11 勇者パーティと、動き始める帝国軍
邪龍軍団が現れてから十日。
未だ、邪龍たちも人類も大きな動きは見せていない。
百体の竜で編成された偵察部隊は、大陸各地に飛んで、街や村を襲っている。
でも次第に防衛や撃退がされるようになってきた。
どうやら人間の戦士や魔術師でも、熟練者というか、一流に近い実力を持っていれば、竜の一体くらいは抑えられるらしい。
軍隊で言うなら、百人や千人をまとめる隊長格の人だ。
けれどもちろん、そんな熟練者の数は少ない。
対して竜は群れで襲ってくるので、単純に考えれば人間は一方的に殺される。
そこで活きてくるのが集団戦術だ。
百名単位の重装歩兵が、頑丈な魔力障壁を張って足止めを行ったり。
魔術師が集まって強力な術を放ったり。
攻城兵器みたいな大型の武器を持ち出したり。
各地の防衛部隊は奮戦して、どうにか竜たちを撃退していた。
そして、勇者一行も活躍してる。
地上戦になると、お供の三名も高い戦闘力を発揮してみせた。
オトモその1、魔術師ザイラスの場合。
竜が豆粒くらいにしか見えない遠距離から、攻撃魔術で十数体を撃墜。
さらに近づいてくるまで連続で、合計数十体を撃墜。
どうやら風雷系魔術が得意らしい。
だけど攻撃術以外にも、注意すべきは情報収拾能力だ。
それも魔術のはずだけど、ずっと遠くの竜部隊の位置を把握してる。
勇者一行の進路を指示してるのも彼だった。
近づき過ぎた茶毛玉が撃たれたりもしたし、何か仕掛ける時は要注意だ。
オトモその2、重騎士ラルグの場合。
ちなみにフルネームはラファエド・ラルグスト。伯爵だ。
まだ二十二才なのに、もう家を継いでいて、子供もいるとか。
そんな家庭事情はともあれ、戦士としての戦いぶりも立派なものだ。
なんというか、落ち着いている。
竜を前にしてもまったく怯まず、大剣の重い一撃で確実に仕留めていく。
装備する盾も剣も身の丈ほどに大きくて、正しく重騎士。
空は飛べないけど、地上に迫ってきた竜を十体以上は叩き斬ってみせた。
オトモその3、神官マリナの場合。
飛行機とか、高い所が苦手。
勇者一行の紅一点だけど、ヒロインかどうかは知らない。
ただしゲロインの才能あり。
馬に乗っただけで、派手に撒き散らしていた。
でも地に足を着けていると、清楚然としてる。ニコニコ顔で誤魔化すのが得意。
戦闘だと、主に防御系の魔術を使っていた。
魔術というか、神聖術って呼ばれてるものだ。
祈るだけで、竜の攻撃も跳ね返す障壁を張る。
城壁みたいな巨大な障壁も張って、街を守ってもみせた。
治療術も得意で、竜にやられて大怪我した兵士たちも大勢救っていた。
『もう五百匹近くを、サガラくんたちだけで倒したことになるよね?』
「はい。遭遇した竜の部隊は五つ、ほぼ全滅させております」
ちなみにサガラって名前は、彼が自分でもそう名乗ってる。
こちらの世界での名前は別にあるはずだけど、どうやら気に入らないらしい。
「魔族領に向かった三隊も壊滅。大陸南方や、東側の国々でもいくつか撃退しております。帰還する竜部隊は半数といったところでしょう」
一号さんが報告する間も、各クイーンは真剣な顔をしていた。
真剣に、黙々と、時折蕩けるような表情をしてオヤツを口へ運んでいる。
今日のオヤツはチーズケーキだ。
試作品だけど、かなり美味しくできた。
もちろん作ったのはメイドさん。ボクは曖昧な指示をしただけ。
最近は夕方になると、大陸情勢について学ぶのが日課になってる。
はじめはボクとメイドさんだけだった。
でも一回、ボクにしがみついて離れない幼ラウネを、仕方なく連れてきた。
子供を家に連れ込んだんじゃないよ。
勝手についてきちゃっただけ。
だから犯罪じゃない。
いやまあ、今更この世界で、犯罪云々なんて語るだけ無意味なんだけどね。
ともかくも、それが切っ掛けで妙な噂が広まった。
夕方頃にボクの屋敷へ行くとお菓子がもらえる、と。
オヤツって習慣もなかったから、子供の興味を引いたらしい。
前にあげた飴玉が好評だったのも影響したんだろうね。
おかげで、大勢の子供が屋敷に押し掛けそうになった。
さすがに親に止められてたけどね。
お菓子くらい配ってあげたいけど、残念ながら、まだそんなに数は用意できない。
大陸から仕入れた材料も使うから、量産には届いてないんだよね。
なので、この時間は大事な会議をしてるってことで納得させることにした。
実際、大陸情勢からは目が離せない。
各クイーンとも連絡は取り合っておきたい。
そんな訳で、オヤツ会議が行われるようになった。
「やはり乳製品の量産は、すぐには難しいようです。山羊も牛も乳の出は良いのですが、まだ頭数が少ないですから」
『でも卵は安定して取れるようになったよね?』
「はい。ドムドムン鳥の数は順調に増えております」
たかがオヤツと馬鹿にしちゃいけない。
贅沢品が増えるのは、それだけ拠点の生活水準が上がってるってことだ。
いまは血生臭い話を無視できないけど、心のゆとりは大切にしたい。
けっしてサボる時間を増やしたい言い訳じゃないよ。
『ところで、帝国軍の出撃は決まったんだよね?』
「はい。遅くとも、数日中には帝都から進軍するものと予測されます」
たとえ新しいお菓子を作っている間でも、メイドさんには情報が流れてくる。
その予測は信頼度が高い。
そして、予測通り―――、
翌日には、帝国軍五万が邪龍討伐のために出陣した。
五万人の軍勢。
数を言われても実感はないけど、たぶん大軍勢なんだろう。
某同人誌即売会は、一日で十数万の人間が押し寄せるっていうけど比べちゃいけない。
ただ、よく訓練された兵が多いって点は共通してるかも。
一般の人はあまり参加しないイベントだと思う。悪く言うつもりはないけど。
それはともかく―――、
帝国軍が全力を出せば、五十万から百万の軍も編成できるそうだ。
後先考えずに徴兵しまくれば、という条件なら。
だけど今回は兵の数を絞った。
けっして”戦力を”減らしたという意味ではなくて。
訓練された兵の中でも、とりわけ実力のある者ばかりに限った編成になっていた。
少数精鋭、と言うには五万は多いだろう。
けれど竜と戦える技量と気概を持った者を選別した結果だ。
雑兵がいくらいても邪魔になるだけ、と判断された。
『一人で竜一体と戦えるのかな?』
「そこまでの戦力ではないかと。ですが、数名の隊でも一体は抑えられると計算しているようです。魔術師部隊や大型兵器は、もっと多くの竜も仕留められるでしょう」
朝食を口へ運びながら、ボクは解説を聞く。
今朝はサラダとコーンスープ、それと焼き立てのパンだ。
まだ温かいパンは、もっちりとして美味しい。
『さすがは帝国軍、伊達に大陸一の強国じゃない、ってところかな』
「しかし竜は個体として桁違いに強力なものもいるようです。それらに対抗できるのは、勇者をはじめ、一部の者のみでしょう。幾分か、帝国軍が不利かと」
『だとしたら、やっぱり邪龍軍団を叩いた方がいいね』
いよいよ本格的な戦いが始まる。
その結果は気掛かりだけど、いまの状況も見過ごせない。
利用できるチャンスだ。
『精鋭が出て行ったなら、お城の中とかも覗けるかな?』
「機会はあるかと。隙を窺ってみます」
懸命に戦おうとする人達の隙を突いて忍び込む。
そう言うと、本当に悪役みたいだ。
まあ今更気にしても仕方ないか。
「それと、ご主人様が大陸に向かわれる際の準備も進めてあります。いつでも出立できますが、今回はわたくしが同行する予定です」
『ここを離れて大丈夫?』
「はい。二号や三号でも、代わりは務まります。使い潰してくださいませ」
いや、酷使するつもりはないよ。
頼りにはさせてもらうけどね。
ともかくも、あとは両軍が激突する頃合いを見計らって大陸へ向かう―――。
そう計画していた。
だけど何事も、思い通りに進むとは限らない。
数日後、海を越えて竜の部隊が近づいてくるとの報告が入った。




