18 残敵掃討……?
ぐるんぐるんと小毛玉が回る。
派手に旋回して、その勢いのまま空飛ぶ竜の体を貫いた。
まるで竜巻みたいな高速回転で、六体の小毛玉が次々と獲物を仕留めていく。
ちょっと前に手に入れたスキル、『逆鱗』の効果もある。
発動させると全身が強靭になるみたいだ。
以前から生木くらいは砕けた小毛玉だけど、いまは竜の体も豆腐みたいに貫ける。
あと、ちょっぴりテンションが上がる。暴力的な気分になるっぽい。
高揚する、って言えば悪いものじゃないのかな。
狂戦士化みたいに正気を失う弊害はないと思う。
異界門を壊して帰る旅の途中、竜の群れに出くわした。
たぶん敗走した竜軍団の一部だね。
数十体で、近くの村を襲おうとしてた。
べつに人間の村を助ける義理はないけど、竜たちを見逃す理由もない。
経験値とかお肉とか、美味しくいただこう。
「ご主人様、あの辺鄙な村も殲滅いたしますか?」
『いや、しないよ。なんでそんな攻撃的な選択肢が出てくるの?』
「目撃者がいれば、思わぬ不利益を被る可能性があるかと」
まあ確かに、地上に見える村では大騒ぎになってる。
竜の群れが現れただけでも非常事態だろうし。
その竜を毛玉が殲滅したとか、もう訳が分からないだろうし。
だからってボクに不利益があるものでもない。
妙な毛玉がいるとか、たとえ噂になっても構わないよ。
どうせここは大陸だ。
ボクが住む島との接点も限られてる。
バロールさんの正体を見られた訳でもないし、放っておいていいでしょ。
ともかくも一号さんを制止して、ボクは南へと進路を取る。
のんびりと大陸観光しながら帰るつもりだった。
もっとも大陸全体を見ると、のんびりとは程遠い状況みたいだけど。
『統率が失くなって、むしろ被害が拡大してるね』
「帝国軍の主力以外では、竜に対抗できる戦力は少ないですから。このまま竜たちが野放図に暴れ続ければ、人類の何割かは削られるでしょう」
『勇者とか、大きな戦力が上手く動けば防げるかな?』
「はい。弱い人々も、次第に効率的な対処法を見つけるかと」
いまの竜軍団は、個々が強力な火器を持ったゲリラみたいなものだ。
むしろテロリスト?
誰彼構わず襲ってるみたいだからねえ。
どっちにしても、一般人には迷惑極まりない。
そういう意味では、帝国軍の敗北なのかも知れないね。
たぶん、勇者の力を頼って、竜軍団を全滅に近い状態まで追い込みたかったはず。
だけど邪龍を倒すだけで勇者も精一杯で、追撃までは叶わなかった。
そうしていま、帝国領どころか、大陸全体に被害が広がっている。
でも竜軍団にも勝利は無い。
異界門が壊された以上、補給も逃げ場もなくなった。
世界すべてが敵で、勇者に出会えばまとめて殲滅される。
延々と鬼ごっこを続けて、いつかは力尽きるしかない。
『勝者は無し、か。正しく戦いは何も生まないね』
「ご主人様が唯一の勝利者であられるかと」
むう。そう言われると、なんだか黒幕っぽい。
あながち間違ってもいないから反論もできない。
ほどほどに人類勢力が衰えてくれると、ボクの島は手出しされないで済む。
バラバラになった竜軍団も、もう怖くない。
実に都合よく事が運んでくれた。
勇者サガラくんには感謝しないといけないね。
もしも敵に回られたら面倒だけど、邪龍との戦いで重傷みたいだし―――。
「ご主人様、あちらをご覧ください」
ん? なにか発見した?
一号さんが指差した方向へ目を向ける。
空を飛ぶボクたちの先にあるのは、高い樹木が生い茂っている森林だ。
だけどその一部が炎に包まれて、多くの木々が倒れている。
森林火災? いや、なにかが暴れた跡かな?
「生体反応が四つ。その内のひとつは竜人のものです」
竜人、と聞いてボクは飛行速度を落とした。
少し慎重になって考えてみる。
話ができないかな、と。
本来なら、竜軍団との戦いの前にするべきだった。
捕まえてからの尋問とか。
だけど竜たちは、離れていても独自の通話手段があるみたいだったから。
情報収集よりも、こちらの秘密保持を優先した結果だ。
とはいえ、大きな戦いが終わった以上、もう情報を得ても意味はないとも思える。
『無視しちゃってもよさそうだね』
一号さんを従えて、黒煙の上がっている森の上空を通過する。
そこで、四つの人影が見えた。
三つは剣や鎧を装備した男たちで、もうひとつ、翼を生やした小柄な影が倒れている。その傍らには、力尽きた竜の死体もあった。
それと、他にも数名、丸焦げになった人間の死体も転がっていた。
男たちの装備からすると、兵士というよりは冒険者に見える。
竜一体と竜人一名、それとの戦いになって、犠牲を出しながらも勝利した、といったところかな。
そういう事情なら、尚更、ボクが手出しする場面じゃない。
他人の戦いに割って入る趣味もない。
ただ、倒れて組み伏せられている竜人には見覚えがあった。
小柄な体格をしている。
もしも只の人間だったら、親に保護されているような年齢だろう。
あちこちが血に濡れているけれど、長い黒髪は艶やかだ。
そう。女性型の、幼い竜人。
邪龍の頭に乗って偉そうにしていた、竜人幼女だ。
いまは頭を掴まれて、悔しそうに歯噛みしている。
「クソガキが! 散々に暴れてくれやがって!」
竜人幼女を組み伏せている男が、忌々しげに罵声を吐いた。
握った剣を、幼女の首筋に当てている。
他の二名も顔を歪めながら、幼女を見下ろしていた。
戦いで仲間を殺されもしたのだろう。復讐したいと思うのも当然だ。
でも、一名は別の意味で顔を歪めてるみたいだった。
「な、なあ、殺す前に、俺がヤッちまってもいいか? いいよな? こういう小さい子を、一度思い切り甚振ってやりたかったんだよ」
よし。有罪決定。
このロリコンどもめ!
『静止の魔眼』を発動して、続けて毛針も撃ち込む。
静止空間の中で、ピタリと毛針が止まる。
もちろん竜人幼女は狙いから外してある。
そして時は動き出す、と。
阿鼻叫喚なんて起こらない。悲鳴すら上げずに、冒険者たちは倒れ伏した。
さすがに命までは奪ってないよ。
ボクだって、それくらいの自制はする。
使ったのは『爆睡針』だ。生き物には初めて使ったから、もしも爆発したら謝ろうとは思っていたけどね。
ともかくも事態は解決。
残った竜人幼女は、ぽかんとしたまま地面に手をついていた。
「ご主人様が自ら手を下されるのですか?」
『違うよ! そんなことのために乱入したんじゃないよ!』
本当、メイドさんの倫理観は、一度きっちり修正する必要がありそうだ。
命を奪うのはよくないことだよ。
それなりの理由が無い以上は。
『とりあえず、彼女は殺さずに確保する』
一号さんなら、表情ひとつ変えずに幼女もくびり殺しそうだ。
なので釘を刺しておく。
ボクが高度を下げて近づくと、幼女もこちらに気づいて顔を上げた。
『な、なんなのだ、お前たちは!?』
竜人幼女から念話が飛んでくる。
どうやら話はできるみたいだ。こっちも一号さんの念話で通訳してもらおう。
『敵じゃないよー』
味方とも限らないけど、ひとまず『再生の魔眼』を発動。
急に光ったボクの目を見て、竜人幼女がビクリと肩を縮めた。
だけど光は傷を癒していく。
折れていた翼も、しっかりと回復していった。
『これは……わ、我に施しをしたというのか!? どういうつもりだ!』
『なんとなく? あと、色々と話を聞きたいから』
『話すことなどない! 我らは、この世界の敵なのだ!』
竜人幼女は威嚇するみたいに呻ると、回復したばかりの翼を広げた。
そうして飛び立とうとする。
『い、いまは見逃してやる! だけどこの屈辱は必ずや晴らして―――』
ぶべっ!、と悲鳴を上げて、竜人幼女は顔から地面に落ちた。
小毛玉が足に取り付いて引っ張ったからね。
逃がさないよ。
一号さんにも手伝ってもらって、魔力の縄で拘束する。
「捕縛するのでしたら、隷属術式を掛けてはどうでしょう?」
『そんな便利なもの、あるの?』
「ご主人様と、赤青鳥の関係を解析し、開発しました。絶対服従とはいきませんが、こちらへ危害を加えられないようにするのは可能かと」
『試作段階の術式ってこと? そういう危ないのは―――』
子供に施すのはどうなんだろう、と思った時だ。
ぐきゅるぅ、と大きな音が鳴った。
音がした方向へ目を向ける。
縛られている竜人幼女は俯いて、耳まで真っ赤にしていた。
『お腹、空いてる?』
「う……」
こちらを睨み返しながら、竜人幼女は小さく声を漏らした。
念話じゃなくて、耳で捉えられる声だ。
だけど意味のある言葉じゃなくて、
「う……うぅ……うわああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~ん!」
ガチ泣きだった。
涙も鼻水も垂れ流して。喧しいほどの声を森に響かせる。
うわぁ。本当に子供だ。
どうしよう、これ?
お腹空いてるみたいだし、なにかあげたら泣き止む?
そういえば、ボクの毛の中にオヤツがあったような……、
バナナしか残ってないけど、食べるかな?




