01 エルフの里の黒毛玉
魔眼を発動。柔らかな光が森へ広がっていく。
まだ森のあちこちでは炎が上がり、倒れた木々の下敷きになっている者もいた。
竜の軍勢に傷つけられ、生死の境をさまよっているエルフや獣人が倒れている。
そんな人々を魔眼の光が癒していく。
『再生の魔眼』を『波動』と組み合わせて、広範囲に効果を行き渡らせた。
「火が、消えていく? 傷も……?」
「っ……俺は、生き残ったのか……? 腹に穴が空いてたはずなのに……」
「この光は魔術か? しかし、これほど広範囲に……?」
「おお……神の奇跡か……」
傷の癒えた人たちが、光に引かれて上空へと目を向ける。
自然に視線が集まる。その先にいるのはボクだ。
まあ、注目されるのは分かっていたけど―――、
「……毛玉、だと?」
「なっ、なんだ、あの禍々しい毛玉は!? 異界からの魔獣か!?」
「そうか! さては生き返らせた上で、俺たちを支配するつもりか!」
「くっ……殺せ」
えぇー……なんだか酷くない?
こんなにふさふさで、もふもふの毛玉なのに。
毛並みにはちょっと自信もあったんだけどなあ。
そりゃあ確かに種族としては魔眼だけど。
禍々しくて凶悪なスキルばっかり覚えてるけど。
カルマはぶっちぎりでマイナスで……うん、まあ仕方ないのかな?
そういば、まともに人間の前で姿を晒したのって初めてだっけ。
戦いの中でちょこっと見せたことがあるくらいか。
ほとんど敵対したり、怯えられたりしてばかりだったね。
でも今回は敵対するつもりはないよ。
『威圧』だって、ちゃんとオフにしてあるし。
一応、竜軍団から助けた形だし。
こんなこともあろうかと、勘違いを解いてくれる秘密兵器も用意してある。
「違うよ! けーちゃんは、私たちを守ってくれたの! 友達だもん!」
銀子が叫ぶ。ボクの頭上から。
一緒にいたいと言い張ったので、無害アピールのためにも連れてきた。
いまのボクはバスケットボールくらいの大きさだ。
出会った時より重さも増してるので、銀子が抱えるのは厳しい。
なので、ボクの上にしがみつく形になっている。
もちろん毛を伸ばして、落ちないように絡めておいた。
空高くに浮かんだら怖がるかとも思ったけど、銀子はむしろ喜んでる。
そういえば魔境の森でも、木登りとかしたことがあったね。
あの時も平然としてたっけ。
ともあれ、こうして同じ里に住む子供が叫んでいるんだ。
エルフや獣人からの誤解はすぐに解けるはず。
「そんな……子供を人質にしているだと!?」
「まさか洗脳しているのか? くそっ、これでは手が出せん!」
「くっ……私たちも洗脳して、あんなことやこんなことをさせるつもりか!」
えぇー……やっぱり酷くない?
もっとこう、見た目じゃなくて中身を見ようよ。
いまだって小毛玉があちこちに飛んで、治療して回ってるのに。
あ、でもボクのカルマを感じ取ってるから、こんな反応なのかな?
そんなに悪いことしたつもりはないんだけどねえ。
ちょっと環境破壊したり、地獄みたいな場所を作り出したりしただけで……。
まあ、良い子には見せちゃいけない光景ばかりだけど。
「もう! なんで分かってくれないの!?」
ボクの上で、銀子が頬を膨らませる。
わしゃわしゃと八つ当たり気味に黒毛を撫でる。
怒るのはいいけど、あんまり暴れないようにね。落ちたら大変だし。
「そうだ! けーちゃん、あれは? 人間の姿になるやつ!」
ああ、『変異』スキルね。
銀子と別れた時は数十秒しか変身できなかったけど、いまなら数時間はいける。
でも、あんまりやりたくないかな。
『あれは疲れる。あと、痛いから』
「そうなの? それじゃあ仕方ないね」
残念そうな銀子だけど、ひとまず納得してくれたみたいだ。
疲れて痛いのとは別に、あの姿になりたくない理由もあるんだよね。
もしかしたら、この場にも元のボクを知ってる人がいるかも知れない。
つまりは、同じクラスだった人間が。
転生者だって知られたら、どうなるのかまだ分からないからね。
なるべく伏せておいた方がいい気がする。
『誤解は、後で解こう。長老さんたちに話してもらえば大丈夫だろうし』
「ん~……けーちゃんが、そう言うなら」
その場から離れて、長老や一号さんを待たせてる居住区へと向かう。
もうこの島から去ってもいいんだけどね。
ひとまず銀子の無事は確認できたし。
そもそも、本来の目的は竜軍団の討伐だ。
ついでに封印されてるはずの“異界門”の調査も出来たらいいなあ、なんて考えていた。
島の外れにあるのは分かってるから、あとは勝手に調べてもいい。
「あ、けーちゃん! あそこ!」
銀子が指差した先へ目を向ける。
そこには、見覚えのある四人組がいた。
この島だと珍しい人種だろう。エルフでも獣人でもない。
以前にボクを瀕死にまで追いつめた、四人組の冒険者だ。
懐かしい、と言っていいのかな。
本気で死ぬかと思ったのは、この四人組と出会った時が初めてだった。
まともに攻撃が通じず、眼を潰されて、動けなくもされた。
銀子がいなかったら、確実に殺されていた。
その四人の冒険者が、いまボクの目の前にいる。
ボロボロの姿で。
竜と戦ってやられたんだろう。
レンジャーは両脚を失ったまま、仰向けに倒れている。
戦士は盾を構える方の腕がない。
魔術師も片目が潰れていて、女神官も白い法衣が真っ赤に染まっている。
「っ、コイツは……!」
最初にボクを見たのは戦士だ。
蒼い顔をしたまま身構えようとして、盾がないのに気づく。
そこで毛針発射。
全員、気が抜けていたところで避ける余裕はなかった。
バタバタと倒れる。
うん。『麻痺針』は効果覿面だね。問答無用で制圧完了。
続いて、『再生の魔眼』を発動。
広範囲への発動だと、部位欠損までは治せなかった。
だから一点集中で、失われた脚や腕、その他の部分も再生していく。
四人とも、呆気に取られた顔をしていた。
「俺の足が……ははっ、どういうことだよ? 復活してやがる」
「助けてくれたのか……? な、なんで?」
「おかしいデス! こいつ、すっごく邪悪な気配デスよ?」
「待ってください。以前のアレは足が生えていたはず。まさか新種……?」
ずいぶんと混乱してるね。
だけど説明してると長くなりそうだから、後回しにしよう。
『ありがとう。銀子を無事に送り届けてくれて』
魔力文字でそう伝えて、頭を下げるように毛玉体を傾ける。
驚きっぱなしの四人へ背を向けて、ボクはまた上空へと舞い上がった。
わしゃわしゃと、銀子がまた撫でてくる。
無邪気に笑って、なんだかとっても嬉しそうだった。




