08 いくつもの再会
事前の報せから二週間後―――、
帝国からの船が、港街に到着しようとしていた。
大陸北部にある帝都から人を出したにしては、かなり早い到着した方だろう。
乗船している勇者パーティの二人は、以前に使ったスペースシャトルっぽい飛行機を使って高速で移動してきていた。
その様子も偵察用茶毛玉で捉えてある。
間も無く到着する船にしても、風を操作して速度を上げている。
委員長、目黒くんによる魔術だ。
いまはザイラスって名乗っている。ともかくも要注意人物なのは間違いない。
異世界の存在なんて許しちゃいけない、みたいな考えも持ってるみたいだし。
戦闘力にしても、なかなか侮れない感じだ。
もう一人は女神官。マリナさんっていうらしい。
高所恐怖症で、ついでに船にも弱い。
船に乗ってる最中も、港に着いてからも、げろげろ吐いてる。
まあ船酔いって、かなり辛いらしいからね。見なかったことにしてあげよう。
あとのメンバーは、中間管理騎士のルイトボルトさん。
それと、褐色騎士のバルタザールさん。ここらへんがメインだ。
他に目立つのは―――よし、後回しにしよう。
気になるのは、この時期に帝国が接触してきたこと。
いまが大変な状況なのは、大陸を偵察して知っている。
竜軍団の残党処理だけじゃない。
周辺各国が、揃って帝国への宣戦布告をした。
元々、広大な領土を持つ帝国には敵が多かった。とりわけ大陸東側にある聖教国とは、エルフや獣人、さらには魔獣への扱いに関しても意見がぶつかり合っている。
つまりはまあ、外来襲撃のゴタゴタに乗じて領土を奪ってやろうと。
そう考える国が多かった訳だ。
帝国も予想はしていたけれど、だからといって完璧な対処ができるとは限らない。
多方面から攻められては、強兵を誇る帝国でも厳しい戦いとなる。
とりわけ、魔族の動向に苦労させられているらしい。
新魔王の即位と、一方的な宣戦布告、さらには国境砦への強襲―――、
すでに帝国はふたつの砦を落とされているとか。
他人事じゃなくなる可能性があるし、ボクも興味がある。
だから、なるべく詳しく聞き出してもらうつもりだ。
うん。ボクが聞き出すんじゃない。
シェリー・バロールこと十三号が、まずは交渉役を務める。
ボクは隠れて、映像越しに様子を見守る役だ。
「おお、シェリー殿、相変わらずお美しい。貴方の笑顔を得るためならば―――」
バルタザールさんも変わってないね。
十三号がちょっと微笑むだけで、知ってることはなんでも話してくれそうだ。
だけどまあ、いまは放置で。
喋り続ける褐色騎士を制止して、ルイトボルトさんと挨拶を交わす。
そうして、勇者パーティの二人も紹介された。
「はじめまして、ザイラス・ユリムラルドです。宮廷魔術師の一人として帝国に仕えています」
「私はマリナ・エトワンド。大地母神の神官とし、て、おぅぇぇぇ……」
「……船旅でお疲れでしょう。まずは屋敷まで御案内いたします」
一瞬だけ、十三号の表情が歪んだ。
船酔い神官さんも、やっぱり侮れないね。
帝国側との会談は、まず和やかに進んだ。
世間話から始まって、外来襲撃のこととか、船旅のこととか。
当たり障りのない話題で場を温めていく。
取引に関しても小規模なもので、ほとんど問題なくまとまっていく。
あまり大きな取引をする余裕がない、っていう状況でもあるんだろうね。
ただ、戦力になるものは欲しいみたいだ。
港に設置してある魔導投石器の話には、ザイラスくんも食いついてきた。
「観測手が必要なほど遠くまで届くとなると、単純な力だけでは無理ですよね。もしかして重力系の魔術も使っているんですか? あれは自分も研究しているんですが、なかなかに扱いが難しくて……」
「ちょっと委員長、目の色変わり過ぎだよ」
「え? ああ、すいません。自分は魔術研究のことになると熱が入ってしまい……」
「構いません。見学の許可が出るかどうか、兄に尋ねてみます」
ん~……あの長距離投撃は、この島防衛の要なんだよね。
見せるだけならともかく、簡単に技術情報は渡せない。
何かしらの見返りがもらえるなら別だけど。
技術交換とかも考えるべきかなあ。
今回の会談、かなり行き当たりバッタリな部分がある。
相手の目的がいまひとつ読めないから。
事前に言ってくれればよかったんだけど、直接に話したいというばかりだった。
それだけ重要なことだっていうのは推測できる。
なので、こちらも慎重に様子を窺う方針を取った。
勝利条件としては、この島でのんびりと暮らしていけること、かな?
「ところで、このお菓子もとっても美味しいですね」
マリナさんが話題を移した。
乗り物酔いしてないと、とても上品な貴族令嬢に見える。
メイドさん特製のお菓子も好評だ。
一応、作り方を教えたのはボクだけど、かなり曖昧なものだった。
それを美味しくしてくれたのはメイドさんの腕前によるもの。
とりわけ女子二人には喜ばれている。
「ええ。このアオモリタルトは、兄も好物なのです」
「アオモリ……?」
あ。
マズい。やっちゃった。
これは十三号が悪いんじゃなくて、ボクの失敗だ。
勇者パーティの二人組が顔を見合わせる。そうして頷き合った。
「あの……唐突ですが、シェリー様は転生者というのをご存知ですか?」
「……貴方がたがそうだと、聞き及んでおります」
向こうが転生者の話を振ってくるのは、ボクだって予想していた。
何のつもりでここまで来たのかは分からないけど。
ボクも転生者ではないのか?、そう疑われていてもおかしくはない。
目をつけられるだけの行動をしてきた自覚はある。
でも、認めるかどうかはまだ決めていない。
とりあえずここは、十三号の誤魔化しスキルに期待しよう。
「その転生者という話は、本当なのですか? 俄かには信じられないのですが」
「まあ、証明できるものではありませんが……」
「同じ転生者を探しているんです。それで、バロールさんがそうなんじゃないかって思ってます」
マリナさんが切り込んでくる。
神官だから防御タイプかと思ったけど、こういう部分は積極的だ。
「さっきアオモリって言いましたよね。それ、私たちが元いた世界の地名なんです」
「なるほど。この世界の人間では知るはずがないと?」
「そうです。だからバロールさんは、きっと……」
「浅慮ですね」
十三号が冷ややかに切り返す。
見た目は幼女タイプだけど、その眼光の冷たさは奉仕人形の中でもトップクラスだ。
「兄とわたくしは、様々な地を旅してきました。アオモリという果実も、旅の途中で名前を聞いたものです。たしか最初は露店で売っていた物ですから、誰が名付けたのかはまったくの不明ですね」
「え……でも、この島で育ててるんじゃ……?」
「ですから、以前に聞いたアオモリと同じような果実だったので、そう呼んでいるだけです。兄が転生者という証拠にはなりません」
強引だけど、一応の筋は通っている。
少なくとも、マリナさんとザイラスくんを黙らせることには成功した。
いっそ全部を打ち明けてもいい気もする。
だけど相手が何を考えているか分からないから、念の為に。
判断を下すのは、この後でもいいはず。
どうせ、直接に会うんだから。
「あの……」
それまで静かに座っていた女の子が、控えめに口を開いた。
「バロール様との面会は、叶うのですよね?」
「はい。ここより南にある本拠の屋敷で、お待ちになっております」
ほっと安堵の息を吐いたのは、まだ幼い少女だ。
大人びた顔立ちをしているけれど、表情の端々に子供っぽさが滲んでいる。
それでも所作のひとつひとつから育ちの良さが窺える。
ただ、なにより目を引かれるのは、豪華な縦ロールの髪型だ。
「ヴィクティリーア様は、探しものがあってこの島を訪れたと聞きましたが?」
「はい、わたくしの使い魔を……とある魔獣を探しておりますの」
どういった経緯があったのかは知らない。
だけどそこにいるのは間違いなく、ボクを召喚した金髪幼女だった。




