13 再び、大陸へ
緩やかに籠が揺られている。
その籠を手に、背中には大きな荷物を背負って、メイドさんが街路を歩いていく。
いまボクたちがいるのは、帝国領南方にある小さな街だ。
小さいとは言っても、数千名くらいの住民はいるだろう。
そこそこに賑やかで、綺麗なメイドさんの姿に目を引かれる男たちも多い。
いやらしく声を掛けてくる男もいた。
手を伸ばそうとしたところで、街路の壁と仲良くなっていた。
殴り飛ばされて。
命があっただけ幸運だったと思う。
幸運と言えば、この街全体がそうだね。
竜の偵察部隊から狙われていなかった。
近くには襲われた村もあったけど、たまたま見過ごされたらしい。
だけど警戒はしているみたいで、街の門を守る兵士も緊張感を纏っていた。
まあ緊張していても、メイドさんの幻惑術を見破れるものじゃない。
おかげで、ボクもすんなり街に忍び込めた。
というか、運び込まれた?
いまのボクは、一号さんが手にした籠の中に収まっている。
覗きこまれても、野菜が詰まってるようにしか見えない。
奥まで調べられたら幻惑術の出番、という訳だ。
視界は小毛玉が確保してくれている。
一号さんの髪飾りとして引っ付いてるからね。
まさか魔眼が装飾品になっているなんて、誰も想像すらしないでしょ。
「ご主人様、食料品の調達は完了致しました」
周囲に人通りがなくなったのを確認して、一号さんが小声で告げる。
ボクも他の人からは見えないように文字で返す。
『了解。あとは予定通りに』
「はい。様子を窺いつつ、宿屋へと向かいます」
べつに、ボクたちが直接に街の様子を探る必要はない。
情報入手だったら茶毛玉で充分だ。
いまのところ、街の人に尋ねたい事柄だって無いし。
ただちょっと普通の街を見て回ってもいいかなあ、と。
考えてみれば、この世界に来てから、まともに人間の住む場所を訪れていない。
魔境にあったのは、街というよりも前線基地だったし。
以前の公国は、魔獣の巣になってたし。
そりゃまあ、ボクは毛玉だから、呑気に観光なんて出来ない。
元々、そんなに興味を引かれることでもないよ。
だから、ただのついで。
人と触れ合うのが恋しいとか、いつか思うのかなあ。
「……? 私の顔に、何かございますか?」
『ううん。なんでもない』
少なくとも、メイドさんたちがいる間は寂しさとは無縁でいられそうだ。
そんなことを考えながら、ボクは宿屋へと揺られていった。
宿の一室に入って、ボクは籠から一号さんの膝へと移る。
椅子に腰掛けた一号さんを、さらに椅子にする形だ。
ベッドもあるけど粗末なものだからね。
変な染みがあるし、匂うし、虫までいるみたいだ。
一号さんの膝の方が、ずっと居心地がいい。
ボク自身の汚れだったら、『自己再生』で強引に落とせるんだけどね。
虫を消毒しようにも、魔眼なんて使ったら人間だって毒殺しちゃうし。
魔術だって派手なものしかないし。
いやまあ、細かい魔術制御だってできるんだけど、部屋の掃除に全力を出すのも、なんか間違っている気がする。
ともかくも柔らかな感触に落ち着いたところで、ボクは今後について考える。
『変わったことは起こってない?』
「はい。竜の軍勢も帝国軍も、東西へと進軍している最中です。ぶつかり合うまで、少なくとも十日は掛かるでしょう」
ボクを撫でながら、一号さんは映像を浮かべた。
遠く離れて進軍中の、二つの軍勢の姿が映し出された。
帝国軍は徒歩の兵士が多いし、糧食や大型兵器も運んでいる。
邪龍軍団を討つべく真っ直ぐ西へ向かってるけど、あまり速度は出ていない。
勇者一行も帝国軍の到着を待って合流するつもりらしい。
だけどひとまず偵察竜部隊との戦闘も落ち着いて、いまは街で暇を持て余している。
対する邪龍軍団は、主力の動きが遅かった。
偵察部隊が帰ってくるのを待っていたのも理由のひとつだ。
だけど進軍が遅れた一番の理由は、『第二次星降らし』だ。
偵察竜たちが帰ってきて、二日ほどを置いて、竜たちは全軍で出陣しようとした。
その直後に『星降らし』が行われた。
しかも狙われたのは邪龍軍団そのものでなく、異界との門だった。
幸い、とボクが言うのは変だね。
星降らしはまた邪龍によって迎撃されて、ほとんど被害を出さなかった。
だけど異界門を攻撃されるのは、邪龍軍団にとって脅威なんだろう。
すぐに進軍を止めて引き返した。
それから三日ほど、ボス邪龍を中心に話し合いをしてるみたいだった。
そうして結局、邪龍軍団は二つに分けられた。
異界門のある場所には、邪龍の次に大きな黒龍が残ることになった。
邪龍も全身真っ黒だから、なんだか親子っぽいね。
いや、実際にどんな関係なのかは知らないけど。
あとは三千ほどの竜も、黒龍に従って残ってる。
邪龍ほどじゃなくても黒龍もかなり強そうだ。きっと”星降らし”を迎撃できる自信があるんだろう。
背後を守らせて、邪龍軍団三万五千はあらためて進軍を開始した。
いまも東へ空と陸から向かっている。
翼を持たない地竜みたいなのもいるから、そっちに速度を合わせながらだ。
それでも人間の軍勢よりは格段に速い。
そして、迫力は桁違いだ。
『このまま突撃するだけで、人間の軍なんて蹴散らせるんじゃない?』
「はい。正面から激突すれば、結果は明らかです」
だけど帝国軍には、何かの策があるみたいだ。
勇者だっている。
その勇者サガラくんにしても、無謀な戦いに挑むとは思えない。
両軍の勝負がどうなるのか?
それ次第で、ボクが乱入するタイミングも変わってくる。
しばらくは”待ち”の姿勢だけど―――。
『あの子、またいるね』
邪龍側の映像に、ボクは気になるものを見つけた。
幼女だ。外見年齢、十才くらい。
黒髪紅眼の竜人だね。ただ、背中の翼がなければ人間と間違えそうだ。
もちろん幼女だからって、ボクが目を留める理由にはならない。
ホントだよ。ロリコンじゃないよ。
だけどまあ、やたらと幼女に縁があるのは否定できないところ。
それにしても、今回の幼女は只者じゃない。
だって邪龍の頭に乗ってるし。
それどころか、随分と好き勝手に振る舞ってるし。
ぺしぺしと邪龍の頭を叩いたり、腰に手を当てて高笑いしたりしてる。
子供っぽい暴れっぷり、と言っちゃえばそれまでなんだけど。
ともかくも怖いもの知らずだ。
『もしかして、あの子が本当のボス、なんてことはないよね?』
「……可能性は低いかと推測します。あの軍団は、戦闘力の高さによって序列が決定しております。そして竜人は、どうやら竜の特徴が表面化しているほど、その戦闘力は高い傾向にあるようです」
ほほう。そんな傾向があったのか。
言われてみれば、竜人も見た目の細部が違ってるところがあるね。
全身が鱗で覆われていたり、顔まで竜に近いのもいる。
逆に、竜幼女みたいに、人間と差異が少ないのもいる。
しかし思い付きで言ったのに、こんな真剣な分析が返ってくるなんて。
一号さん、さすがです。
「まだ観測例が少ないので、確実とは申せません。ですが、いずれにしても、近日中には彼らの戦力も明確になると判断します」
『帝国軍、勝てるかな?』
「足止め程度は期待できます。それ以上は、勇者次第かと」
辛辣な評価を述べながら、一号さんを毛繕いをしてくれる。
べつに、ボクの毛並みは乱れてないと思うんだけどね。
まあ悪い気分じゃないし、任せよう。
少し緊張して疲れたのもある。一眠りしておこうか。
 




