19 拾いました
幼女を拾った。
けっして犯罪じゃないと主張したい。
放り捨てる選択肢もあったんだけど、そうしなかった理由もある。
この竜人幼女、どうやら邪龍軍団の中でも重要な存在らしい。
『我はリュミリス! 偉大なる龍神より選ばれし御子の血を継ぐ者だ! 偉いのだ! そして強いのだ! 貴様のような毛玉に屈するものか!』
一号さんに用意してもらった食事を片付けた後、そう宣言して噛み付いてきた。
ちなみに竜人は雑食らしい。
お肉が好きだって言ってたけど、なんでも美味しそうに食べてた。
『ぐっ……わ、我の爪も牙も効かぬだと!?』
まあボクには『上位物理無効』があるからねえ。
適当にあしらってから、ちょっぴり本気で『威圧』してみた。
また泣かれた。
漏らしたのは、見なかったことにしてあげよう。
「ご主人様、やはり彼女は隷属させた方がよろしいかと。私どもでは取り押さえるのに苦労しますし、仲間を呼ばれる恐れもあります」
『そういえば、竜って離れてても念話ができるんだっけ』
「逃亡を防ぐためにも、対策は必要かと判断します」
ひとまず安全策を取っておいた方が利口だ。
ってことで、泣き疲れて寝ている間に隷属術式を掛けておいた。
ボクや拠点の皆には暴力を振るえないように。
逆らったら死ぬ、なんて危険な術式ではないらしい。
呪い的な痛みが走るそうだけど、それくらいなら許容範囲内かな。
児童虐待?
そんなのは竜がいない世界のルールだよ。
この世界には、喰うか喰われるかの魔境だって存在する。
むしろ子供だからって見逃される場面の方が少ない。
おまけに、この竜人幼女はまた別の世界のルールで生きているみたいだ。
『おまえ、毛玉なのに素晴らしく強いのだな! 見直したぞ!』
目を覚ました竜人幼女は、嬉しそうに声を上げて抱きついてきた。
てっきり怯えられると思ってたのに。
『あはははは。思いきり抱きついてもビクともしないぞ! すごいすごい。お爺様やお父様みたいだ!』
この竜人幼女、しっかり教育しないと危険だ。
太い生木を圧し折るくらいの力があるし。
小毛玉も握り潰そうとしてくるし。
パワー系幼女だね。
始めにビシッと言い聞かせておかないと、大問題を起こしそうだ。
「貴方はまず、ご主人様への敬意を覚えるべきです」
『敬意だと? 我が敬うのは、偉大なる龍神のみだ!』
「敗軍の、しかも捕虜になった者が偉そうな態度を取るものではありません」
『ふ、ふん! 我らは負けておらぬ! そこの毛玉も、貴様も、いつか我らに屈して泣いて許しを請う―――いたたたたっ、や、やめろぉぉぉ……』
一号さんが無表情のまま、竜人幼女のほっぺたを摘み上げる。
暴れられても離さない。
眼差しが冷ややかさを増していく。
そのうちに、根負けした竜人幼女は泣いてごめんなさいをした。
『うぅ~、毛玉ぁ……あのメイドが怖いのだぁ……』
情けない声を上げながらボクに泣きついてくる竜人幼女。
その背中に刺さる一号さんの眼差しは、とっても冷たい。
この様子なら島に帰るまでに調教、もとい教育は完了しそうだ。
幼女一名を増やして、島へと戻る旅は続く。
幸い、もう竜と遭遇することはなかった。
折角だから経験値稼ぎに狩ってもいいんだけど、わざわざ探すつもりもない。
焦って力を付けたい状況でもないからね。
幸いと言えば、思いのほか、勇者の傷が深いらしい。
邪龍に腕一本を千切られていたし、普通なら死んでいたっておかしくない。
だけどそこは世界を救う勇者様だ。
腕を失っても戦い続けていたし、自分で治療術も使っていた。
いまは帝都に戻って、高位の神官による集中治療を受けているらしい。
それでもまだ動けないのは、邪龍を誉めておくべきかな。
『邪龍とか言うな! お爺様は、龍神様に認められた御子なのだぞ! むしろ神聖で偉大なる龍なのだ!』
『そう言われても。黒くて、見るからに禍々しかったし』
『おまえだって黒いじゃないか! この毛玉め!』
竜人幼女はボクに噛み付いて、毛も毟り取ろうとしてくる。
そして一号さんに捕まった。
コメカミをぐりぐりやられて涙目になる。
「ご主人様への敬意を忘れてはならないと、何度言えば分かるのです?」
『いだだだだっ、わ、分かった! 分かったから、やめろぉぉぉ~~~~!』
順調に教育は進んでる。
とりあえず爪を立てなくなっただけでも進歩かな。
『と、とにかくだ! あのサガラとか名乗った男は、いま弱っているのだな?』
『まあ、そうみたいだよ』
『うぅ……やはり仇を討つ好機ではないか。せめて父が残っていれば、軍勢をまとめなおすことだって出来たものを……』
その父である黒龍を追い帰したのは、他ならぬボクなんだけどね。
間接的には、邪龍の仇とも言えるかも知れない。
もちろん、そんな事実は告げていない。
だって話したら面倒な事態になりそうだから。
異界に戻ったらしい、ということだけは教えておいた。
ついでに、異界門が消え去ったことも。
それだけでも竜人幼女にとっては衝撃の事実だったようだ。
しばらくは愕然として、立ち上がることも出来ないでいた。
いまはこうして、一応は元気に振る舞っている。
だけど空元気ってやつなんだろうね。
竜人の心なんて分からないけど、幼い子供が親から離れるのはやっぱり辛いはずだ。
だからといって同情するのも違う気がする。
ボクに出来るのは、ご飯とオヤツをあげることくらいだね。
それと気になるのは、この後、竜人幼女自身がどうするつもりなのか?
『自分で、軍団をまとめなおそうとは思わないの?』
『ふ、ふん! 我は確かに偉大で強大だが、未熟でもある。己を過信するような愚か者ではないのだ!』
どうやら、それなりの力が無いと竜たちの統率は難しいらしい。
いまの竜人幼女だと、十体くらいの竜を従えるので精一杯だそうだ。
『あと千年もすれば、我もお爺様のように強くなる! その時こそ、あの男を泣かして、討ち果たしてやるのだ!』
『千年もあれば、人間は寿命が尽きてると思うけど?』
『なっ、なんだとぉ!?』
驚いた顔をしてから、竜人幼女はがっくりと項垂れる。
まあ色々と常識無視なこの世界、寿命を延ばす方法だってあるかも知れない。
そう教えて、励ましてあげるべきか?
ボクが迷っている間に、竜人幼女の思考が漏れてきた。
『うぅ……こうなったら異界門を開き直すしかないのか……』
その言葉は聞き逃せなかった。
『異界門を、また開けられるの?』
『ん? えっと……分からん!』
腰に手を当てて偉そうな態度を取りながら、竜人幼女は微妙な返答をする。
『儀式の手順と、その時に必要な唄は覚えているぞ。あとは龍神様への祈りと、多くの竜力があれば開けるはずだ!』
どうにも曖昧な情報だ。
儀式とか唄とか、なんというか、胡散臭い。
でも異世界への扉が開けるというのは気になる。
そういうのは神とかシステムさんの領分かと思っていたんだけど、
暇が出来たら、調べてみてもいいのかも知れない。




