06 自爆と思春期な毛玉
《行為経験値が一定に達しました。『唯我独尊』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『獄門』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『死獄の魔眼』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『暗殺』スキルが上昇しました》
獄とか殺とか、物騒な文言ばかりが並んでいる。
海に出たついでに、ちょっと特訓をしただけなのにねえ。
ちなみに、“死獄”は発生していない。
威力を抑えたから、ちょびっと海水が死滅しただけ。
今回の課題は、強力な技を求めていた訳じゃないからね。
魔族の尋問結果はまだ聞いていない。
捕らえた連中は先に港町へ送って、ボクは一号さんと海上に残っていた。
あっさり事態が片付いたから、身体を動かしたくなったっていうのもある。
身体っていうか、魔力なんだけどね。有り余ってるし。
尋問がどうなるかは、まあ数日以内には結果が出るんじゃないかな。
早ければ、数時間以内?
メイドさんたちは基本的に容赦無しだから、もっと早いかもね。
ともあれ、なにやら大陸がキナ臭いのは前々から分かっていた事実だ。
いつ争いに巻き込まれるか分からない。
力を付けてきたつもりだけど、油断はしちゃいけないと思う。
それに、やっぱりボクは魔獣だからね。
人間に刃を向けられた際の対策は、いくつも用意しておくべきだ。
エルフや獣人みたいに受け入れてくれるとは限らない。
仲良くなっても、やっぱり種族の違いはある。
まあ、あんまりネガティブな考えもどうかとは思うんだけど。
望めるなら、毎日をだらだらと過ごしたいよ。
ほんと、どうしてこの世界って殺伐とした出来事だらけなんだろ。
『港の屋敷に帰る』
「承知いたしました。食事と入浴の支度をさせておきます」
一号さんを連れて港街へと戻る。
街って言っても形だけで、ほとんど誰も住んでいないけど。
スキュラが増えてきたら海側の警備とかも任せたい。
とはいえ、いまでも防衛網の信頼性は高い。
茶毛玉で侵入者を早期発見、魔導式投石器で超遠距離から殲滅。
単純だけど凶悪な戦い方ができる。
とりあえずの不満はないけど、今後の課題はあるのかな。
ボクたちの拠点は、慢性的に人手不足だ。
そう、人手不足。やっぱりそれがネックになる。
人じゃなくて魔獣だろ、っていうツッコミは置いておくとして。
それにしても、どうしてボクはこんな面倒事を抱えているのか―――っと?
『何事?』
港街の屋敷上空に着いたところで、振り返る。
重々しい大きな音が聞こえた。爆発音みたいな。
そして視線の先では、海沿いの建物から火の手が上がっている。
たしか帝国軍の兵舎として使われていた建物だ。
いまは無人だったはずだけど……。
「ただいま確認しております。少々お待ちを……」
一号さんが空中へ視線を固定する。他のメイドさんズと交信中らしい。
その間にも、火の手の上がった建物から一人のメイドさんが飛び出してきた。
魔術を発動させ、海水を操って消火作業を始める。
海が近くてよかった、と喜んでいていいのかな?
「どうやら、捕らえた魔族が自爆を行ったようです。申し訳ございません」
『自爆? 三人とも?』
「はい。詳細はあらためて調査を行いますが、死亡は確認されました」
むう。これは、あれかな。
死して屍拾う者なし。トカゲの尻尾切り的な。
相手の目的は分からないけど、そんなに覚悟があるようには見えなかった。
むしろ何も知らない鉄砲玉って言われた方が納得できる。
失敗したら自動で命を断つ、そんな自爆術式でも仕組まれていた?
でも枷を嵌めて、魔術なんかは封じていたはず。
魔力を暴走させるだけだったとか?
ん~……どっちにしても、いまボクに出来ることはないか。
『任せて、大丈夫?』
「はい、お任せください。失態の埋め合わせくらいはさせていただきます」
『そんなに気負わなくていいよー』
ちょっと火事が起こったけど、それだけ。
情報元がいなくなったけど、それだって降って湧いてきたものだ。
失くしたからって、メイドさんを責めるようなことじゃない。
『それよりも、ご飯をよろしく』
丁寧に頭を下げた一号さんを連れて、屋敷へと降りる。
港街へ来たんだし、海の幸を味わっていこうかね。
海鮮パスタを食べながら、一号さんからの報告を聞く。
自爆した魔族三名は、やっぱり魔力を暴走させたらしい。
“させられた”っていうのが正しい表現だ。
「彼らの持ち物はすべて取り上げたのですが、その中に術式を組み込んだ指輪がありました。一定期間ごとに信号を発し続けるだけの術式です」
テーブルの上に、三つの指輪が置かれる。
爆発には巻き込まれなかったので綺麗なままだ。
「ここからは推測になりますが、その信号は、装着者に施された別の術式と連動していたのではないかと。信号が途切れることで、別の術式が発動し、彼らの魔力を暴走させて自爆に至った可能性が高いと思われます」
『本人たちは知らなかったのかな?』
「恐らくはそうかと。承知していれば、指輪を取り上げた際にもっと慌てたはずです」
推測部分は多いけど、一応の筋は通っている。
あの三人が死を恐れていなかった、なんて可能性は低そうだ。
捕まって喚いてた言葉は、いかにも小物っぽかったし。
この分なら、魔族の方でも大きな問題とは受け取らないかな。
まあ向こうが騒いでも、勝手に侵入してきた相手が悪いんだし。
今回の件は、これで終わりにしよう。
『それより、本拠の方はどう? いつも通り?』
「はい。とりたてて問題は起こっておりません。リュミリスが騒いだとの報告があったのみです」
『そういえば、遊ぶ約束してた。お菓子でもあげて誤魔化しておいて』
承知いたしました、と一号さんが静かに述べる。
そうして報告を聞き終えて、ボクは食事に戻った。
ん~……海の幸は美味しいけど、パスタ自体の食感に難ありかな。
ちょっとパサパサしてる。熟成とかが足りないのかも。
いや、よく知らないけどね。
まあ充分に食べられるし、贅沢な悩みだ。
草を齧ってた頃に比べたら雲泥の差。あの頃は本当にサバイバルだったよ。
まあ、そんなに昔の話でもないか。
昔って言えば、地球の方はどうなってるんだろう。
教室にタンクローリーが突っ込んでくるなんて大事件だし、ボクの名前も報道されてたりするのかね。
今となっては確かめようもない……ない、のかな?
「お口に合いませんか?」
『そんなことないよー』
いつの間にか、食事の手が止まっていた。
手なんて無いけど。食事の毛っていうのもなんかイヤだし。
ともあれ、いまは海の幸を楽しもう。
『最近平和だけど、あれこれと考えることが多いなあって思って』
「……四号から、大陸制圧計画が提案されました」
ふぁっ!? いきなり、なに?
いま、なんでもない会話をしてたところだよね?
それがどうして、大陸制圧とか物騒な話が出てくるの?
「ご主人様が退屈しておられるご様子なので、派手に暴れれば気が晴れるのでは、とのことです」
『却下で。災厄を撒き散らすつもりはないから』
そうでなくとも、大陸はしばらく混乱していそうだ。
まだ竜軍団の残党が暴れてるみたいだからね。
竜一匹でも小さな街を壊滅させるくらいの力はあるし、大変だと思う。
だけど退屈っていうのは、あながち間違ってもいないかな。
のんびり過ごすのは好きだけど、そればかりだとやっぱり飽きる。
最近、編み物もしてなかったっけ。
茶毛玉であちこちを覗き見も出来るけど、さほど面白くもない。
いまは拠点を守るっていう目的があるけど―――、
『まあ、焦っても仕方ないか』
「肯定します。現状では、力を蓄えるのが最善と判断いたします」
外来襲撃が終わって、気が緩んでいる部分もあるのかな。
だけど貴重な時間かもね。
今の内に、色々と考えておくべきなのかも。
魔獣として、あるいは人間として、これからどう生きていくのか―――、
元の世界なら、進路相談できる先生もいたんだろうけど。
さて、どうしたものか。




