10 勇者vs竜軍団
午後のロードショー。勇者vs竜軍団。
帝国の危機に際し、少年勇者は剣を取る。
竜に襲われる民衆を救うべく、仲間とともに空を駆けた。
しかし目的地へと着く前に、邪悪な竜軍団の牙が迫る―――。
そんなナレーションが頭の中に響いた。
もちろん、渋い男性声で。
まだ竜との距離はあるけど、勇者一行は焦ってる様子だ。
どうやら不意の遭遇みたいだね。
『まさか、こんな帝都近くまで迫ってるとは……』
忌々しげに呟いたのは、飛行機を操っている魔術師ザイラス。
風に紛れて聞き取り難い声だけど、捉えられるだけでも茶毛玉は優秀だ。
『どうすんだ? このまま戦うのか?』
『いきなりの空中戦は分が悪いよ。ひとまず着地させて……』
『母なる大地神よ我らを守り給え母なる大地神よ我らを守り給え守り給え守り給え』
魔術師と騎士の二人は落ち着いている。
逆に、神官の女の子はかなりテンパってるね。
目を瞑って、ガタガタ震えてる。
竜が来る前から祈り続けてるから、やっぱり空を飛ぶのが苦手らしい。
『俺が片付ける』
それまで黙っていた少年勇者が、ぶっきらぼうに告げて立ち上がった。
すぐさま飛び降りる。
『なっ……相良くん!』
『ったく、仕方ねえ、ひとまずコイツを降ろせ。もう任せるしかねえだろ』
『人が空を飛ぶなんて間違ってるだから私は飛んでないここは地面の上ここは地面の上ここは地面の上ここは地面の上……』
不恰好な飛行機は、竜の群れから逸れる方向で速度を落としていった。
一方で、相良くんの方は加速していた。
空中を一直線に飛んで、竜の群れに向かう。
およそ百体の竜に対して少年一人。
普通なら竜の食事シーンが流れて終わるところだけど、違った。
相良くんが腰から剣を抜く。軽く一振り。
たったそれだけで、竜軍団の三割が両断された。
まだ剣が届く距離じゃなかった。弓矢や魔術だって難しい距離だ。
だけどまるで空間が裂けたみたいに、太い竜の胴体が綺麗に中身を晒していた。
竜が怯えたみたいな鳴き声を上げる。
何体か怯まずに突撃したり、炎を吐いたりもした。
それもまったく意に介さずに、相良くんは次々と竜を斬り落としていく。
「……圧倒的ですね」
『うん。伊達に勇者じゃないね』
一方的で爽快な戦闘シーンを眺めながら、ボクは焼きトウモロコシを齧る。
醤油の辛味とほのかな甘味が絡み合う。美味しい。
映画と言えばポップコーンだけど、残念ながらそっちは失敗した。
ただの焦げたトウモロコシにしかならなかった。
あれって特定の種類じゃなきゃダメだって思い出したよ。
爆裂種だっけ?
いまはアルラウネに頼んで品種改良中。
やたら粒の大きいのや、花が綺麗なトウモロコシとかも出来てる。
邪龍軍団がいなくなったら、大陸に輸出しても面白いかも。
それにしても、あの勇者、サガラくんは―――。
『たぶん、戦闘力五万を越えてるね』
映像だけでも、なんとなく察せられる。
『鑑定』から進化した『解析』スキルのおかげか、情報判断に関しては的確にできるようになったと思う。
ただしこのスキル、本領を発揮するのは戦闘の時なんだけどね。
『明鏡止水』と合わせると、かなり頼りになる。
「勇者とは、この世界を守る最強の存在とのことです。”星神”から特別な力を与えられているとも聞きます」
『おまけに転生者となれば、強いのは当然だね』
「……ご主人様は、転生という話を信じておられるのですか?」
一号さんの無表情に、ほんの少しだけ戸惑いが混じる。
そういえば、ボクが転生者だって話はしてなかったっけ。
曖昧に仄めかすくらいはしたとも思うんだけど。
いい機会だから話しておこうか。
ちょうど、戦いも終わったみたいだし。
もちろん勇者の勝利で。
百体もいた竜は、一体残らず斬り殺されていた。
竜の偵察部隊を全滅させた後、勇者一行はまた飛び立った。
ひとまずは近くの街を目指すみたいだ。
あちこちの街を経由して、偵察竜部隊を倒していく予定らしい。
神官の女の子は歩いて行こうって喚いてたけど、サガラくんに腹パンされて大人しくなった。
さすが勇者。世界平和のためなら容赦ない。
いやまあ、サガラくんの態度からすると、ただ説得するのが面倒だったみたいだ。
なんとしても人々を助けたい、っていう綺麗な勇者じゃない。
その点は、ひとまず安心できる部分だ。
『問答無用で敵対、ってことは避けられるかな』
「はい。勇者個人は、さほど好戦的ではないようです。魔獣だからという理由のみで剣を向ける性格でもないでしょう」
飛んでいる勇者一行の映像を、ひとまず閉じてもらう。
また何か事件が起こったら見せてもらおう。
食べ終わったトウモロコシの芯を、『吸収』で片付ける。
ゴミが出ないから、メイドさんも楽でしょ。
まあ残ったとしても、畑の肥料にするとか、使い道はあるらしいけど。
「むしろ、勇者の配下が危険かと推察します」
『あの魔術師、”委員長”って呼ばれてたね』
ん~……委員長。クラスのまとめ役。
たぶん、目黒くんだね。
曖昧な記憶だけど、なんとなく思い出せる。
はっきりとした顔立ちなんかは覚えてないけど、眼鏡を掛けてて、いつも真面目なことばかり言ってた。
でもけっこう人当たりは好かったはず。
サガラくんや重騎士くんとも仲良さげに話してた。
ただ、竜の死体を見て低い声で呟いていた。
異世界から来る存在なんて許しちゃいけない、と。
『自分も転生者で、異世界から来た存在だって分かってるのかな?』
「彼の心情は測りかねます。ですが、特異な能力を持つのは間違いありません」
飛べるだけの魔術師、なんてこともないはずだ。
まだ戦ってる場面は見てないけど、他の二人も含めて、そこらの竜ならまとめて倒せるくらいの力を持ってると思う。
他にも転生者はいるのか?
いったいどれだけの戦力になるのか?
クラスメイトだからって気になる訳じゃないけど、無関心でいるのは危険そうだ。
ボクは魔獣で魔眼だからね。
人間相手だと、根本的に相容れない。
この島でも、つい最近まで魔獣は人間に狩られる立場だった。
『これまで通り、大陸の動きには目を配っておいて。あの四人には特に』
「承知致しました。可能な限り、迅速に情報を集めます」
それと、もうひとつ。
ボクは少し考えてから、また魔力文字を浮かべる。
『本格的な戦争が始まったら、ボクも大陸に行くかも知れない』
「それは……ご主人様も、参戦なさるおつもりですか?」
『危ないことはしない。狙うのは、最高の共倒れだから』
邪龍軍団と勇者は、きっと壮絶に潰し合う。
もしかしたら、一方が圧倒してあっさりと勝利するかも知れない。
だけど、隙くらいは出来るはず。
その時を狙って、最高の不意打ちを叩き込ませてもらおう。
邪龍の戦闘力は十二万以上。
勇者だって侮れないくらいには強いはず。
でもボクだって、勝算が無い博打なんてしない。
ふっふっふ。なんでこう、悪巧みってドキドキするんだろう。
いや、これはけっして悪じゃない。
生きるための真っ当な努力だ。
「……ご主人様、悪いことを企んでおられますね?」
え? いきなり一号さんに否定された。悪じゃないよー。
っていうか、なんで分かったの?
「企みを巡らせておられるご主人様は、毛の艶がよくなりますから」
冷ややかに述べながら、一号さんはボクを抱える。
胸元に寄せて、そっと撫でながらブラッシングを始めた。
「ですが、本当に無茶は控えてくださいませ。ご主人様に平穏無事な日々を過ごしていただくことが、我々の幸せなのですから」
一号さんが静かに椅子へ腰を下ろす。
ボクは抱えられたまま、その言葉をぼんやりと受け止めていた。




