幕間 とある新魔王の暴走
お久しぶりです。例によってリハビリ回です。
豪奢な椅子に腰を降ろす。
頬杖をついて、広々とした空間を眺める。
艶のある石畳の上に、そのまま寝床にできそうな上質の絨毯が敷かれている。太い柱には精緻な彫刻が施されて、壁や天井の隅々まで綺麗に磨き抜かれていた。
荘厳とした雰囲気に包まれた空間だった。
でもいまは酷い有り様だ。
石畳は穴だらけ。絨毯もボロボロ。天井も所々が崩れている。
血生臭いオブジェも増えた。
まあ、すべて私がやったんだけど。
「アデーレ様、新魔王襲名、まことにおめでとうございます」
武闘派の魔族が十名ほど、玉座の前に整列して跪いている。
代表して祝いの言葉を述べたのは、マルバスとか言ったかな。羊みたいな巻き角が頭の両脇から生えている細身の男だ。
魔術に詳しいのと、他の魔族をまとめる手腕で役に立ってくれている。
宰相ポジションかな。
ただ、本人は私への敬意でなく、利用してやるっていう意識で動いているみたい。
どうでもいいけどね。
私と五十鈴くんの邪魔はしないみたいだから、生かしておいてあげている。
「なんてことないわ。予定通り……ほとんど、だけどね」
玉座の横へと手を伸ばす。
風を操って、転がっている生首を手元へと引き寄せた。
その首は、ついさっきまで魔王を名乗って玉座にいた女のものだ。
魔王を殺した者は新たな魔王となる。
それは大昔に作られた法だけど、一応はまだ効力を持っていた。
「ほとんど、とは? 和平派の者どももすぐに従うと思われますが……」
マルバスが的外れなことを言う。
やっぱり気づいてなかったみたい。こいつ、戦闘能力は期待できないわね。
他の連中は……ああ、半分以上が気づいてるみたいね。
小馬鹿にするみたいな笑いをマルバスに向けてる奴もいるわ。
「こいつ、影武者よ」
「なっ……!?」
「本物だったらもう少しは手応えがあったわ。事前に察知したか、偶然か、それは分からないけどね。探し出しなさい。情報収集は貴方の得意分野でしょう?」
今回は偽情報だったけど、と付け加えておく。
マルバスは頭を垂れて顔を隠した。でも歯噛みしてるのは伝わってくる。
悔しいなら、次はちゃんとした情報を持ってきて欲しいわね。
魔王を逃がしてしまったのは、ほんのちょっぴりだけど面倒な事態なんだから。
私が魔王を襲名しても、その正当性に文句をつける輩が出てくる。
もっとも、相手が逃げ出したのは事実。
そんな気弱な魔王に従いたい、なんてのは少数派でしょうね。
「まあ、貴方のおかげで助かってるのは事実よ。実にいいタイミングで、勇者にも“呪い”を仕掛けられた。だから、計画に大きな支障は無いでしょう?」
「……はい。十日もあれば、帝国へと攻め込めます」
「なら、そのまま進めなさい。世界すべてを掌握するまで、休むことは許さないわ」
そう、すべては順調に進んでいる。
“外来襲撃”のおかげで、帝国は大きな損害を出した。
帝国だけじゃない。どの国も竜の軍勢からの襲撃を受けて、各地で被害を出してる。
ボスである巨大黒龍は倒されたけど、統率を失った竜たちは、むしろより厄介な魔獣となっている。各国の軍勢は、しばらくはその対応に追われるはず。
魔族領でも多少の混乱は起こった。
でも事前の偵察部隊を徹底的に叩いたからか、ほとんど竜はやって来ていない。
トカゲどもも、恐れるくらいの知性はあるみたいね。
それとも、私と五十鈴くんの再会を邪魔したくないのかな。
そんな謙虚な考えでいるなら、絶滅はさせないであげてもいいかもね。
竜軍団は、勇者を追い込むのにも役立ってくれた。
あいつらが弱らせてくれたおかげで、練り上げた呪術も成功した。
もう勇者は指一本すら満足に動かせない状態だ。脅威じゃない。
封印すれば、次の勇者も生まれないはず。
五十鈴くんを探すのに役立つなら使ってあげてもいいけど……うん、次に会った時に決めよう。
「ところで、アデーレ様……」
「なに? 休むのは許さないって言ったはずよ。さっさと働きなさい」
「も、勿論です。しかしひとつ気掛かりなことが。竜どもの一部が、エルフ領へ向かったのが確認されています。数千にも及ぶ大軍なので、放置はマズイかと」
「ふぅん……敗残兵がまとめて逃げ場を探してる、ってところかしら」
数千の竜か。私でもちょっと苦労しそうな戦力ね。
エルフ領っていうと、獣人も一緒に住んでる孤島だっけ。
帝国も追い払える戦力があるって話だったけど、空飛ぶ竜が相手だと分が悪そう。
共倒れになってくれると嬉しいけど、そう都合良くもいかないか。
「偵察を出しておきなさい。脅威になるようなら、私が排除するわ」
「は……アデーレ様が出陣なさるのですか?」
「文句あるの?」
「……いえ。承知いたしました。詳細が判明し次第、報告します」
私は手を振って、話を打ち切る。
まだ魔王就任の儀式とか、細かい話はあるけど、そんなのは後回しでいいわ。
今日は随分と働いたもの。
そろそろ五十鈴くん成分を補給しないと。
ちょっと前までは映像でしか会えなかったけど、いい絵師を見つけたのよね。
あの抱き枕も上手く出来たわ。
そうだ、この謁見の間の柱に五十鈴くんの彫刻をしてもらおう。
どんなポーズがいいかな。
憂いの表情も素敵だし、笑顔だって大歓迎。
想像するだけで胸がときめく。
でも彫刻って言えば……半裸? 全裸? それはやりすぎかな?
「アデーレ様、その……」
「あん?」
またマルバスか。なによこいつ?
私と五十鈴くんが抱き合うのを邪魔してくれちゃって。
そんな権利があるとでも思ってるの?
殺すわよ?
「異界門の調査に向かった者が戻って参りました。例の異常な結界についても映像に収めてきております。ご覧くださいませ」
「……いいわ、見せなさい」
他の世界と繋がる異界門。
外来襲撃の際に開かれるそれが、何者かによって破壊された。
しかも徹底的に、異常な力で。
後には、そこに踏み込む者すべてを即死させる禍々しい結界が残されていた。
偵察によって判明した事実だけでも、見過ごせないのが分かる。
それだけ異常な力を持った何者かがいるということ。
もしかしたら、私と五十鈴くんの仲を妨げる脅威になるかも知れない。
杞憂かも知れないけど、なんだか妙な予感も覚えていた。
マルバスが魔術装置を操作する。
手のひらに乗るくらいのそれは、私が作ったものだ。
記憶を映像化させる術式を改良して、ビデオカメラみたいにしたもの。
「話には聞いてたけど……おぞましいわね。赤と黒の空間……この映像だけでも死の気配が漂ってくるわ」
「偵察した者も、見ただけで寿命が縮まる思いだったと言っております」
「魔術的に解析するのも難しそうね。どうなってるのか……ん?」
何枚かの映像の中で、ふと目に留まるものがあった。
それは、赤黒い結界の前に立っていた。
土を固めて作った高い壁だ。いや、壁というよりは看板なんでしょうね。
その看板には単純な言葉が記されている。
立入禁止、と。
この世界の言葉と、日本語で。
「転生者……!」
思わず呟いてしまった。
この看板を書いた者は、そして恐らく異界門を破壊した者も、私と同じ転生者だ。
そうでなければ、日本語を書けるはずがない。
でも、問題はそこじゃない。
私を驚かせたのは、僅か四つの文字そのものだ。
「この字……五十鈴くんの字に似てる。でも、何処か違う? ううん、五十鈴くんの字なら、私が見分けられないはずないもの……」
五十鈴くんの字なら、穴が開くほど見つめていた。
ノートに頬擦りした感触だって覚えている。
忘れるはずない。見間違えだってするものか。
でも違っている気がするのは、転生したから?
身体が違うから文字の癖も変わってる?
もしかしたら、竜との戦いで怪我でもしたのかも。
だとしたら、あいつらは絶滅させなきゃいけない。
私の五十鈴くんを傷つけるなんて、たとえ神だって許せないもの。
待ってて。いま、助けに行くから!
「出掛けるわ」
「は……? 出掛けるとは、まさか異界門の跡地へ? お待ちを、あそこはまだ帝国の軍勢が監視を―――ぶぇっ!?」
振り向いて、魔眼を発動。
マルバスが潰れた。
手足が折れたみたいな音が聞こえたけど、たぶん生きてるでしょ。
それよりも早く行かないと。
ようやく、ようやく手掛かりを見つけたんだから。
分かってる。
私だけに伝わるように、こうして手掛かりを残してくれたんだよね。
すぐに会いにいくわ。
だって、私たちの愛は誰にも邪魔なんてできないんだから。
ひとまず連載再開。
明日からは夕方に更新する予定です。




