15 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉②
吹雪を一瞬で消し飛ばし、無数の竜を従え、人間の軍勢を慄かせる。
眩いほどの白光に包まれた姿は神々しい。
だけど漆黒の全身は、禍々しい威圧感を放っていて、やはり邪龍と呼ぶのが相応しい。
邪龍は体を起こすと、二本の脚で大地を重々しく踏み締めた。
そうしてゆっくりと歩み出す。
他の竜たちは頭を垂れながら道を開けた。
帝国軍は動かない。いや、動けない。
どれだけ抵抗をしても目の前の邪龍には傷ひとつ付けられないと、誰もが本能的に理解していた。
そのまま邪龍は、あっさりと帝国軍を壊滅できただろう。
息を吐くだけ。腕を一振りするだけ。
それだけで、万を越す命を容易く刈り取れたはずだ。
でも、ただ一人だけ、その前に立ちはだかる者がいた。
『ったく、デケエ顔しやがって』
ガラの悪い小悪党みたいな台詞を吐いて、勇者は歩み出た。
手にした長剣を揺らしながら邪龍へと向かう。
『あん? 俺は強くなんかねえよ。ただ妙な役割を与えられて……って、言葉は通じねえんだったな』
どうやら邪龍が何かを語り掛けたみたいだった。
けれど勇者は首を振って話を打ち切る。
もう言葉を交わしたところで、何かが変わる段階は過ぎている。
だから両者は真っ直ぐに向き合って―――、
先に動いたのは邪龍だ。大きく息を吸い込む。
邪龍の口内奥に光が宿って、強烈なブレスを吐く準備に入ったのは明らかだった。
勇者なら、その隙を突いて一撃を加えることもできただろう。
けれど、そうはしなかった。
瞬時に上空へと飛び立つと、勇者は一気に飛行速度を上げた。
狙いは、自分を囮として帝国軍を守ること。
ブレスの巻き添えを出すのを嫌ったのだろう。
けれど同時に、邪龍の攻撃を避ける自信も、その動きから窺える。
いや、違う?
『来いよ、トカゲ! 正面から受け止めてやる!』
上空で動きを止めた勇者の前に、半透明の盾が何枚も現れる。
その言葉通り、真っ向から勝負するつもりらしい。
邪龍も挑発に乗る気だ。口の端を吊り上げて笑ったみたいだった。
一瞬の間を置いて、その口から破壊の光が吐き出される。
まるで何十本もの丸太を束ねたような、極太の白いブレスだ。
それを受ける勇者も、正面に浮かべた盾に力を注いだ。
けれど、三枚までは呆気無く消滅する。
『っ……”反射”を完全無視かよ―――!?』
勇者の声も、その姿も、白光に飲み込まれた。
帝国軍の兵士たちが、泣き出しそうなほどに顔を歪める。
逆に、竜たちは歓声みたいな雄叫びを上げた。
けれどまだ戦いは始まったばかりだった。
白光が消えると、そこには勇者の姿があった。
額から僅かに血を流している。
だけど空中に浮かんだ姿勢からは、まだまだ力が溢れていた。
邪龍も悠然と立ったまま咽喉を鳴らした。
大きな牙の生えた口の端から、一筋の赤い血が零れている。
ブレスが放たれると同時に、勇者が何かしらの攻撃を放っていた。
鋭い槍を投げつけたような攻撃は、邪龍の咽喉奥を傷つけ、ブレスの勢いも削いでいた。
『掠り傷って感じだな。”懲罰”系も効かねえみたいだし……ほんと、どんだけ化け物なんだよ』
勇者が忌々しげに呟く。
邪龍も、お互い様だ、とでも言うように呻り声を漏らした。
バサリ、と黒々とした翼が広げられる。
空高く舞い上がった邪龍と、剣を構え直した勇者と、両名はまた睨み合った。
『テメエも色々と事情を抱えてるみてえだな。けど構ってはやれねえぞ。そんな義理も、余裕だってねえんだ』
眼差しで意志を交わすと、両者は速度を上げた。
勇者は剣を、邪龍は爪と牙を振るい、再び激突した。
それはもう他者には手出し不可能な戦いだった。
誰もが息を呑む。緊張感を強いられ続ける。
傍から見ているだけでも命懸けだ。
勇者が剣を振っただけで空が裂けた。
邪龍の爪も同じく、空間を割り、大地に消えない痕を刻んだ。
誰かが神の名前を叫んだ。
けれどそれも破壊音に掻き消された。
陽の高い内から始まった戦いは、いつまでも続くかと思われた。
勇者も邪龍も、絶大な攻撃力を誇っている。
万の命を奪うような一撃を、次々と、惜しげもなく繰り出していく。
けれどそれを避け、防ぎ、相手へと弾き返しもする。
多少の傷を負っても、一呼吸の後には回復している。
まるで神話に出てきそうな戦いだ。
両者の力は拮抗しているように見えた。
けれど同じはずがない。
人間と、龍と、決定的な差異がある。
そもそも人間は、龍と比べればとても貧弱な生き物だ。
桁違いの能力で誤魔化しても、拮抗した戦いでは地力の差が出てくる。
その差によって生まれた隙を、邪龍は見逃さなかった。
大空に無数の魔術が飛び交っていた時だ。
邪龍の爪が、勇者の胸を深く抉った。
致命傷じゃない。だけど苦悶の声を上げて、勇者は体勢を崩した。
直後に、片腕が食い千切られる。
それでも勇者は傷を塞ぎ、なんとかして反撃に移ろうとする。
けれど容赦無く、邪龍のブレスが放たれた。
一撃目は、辛うじて障壁で防ぐことができた。
そこへ二撃目も連続して撃ち込まれて―――、
勇者は血塗れになり、片腕を失ったまま、ついに大地へ叩きつけられた。
『っ……くっそ……これだから、勇者なんてやりたくねえんだ、けどな……!』
まだ戦えると、勇者は強がって笑ってみせる。
だけど傷は深く、力も衰えてきているのは明らかだった。
立ち上がるのもままならない勇者の前に、邪龍が悠然と降り立つ。
両者は睨み合った。
これまでの戦いに比べれば、ほんの短い時間だ。
そしてやはり邪龍は油断なく、トドメの一撃を振り下ろそうとした。
その瞬間、邪龍が大きく目を見開いた。
動きを止め、息を呑み、虚空へと視線を移す。
何が起こったのか―――、
ともあれ、それは大きな隙になった。
満身創痍だった勇者だが、その瞬間を見逃さず、全力で剣を振り払った。
剣撃が、空間を裂く。
激しい血飛沫が散って、邪龍の翼が根元から斬り落とされた。
さらに追撃が、硬い鱗に覆われていた腹部も深く裂く。
『はっ……俺だって、こんな世界で死にたくねえんだよ!』
勇者が続け様に剣を振るい、呻く邪龍を追い込んでいく。
まだトドメには至らない。
けれど形勢が逆転したのは間違いなかった。
…………。
………………。
何故、邪龍が急に意識を逸らしたのか? 致命的な隙を作ったのか?
うん。知ってる。
だってそれは、ボクが仕掛けたことだからね。
明日明後日の更新はお休みです。




