14 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉①
午後のロードショー、邪龍軍団シリーズ。
本日はいよいよクライマックスを放送!
竜と鉄のファンタジー。人の叡智は邪龍に打ち勝てるのか!?
『―――なんてテロップを入れたら盛り上がりそう』
「映像を栄えさせる技術でしょうか。検証してみます」
一号さんが大真面目に答える。
さすがに緊張してる、って訳でもなさそうだ。いつもと同じく冷然としている。
ボクたちはいま森の中にいた。
少し拓けた場所で、木洩れ日が差していて、芝生に転がってくつろげる。
だけど周囲は木々で囲まれているので、身を隠すにはいい場所だ。
野生動物や魔獣の気配もない。
のんびりと、戦争の様子も眺められる。
これから大勢の人が死ぬ状況なのに、のんびりっていうのも非道いけどね。
もしもここが豪華な装飾に包まれた部屋で、ワイングラスなんかを片手にしてたら完全に悪役だ。膝に乗せた猫を撫でたりしてね。
もっとも、いまのボクは撫でられる側だ。
一号さんはいくつもの映像を制御しながら、ボクの毛並みを整えてくれている。
あれ? だけどこの構図だと、一号さんが―――。
「どうかなさいましたか?」
『黒幕?』
「……申し訳ございません。仰られた意味を図りかねます」
ああ、うん。そうだよね。
くだらないこと考えてる場合じゃない。
もうじき世界の命運を賭けた決戦が始まる。
「間も無く、戦端が開かれるかと」
映像の向こうで、大軍同士が睨み合っていた。
広々とした草原に、邪龍軍団三万五千と帝国軍五万が布陣している。
両者は充分に距離を置いて対峙した。
しばらく静かな時間が流れてたんだけど―――。
『少し意外だね。いきなり竜の群れが突撃するかとも思ったのに』
「彼らも知恵はあるようですから。幾許かの仲間が討たれたことで、警戒しているのかも知れません」
『そうなると、ますます帝国軍が不利かな?』
「作戦次第であると推測します」
ボクたちが戦況予測をしていると、戦場に動きがあった。
竜の群れの中から、一際大きな真っ黒の龍が歩み出る。
ボス邪龍だ。帝国軍を睨みつけると、空へ向けて大きな咆哮を上げた。
草原全体を揺らす雄叫びに、それまで静かに構えていた帝国軍がざわついた。
小さく悲鳴を上げる兵士もいる。
だけど、怯えているだけにしては妙な感じだ。
『なんだか、やけに慌ててる?』
「はい……帝国兵士たちの声から察するに、どうやら邪龍が何かしらの語り掛けを行ったようです。わたくしどもが使う念話のようなものと推測します」
ほうほう。言われてみれば、兵士たちはそんなことを呟いてる。
念話も使うとは、邪龍って意外と芸達者だね。
単純な破壊力だけじゃない、と。
『茶毛玉でも、念話の傍受はできない?』
「はい。申し訳ございません。今後の改良課題とします」
『いや、後回しでいいよ。そんな機能があっても、役立つ機会は少ないでしょ』
それよりもいまは、帝国軍の反応が気になる。
察するに、いまのは戦いの前の名乗り口上みたいなものだったんじゃない?
やあやあ我こそは、みたいな?
ボクだったら相手が喋ってる間に攻撃するけどね。
合体中の隙とか、絶対に狙う。
むしろ最近じゃ、狙う方がお約束になってきてるよね。
と、話が逸れた。
帝国軍の方も、なにやら言い返すみたいだ。
豪華な甲冑を着た騎士が、軍の正面に馬を進める。
太い槍を掲げると、よく響く声を上げた。
『異界からの竜、いや、非道なる侵略者どもよ! 降伏しろなどと、傲慢にも程がある! 貴様らは我らの強さを知らぬ! 愚かさを悔いる前に、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰るがいい!』
騎士に続いて、兵士たちも揃って声を上げる。
どうやら邪龍は降伏勧告をしたらしいね。
無駄な抵抗はせず死を受け入れろー、とか?
対する帝国軍は、戦う気満々だ。
あちこちの映像を見ても、怯えてるような兵士はほとんど見掛けられない。
士気が高いって、こういうのを言うんだろうね。
精鋭ばかりを集めた軍だって聞いてたけど、どうやら本当みたいだ。
でも、相手のことを知らないのはお互い様だった。
『っ……こちらの言葉は通じぬだと!?』
やっぱり邪龍が使う念話も一方通行なんだ。
ボクとメイドさんが初めて会った時もそうだった。
前に出た騎士は困惑顔をしてる。
相手に分からないのに大声で語り掛けるって、傍から見たら滑稽だからねえ。
『ええい、元より語る言葉など不要! 傲慢なる侵略者どもに鉄槌を下すことに変わりはない! 征くぞ! 帝国軍の強さと勇敢さを見せつけてやれ!』
強引にまとめると、帝国騎士は本陣へと戻っていった。
そうして両軍はまた睨み合う。
だけど今度は、すぐに動きがあった。
邪龍が吠える。配下の竜たちが一斉に前進を始めた。
地上から空から、分厚い波が帝国軍へと押し寄せる。
うわぁ。竜津波だ。
映像でも、その迫力は充分すぎるほど伝わってくる。
もしもボクがあそこに居ても、真っ先に逃げ出すかも知れない。
『今更だけど、普通の竜一体でも、人間にとっては化け物なんだよね?』
「はい。凡庸な兵士では、腕の一振りで殺されるでしょう」
そんな竜が、万単位で襲ってくる。
控えめに見たって大災害だ。天変地異だ。
まともにぶつかったら、人間なんて呑み込まれるしかない。
だけど帝国軍は、始めから”まともにぶつかる”つもりなんてなかった。
『大した威圧感だ……しかし竜どもよ、先にこの場に布陣したのは我々だぞ』
帝国軍の指揮官が、にやりと笑って合図を送る。
陣の後方、百名ほどの集団が光に包まれた。
魔力の光は、その集団の足下から放たれている。大型の魔法陣が置かれていた。
『すでにこの草原、すべてが我らの罠と化しているのだ。力に溺れる竜では警戒すらしなかったであろうがな』
帝国軍は、事前に草原のあちこちに魔法装置を埋め込んでいた。
さらに大人数で魔力を注ぎ、装置を起動させる。
草原を囲むように数ヶ所から光が上がって、その光は空にまで届いた。
すぐに変化は起こる。
空が暗く染まって、雲が浮かび、途端に辺り一帯が冷え込んでくる。
雪が降り出した。激しい風も吹き荒れる。
一歩先さえ見えないような猛吹雪だ。
視界を奪うだけでなく、槍みたいに尖った氷柱が降り注いだ。
相手が大災害なら、こっちも大災害をぶつける。
そんな攻撃だ。
氷柱の嵐くらいだと、竜の硬い鱗はなかなか貫けない。
だけど混乱は起こった。
空でも陸でも、進路を見失ったおかげで狼狽える竜は少なくなかった。
人間を喰らおうと全力で突撃していた竜が、仲間に激突する。
何体かの竜が空から堕ちて、それがまた混乱を誘った。
『今だ! 第二陣、攻撃を開始せよ!』
さらに自然災害じみた攻撃は続く。
今度は雷撃だ。
どうやら氷柱よりも強烈みたいで、落雷の轟音に続いて、竜の悲鳴が響き渡った。
数十体の竜がまとめて堕ちる。
地上で雷撃に貫かれた竜も合わせると、被害はもっと多いはずだ。
それに、魔術ばかりでもなかった。
帝国軍陣地から、何百本もの鉄槍が飛ぶ。大型の兵器から放たれたものだ。
弩弓から放たれる矢や、投石器の攻撃も続いた。
『なかなか、凄い作戦じゃない?』
正直、ボクは感心した。映像にも見入っていたくらいだ。
やるじゃない、帝国軍。
冷ややかな顔を崩さない一号さんも、その点は同意してくれる。
「はい。とりわけ空への攻撃を重点的に考えていたようですね。空では方向を見失いやすいですし、事実、飛行型の竜部隊は完全に足止めされています」
『でも地上の竜は、少し違うみたいだね?』
「地竜は頑強さに秀でておりますから。闇雲にでも突撃すれば―――」
一号さんの解説通り、吹雪を突破する地竜がいた。
数十体の地竜が、猛然と土煙を上げて帝国軍へと迫る。
でも消えた。
忽然と。地面の下へと。
『落とし穴って、古典的だけどすごく効果的な罠だよね』
「仰る通りかと。そして、ここまでは完全に帝国軍の作戦通りでしょう」
単純に人力で掘っただけの落とし穴じゃない。
大規模な魔術で、地割れまで起こして作った対竜用の落とし穴だ。
製作には、勇者パーティの魔術師も協力してた。
『頑丈な地竜でも、あの高さだと無事じゃいられないか』
次々と地竜が落下して、痛々しい咆哮を上げる。
咄嗟に止まろうとしたのもいたけど、後続に押されてやっぱり落下していく。
その間にも、大規模魔術や兵器での攻撃は続いている。
まだ序盤だけど、勢いは完全に帝国軍だ。
竜の被害は、四桁じゃ収まらないかも。
だけど―――。
『ここからが本番かな?』
「あれを数や策で押さえ込むのは難しいでしょう。なにもかもを、単純な力で覆せる存在です」
これまでとは比較にならないくらい威圧的な咆哮が響き渡った。
直後、吹雪が消し飛ばされる。
雪よりも白い、煌々とした輝きが辺り一面を照らし出した。
その輝きの中心に立つのは、黒々とした、その場のなによりも巨大な姿。
邪龍が、いよいよ戦いに加わろうとしていた。




