、随分と小柄であられるような……」
「色々と事情があるので」
いちいち説明するのは面倒だ。
ロル子には一通りのことを話したから、そっちから聞いて欲しい。
もっとも、ロル子から話すのは真実ばかりじゃないけど。
あれこれと打ち合わせをしたからね。
ともかくも、それをどう受け止めるかは任せるよ。
ボクが毛玉であることはロル子以外にはまだ秘密。
だけど、それ以外の事情は伝わるはずだ。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着こう」
自分の席に着いて、メイドさんがお茶を注いでくれるのを待つ。
ボクも混乱こそしていないけど、けっこう緊張はしてるんだよね。
毛玉姿の時とは心持ちが違う。
人間として人間と接するのは、やっぱりちょっと苦手だ。
「それで……まずは、ヴィクティリーア様との会談がどうであったのか、お尋ねしてよろしいか?」
「はい。結論から申し上げますと、わたくしの使い魔は見つかりました。バロール様が保護してくださっていたのです」
ロル子は両手を開いてみせる。
そこには、一体の小毛玉が乗っていた。
「とても立派に成長していて、そちらは引き続き、バロール様に預かっていただくことになりました。産んだ子供を、わたくしの使い魔として譲ってくださったのです」
嘘を吐かせるのは気持ちいいものじゃないけど、ロル子も納得している。
結局、ボクは“使い魔候補”のままだ。
ロル子にはひとまず、小毛玉を預けておくことにした。
あまり遠くまでは同行できないけど、この島にいるのなら問題ない。
別れる際には、偵察用茶毛玉の黒バージョンを渡す予定だ。
「この子が使い魔……? ねえ、ちょっと触ってもいい?」
「ええ、どうぞ。とってもふわふわなのですよ」
とりあえず、マリナさんはもふもふで誤魔化せたみたいだ。
どういった経緯で保護したのかとか、子供を使い魔にできるのかとか、細かい部分を突っ込まれたら困る。
まあ、適当な話をして誤魔化すつもりではあるけど。
「あ~……うん、使い魔についてはいいや。彼女についてはルイトボルトさんから聞いただけだし……」
ザイラスくんが頭を掻きながら、斜め向かいの席へ目線を送る。
ルイトボルトさんがやや戸惑いながらも頷いた。
「ってことで、今度はこっちの話に移りたいんだけど、いいかな? 話というより、確認したい事柄がいくつもあるんだけど……」
帝国にとって、ロル子の問題はあくまで“ついで”なんだろうね。
わざわざ勇者パーティを派遣した理由は別にある。
ザイラスくんが真剣な顔をすると、室内の空気も張り詰めたようだった。
ボクも黙って聞く姿勢を取る。
「それで、まず最初の確認なんだけど……」
さり気なく、ザイラスくんの口調が同級生に対するものに変わっている。
彼にとっては二十年くらいは経っているはずなのに、まだ元の世界の意識が強いみたいだね。
まあ、気にするところでもないか。
ボクもその方が話しやすくはあるけど―――、
「本当に片桐くんかな? っていうか、転生前の姿なのはどういうこと?」
あ、そこから突っ込んでくるのね。
流れで誤魔化せるかとも思ったのに、そう甘くもないらしい。
ひとつずつ説明していく必要がありそうだ。
ボクが毛玉であるのは、まだ明かすつもりはない。
魔獣が人間の姿を取っているよりも、
人間が魔獣を従えている、とした方が受け入れてもらえると思ったから。
転生前の姿であるのは、魔術のおかげということにした。
その他諸々、これまでの経緯を作り話も混ぜて説明して―――、
「―――ということで、納得していただきます」
一通りの話を終えた十三号は、冷ややかに一同を見渡した。
反論は無い。というか、十三号が視線で封じている。
だけどまあ、それなりの理解は得られたはず。
やっぱりボクが語るよりも、任せて正解だった。
「えっと……あ、うん、納得したよ。片桐くんだっていう確認も取れたし」
そう頷くザイラスくんの表情は引きつっていた。
それでも、ある程度の納得をしてくれたのは嘘じゃないだろう。
転生者かどうかなんて、明確な証拠は出せない。
だからクラスメイトしか知らない事柄を、いくつか確認し合った。
担任教師の名前を忘れてたのには、少々疑いを持たれたけど。
だけど顔の特徴とか、だいたいの年齢くらいは覚えていたよ。それで疑念も解けたみたいだし、問題ないでしょ。
「でもここで片桐くんと会えるなんてね。嬉しい誤算ってやつかしら?」
「そうだね。転生者の可能性は高いと思っていたけど……これで一気に問題が解決しそうだ」
んん? なんか勇者組二人だけで納得してる?
問題ってなんだろ?
そういえばまだ、この島に来た理由を聞いていなかった。
ボクが転生者かどうか確かめるためには、適した人選だとは思う。
だけど二人とも重要な戦力で、帝国の現状からすれば留守にはしたくないはず。
本当の目的は何なのか―――。
「実を言うと、ここで戦いになるかも知れなかったんだ。帝国の敵になるのなら殺せって、そういう連中が多くてね」
「っ、ザイラス殿!」
「大丈夫ですよ、ルイトボルトさん。ここは下手に隠し事をするべきじゃない」
どうやら帝国は、かなり疑心暗鬼に陥っているらしい。
周辺各国から攻められて、また敵が増えるんじゃないかと警戒を深めている。
「皇帝陛下はけっこう話の分かる人なんだけど、頭の硬い貴族連中も多くてね。帝国に従う者以外は力で屈服させるべきだって、そういう声も多い」
辟易とした様子で、ザイラスくんは語る。
帝国の内部でも揉め事があるって話みたいだ。
ボクは関わりたくないなあ。
「そこらへんの事情も、片桐くんには全部伝わってるんじゃないかな? たまに見た毛玉型の偵察魔導具、あれって君の仕業だろ?」
ああ。いくつか撃ち落とされてたね。
おかげで高性能茶毛玉の開発にも繋がったんだけど。
あれってザイラスくんの仕業でもあったのか。
「でも、新魔王の情報までは掴んでいない?」
「……帝国に宣戦布告したのは知ってる」
「新魔王も転生者なんだよ。大貫藍さん、覚えてるよね?」
えー……ちょっと待って。
思い出せない、なんてことはない。
むしろ逆だ。彼女のことだけはハッキリと覚えている。
家の押入れに忍び込んでいたり。
眠っているといつの間にか枕元に立っていたり。
ベッドシーツや服が新品と入れ替わってたこともあったっけ。
忘れろっていう方が無理な相談だ。
その大貫さんが新魔王。なんだかとっても厄介事の匂いがする。
「以前に、一回だけ会ったんだ。その時に言われたよ。どんな手を使っても五十鈴くんを探し出す、邪魔するなら殺す、って」
あー、うん。言いそうだね。
彼女は、五十鈴くんに付き纏うのに執念を燃やしていたから。
大変だなあ、五十鈴くんは。
「帝国との戦争も、彼女が主導してる。たった一人を探すために世界征服までするつもりだよ」
「……ふぅん。そうなんだ」
「そうなんだ、って……」
ザイラスくんとマリナさんが、揃って眉根を寄せる。
言いたいことは分かる。
だけどこっちの身にもなって欲しい。
「なんで他人事みたいに言うのかな。狙われてるのは、君だよ?」
はい、そうですね。
確かにボクの名前は片桐五十鈴だった。
今更、他人のフリなんて出来ないよねえ。




