09 空飛ぶ勇者
昼食を食べて、ボクはのんびりと花畑に転がっていた。
今日は朝早くから働いた。
ボクにしては珍しいことだ。
投石器とかの大型武器を、北の街まで運ぶ手伝いをしてた。
メイドさんたちでも可能だけど、最近はボクも重力魔術の扱いに慣れてきたから。
手数は多い方がいい。
その分、他の準備にも回せる。
やっぱりメイドさんたちは、数が少ないのが弱点になる。
外部からの魔力供給が必要。
その問題を解決できれば、もっと数が増やせるのに。
なにか良い方法はないものか―――、
そんなことを考えていると、側に控えていた十三号が声を掛けてきた。
「ご主人様、一号からの報告がきた。そうお伝えします」
『なに? 邪龍軍団に動きがあった?』
「いいえ。動いたのは帝国。直接に映像を見た方がいい。そう進言します」
ふむん。そっちか。
異界からの扉が開いてまだ二日、国の軍が動くにしては早い方だね。
細かい報告は屋敷で聞こう。
ちょうど一休みできたところだし。
ボクと一緒に転がってた子供たちも、すやすやとお昼寝してる。
クイーンラウネに後は任せた。
「ご主人様、お呼び立てしてしまい申し訳ございません」
『構わないよ。それより、報告を』
屋敷へ戻ると、いつものように一号さんが待っていた。
一礼して静かに伝えてくれる。
「十三号にも伝えた通り、帝国に動きがありました。しかし軍ではなく―――」
それは少々意外だった。
謂わば最終兵器なんだから、てっきり切り札として温存されると思ってたのに。
「勇者が、僅かな人数で戦いに向かうようです」
勇者vs邪龍軍団。
昼過ぎのB級映画にしては面白そうだ。
大陸の目立った街には、茶毛玉を潜ませてある。
数体から十数体ほど。
人々の会話を聞いたり、重要な施設を覗いたりして、情報を集めてくれている。
ちなみに、茶毛玉と言ったけど、最近は緑とか灰色とかも加わった。
迷彩色ってやつだね。
もしかしたら、メイドさんの趣味も入ってるかも知れないけど。
ともかくも、おかげで大陸の情報をかなり入手できた。
その中で気になった単語があった。
勇者と、そして転生者。
まだ未確定だけど、ボクの元クラスメイトである可能性は高い。
以前にも一人いた。
この拠点を襲ってきた冒険者は、前世での知り合いのなんとか君だった。
名前、メモしておけばよかったね。
まあ今更、どうでもいい情報か。
重要なのは、ボクと同じ時に死んだ人間が転生していること。
そして、この世界では転生なんてものは一般的ではないらしい。
少なくとも街では、「俺の友達が転生者だぜ」とかいう話は聞かれなかった。
閲覧許可の『常識』があれば、そこらへんの情報も得られたかも知れない。
でも未だに取れないんだよね、『常識』。
拠点の誰も持っていない。
一番常識的そうなメイドさんも、そういったスキルには関われない。
まあ、いいよね。非常時だし。
常識知らずじゃなく、常識に縛られないってことで。
ともかくも、いまは勇者と転生者だ。
これまで分かっていたのは、まず強いこと。
あとは両者が行動を共にしていること。
だから、勘も含まれるけど、勇者も転生者じゃないかなぁ、と思う。
警戒は必要だ。
勇者と言えば、魔獣をバッタバッタと薙ぎ倒しそうなイメージだし。
いつかこの島にも乗り込んでくるかも知れないし。
もしも本当に転生者だったら、前世の記憶と今世の才能を活かして、とんでもなく力を貯えている可能性が高い。
その勇者が、帝国にいるってことまで分かっていた。
だけど普段は城の奥にいるみたいで、さすがに情報を得るのは難しかった。
姿を確認できただけでも嬉しいことなんだけど―――。
『なに、あれ?』
「……飛行するための魔術道具のようです。操縦者の術式にも頼っているようですが、かなりの速度が出ており、標準型の偵察玉では追跡も不可能です」
部屋の中央には、例によって大きな画面が浮かんでいる。
その映像では、四人の男女が空を進んでいた。奇妙な物に乗って。
飛行機、というかスペースシャトルっぽい。
数十年前の遊園地にありそうな、子供の遊具みたいな雰囲気を漂わせている。
ただし、随分とデコボコしてる。
鉄の板を強引に組み合わせたような感じだ。
座席は二列で、前後に二人ずつ、四人が乗れるようになってる。
『この映像、しっかり残しておいて』
「はい。勇者を捉えた貴重な映像ですから」
『それもあるけど、恥ずかしがると思う』
「……恥、なのですか?」
地球での記憶があるなら、って話になるけど。
精神的にはもう大人のはずなのに、あんなのに乗るのは恥ずかしいでしょ。
まあ、話のネタくらいにはなる。
いざっていう時の弱味にさせてもらおう。
ただ、肉体的には子供が混じってるのは気になる。
『四人いるけど、どれが勇者?』
「左前列にいる、目付きの鋭い少年がそのようです。他の者からはルイード、あるいは『さがらっく』と呼ばれておりました」
……相良くん、か。
さすがに最後に話した相手だから覚えてるよ。
クラスで顔と名前が一致するのは、あと一人くらいかな。
見たところ、まだ中学校に入れるかどうかも怪しいような男の子だ。
でも随分と落ち着いた雰囲気を纏ってる。
空を飛んでるのに。変な機体に乗ってるのに。
平凡な子供じゃないのは明らかだ。
なにより、誰にでも喧嘩を売りそうな眼光は、相良くんと共通している。
「右前列の青年はザイラス。卓越した魔術師だそうです。あの飛行装置も、彼が開発したもののようです」
相良くんの隣に座ってる男だね。
手には長い杖を持っていて、ローブを羽織って、いかにも魔術師って格好だ。
いまもその杖の先から魔力光を放っている。
飛行術式は大陸だとほとんど会得できる人間もいないそうだし、凄腕の魔術師っていうのは嘘じゃないね。
たぶん、転生者なんだろう。
残りの人達もそうなんだろうね。
「後列の二名は、ラファエド、マリナと其々に呼ばれていました。ラファエドは騎士で、マリナは大地母神を信奉する神官だそうです」
ラファエドは騎士というか、重戦士って言われた方がしっくりくるね。
大柄な体格で、銀色の甲冑で身を包んでいる。
兜も被ってるけど顔は見えてるので、中身が魔獣ってことはなさそうだ。
神官、マリナさんの方は、白い法衣を着た美人さんだね。
ただ顔色はよろしくない。
じっと目を瞑って、手を合わせて、ぶつぶつと呟いてる。
もしかして、空を飛ぶのを怖がってる?
「彼ら四名が向かっているのは西方、邪龍軍団が現れた方角です。恐らくは偵察を兼ねた迎撃に向かうのでしょう」
『昨日までに襲われてたのは、帝国の街だっけ?』
「はい。そもそも異界門の出現地点が帝国領内ですから。そのさらに北西は魔族領となりますが……」
言葉を止めて、一号さんは新しい画面を開いた。
映し出されたのは竜の死体だ。
何十匹もの竜が、潰されたり、斬られたり、折られたりしていた。
「魔族領に入った邪龍側の偵察部隊は三つ。その内の一つが、このように壊滅しております。残りの二つは、今日の内に大きな街へ辿り着くようです」
一部隊、百体近くの竜が狩られたってことか。
しかも映っている死体は竜のものばかり。
一方的で圧倒的な戦いだったのかな?
『その戦いの様子は、撮れてないの?』
「申し訳ございません。偵察部隊の追跡は行っていたのですが、最初に、不意打ちの形で攻撃を受け、茶毛玉も共に破壊されました。何かしらの広範囲魔術かと推測されます」
むう。残念。
でも戦場カメラ毛玉だと、そういった事故に巻き込まれるのも仕方ないか。
しかしほんと、酷い有り様だね。
竜って言えば、強者の代名詞みたいなものなのに……。
地面まで割れちゃって、凄い力で押し潰されたような死体が多い。
『重圧の魔眼』みたいな、重力系の攻撃かな?
「魔族は個体数こそ少なくとも、戦闘に長けた者が多いようです。いかに竜とはいえ、弱い部類であれば容易く屠られるのでしょう」
『うん……余裕があったら、魔族についても調べておいて』
「承知致しました。恐らくは今日の内にも、別の地点ですが、また竜との戦いが行われると予測されます」
そうなれば観察もできる、か。
しかし竜といい、魔族といい、この魔境は平穏になっても不安材料が多いね。
それに、まずは勇者だ。
これまでは真っ直ぐに空を飛んでるだけだったけど、どうやら一悶着起こるらしい。
『あの飛行機って、戦闘能力はあるのかな?』
「不明です。しかしすぐに判明するかと」
勇者一行が向かう先、空に浮かぶ暗雲みたいに、百体ほどの竜が迫ってきていた。
 




