22 けーちゃん、暴れる
避難しようとしていた銀子をはじめとしたエルフたち。
そこへ竜の猛攻が迫る。
けれど颯爽と現れた毛玉が危機を救う―――。
絶妙なタイミングだったけど、べつに出待ちをしてた訳じゃない。
ボクが拠点を出た時には、もう竜の群れは海を渡ろうとしていた。
けっこう急ぎはしたけどね。
残念ながら、エルフや獣人たちには多くの被害が出てしまった。
でもそのおかげで、混乱に乗じたボクが島の中央まで乗り込めた。
戦いの様子も、先行していた茶毛玉を介して把握できた。
怪我の功名? 不幸中の幸い?
ともかくも、ここからはボクのターンだ。
「けーちゃん、また守ってくれるの?」
っと、地上から銀子が問いを投げてくる。
なんだか調子が狂うなあ。
他の避難民は唖然としてボクを見上げているだけなのに。
むしろ警戒している様子だ。
だけど銀子は満面の笑みを浮かべている。
突然に現れた毛玉であるボクを、疑いもしていない。
別れた時とは、ちょっぴりだけど姿も変わっているはずなのに。
しっかりとボクだって分かってる。
まあ、ついでだ。
このまま見捨てるなんて気分が良くない。
『竜の群れは、すぐに片付ける』
文字を描いて返すと、銀子は少しだけ驚いたように目を見張った。
でもまた屈託なく笑って、「ありがとう!」と手を振る。
ボクも頷きを返すと、近くにいた一号さんへ指示を出した。
『彼女たちを守っておいて。あと適当に、敵じゃないって説明を』
「承知致しました。敵は多数ですので、念の為、お気をつけください」
一号さんが地上へ向かうのを見送って、ボクは高度を上げる。
後ろから、長老の呟きが聞こえた。
「そういえば、シルヴィは毛玉の魔獣に救われたと聞いたが……」
どうやら話は良い流れに進みそうだ。
一号さんもいるし、たぶん、任せて大丈夫でしょ。
ボクの方は、さっさと竜どもを片付けるとしよう。
島の北側からまとまって攻めてきた竜軍団だけど、いまは広範囲に散っている。
生き残ったエルフや獣人が、まだ森に隠れながら戦っているからだ。
でも竜軍団の勢いは衰えない。
掃討戦に移ってるね。
このままだと余計な被害が増えそうだし、まずは注意を集めようか。
的は空にいくらでもいる。
『万魔撃』、発動!
青白い閃光が空を貫いていく。合計で七本。
小毛玉も一斉に放った魔力ビームが、竜軍団を薙ぎ払った。
どさどさと、肉片となった竜が落ちていった。
それまで喧騒に包まれていた森が、一瞬、しんと静まり返る。
地上で暴れていた竜たちは、訳が分からないといった様子で空を見上げた。
やや離れた位置で空を舞っていた竜たちも同じく。
木々に隠れて戦っていたエルフや獣人たちも、呆然としていた。
だけどその視線の先にあるのは毛玉だ。
ますます訳が分からないだろう。
だからといって、ボクがその困惑に付き合ってあげる義理はない。
小毛玉を飛ばして、残った竜を倒していく。
突撃するだけの簡単なお仕事だ。
普段はふわふわの小毛玉だけど、本気を出せば竜の硬い体だって貫ける。
大威力の魔眼を使えば、一気に殲滅も可能だろう。
だけどそれをやると森ごと失くなっちゃう。
死の大地になっちゃったりもするからね。
エルフや獣人も巻き込んじゃうから、地道に片付けていく方がいい。
竜軍団は、まだ数千体も残っている。
空を覆い尽くすほどだ。
だけど一体ごとなら、小毛玉の突撃一発、あるいは毛針の数本で仕留められる。
余裕のある戦いだね。
これなら黒甲冑のバロールさんで来てもよかったかも。
あの格好だと行動が制限されるから、念の為に毛玉スタイルで来たんだけど、心配するまでもなかった。
さっきまで我が物顔で暴れまわっていた竜が、いまは狩られる側だ。
慌てて逃げ出すのもいる。
もちろん逃がさない。
ボスっぽい大型の竜も、さっき『万魔撃』の雨に巻き込んで潰しておいた。
あとはもう作業だ。
がっつりと経験値を稼がせてもらおう。
竜の群れが東の空へと逃げ去っていくのを見送る。
ほんの十数体ほどしか残っていない。
追撃して仕留めることも出来たけど、敢えて見逃すことにした。
絶滅させたいと思うほど竜を憎んでもいない。
経験値も充分に稼げた。
何処か静かな場所で、慎ましく暮らしていけばいいんじゃないかな?
竜たちの幸せを祈っておこう。
さて、エルフ島のあちこちには竜の死体が転がっている。
もしも竜人幼女を連れてきたら、泣きじゃくりそうな光景だ。
説得させて竜を配下に、なんて考えも頭を掠めたけどね。
簡単に説得できるとも限らないし、後で反乱でも起こされたら面倒だ。
置いてきて正解だった。
今頃は、アルラウネに本でも読んでもらって寝てるはずだ。
それよりも、こっちの片付けの方がいまは問題だね。
そこかしこに死体が転がった惨状は、ボクにはあんまり関係ない。
どうせ、この島には立ち寄っただけだからね。
だけど―――。
「ご主人様、お疲れ様でした」
島の中央に戻ると、一号さんが出迎えてくれた。
問題は、一号さんの後ろにいるエルフや獣人たちだ。
約一名を除いて、怯えと警戒の眼差しを向けてきている。
ん? よく見ると、約一名だけでもないかな?
銀子を中心に、興味の目を向けてくる子供がちらほらといる。
周囲の大人に押さえられているので近寄ってはこないけど。
純粋な子供には、ボクが悪い毛玉じゃないって分かるのかねえ。
まあ、カルマは真っ黒なんだけどね。
毛先を丸めて振ってみる。
銀子と、幾名かの子供も手を振り返してくれた。
こういう対応をしてもらえると、助けに来てよかったと思える。
「まずは、礼を言うべきなのじゃろうな」
ボクがぼんやりしていると、避難民の間から長老エルフが進み出てきた。
ゆっくりと頭を下げる。
丁寧な仕草だけど、やっぱり警戒の眼差しはそのままだ。
こっちは敵対するつもりは無いんだけどねえ。
「それで……失礼かも知れぬが聞きたい。何故、儂らを助けたのじゃ?」
いきなり本題だね。
でも、切り出してくれて助かったよ。
うっかり忘れるところだった。
この島に来たのは、竜討伐以外にも目的があったんだよね。
『封印された異界門、それを見たい』
長老の前に魔力文字を突き出す。
途端に、皺だらけだった顔が不愉快そうに歪められた。




