08 偵察! 邪龍軍団!
夕方を過ぎる頃に、各クイーンが屋敷へと集まる。
普段とは違う行動だ。
外来襲撃が終わるまでは、連絡を密にして情報の共有を図ることにした。
だけどなにも緊迫した顔を突き合わせる必要はない。
黒狼なんて、嬉しそうに尻尾を振ってるし。
オヤツちょうだい!、とつぶらな瞳で訴えてくる。
しかしこの黒狼、さり気なくクイーンズに混ざってくるね。
アルラウネとラミアは各クイーンの代表一名のみなんだけど。
黒狼も合わせると、スキュラは代表二名になっちゃう。
不公平かな?、とも思う。
でもまあ構わないよね。特別ペット枠ってことで。
黒狼とひとしきりじゃれ合ってから、揃って食堂へ向かう。
皆で夕食を取りながら会議をする予定だ。
先に赤鳥と青鳥が待っていて、ピーチクパーチク喧しかったので黙らせる。
大きなテーブルに食事が並べられて、ボクが上座に座った。
というか、椅子に乗るだけ。毛玉だからね。
ともかくも他の皆もテーブルを囲むと、すぐに食事が運ばれてきた。
最近は大陸からあれこれと仕入れたこともあって、随分と食事も豪華になった。
野菜が充実してきたので、コンソメスープが作れるようになった。
メインとなる肉料理にしても、香辛料が増えたし、ただ焼くだけじゃなくてハンバークにしたり野菜に巻いたり、餃子っぽいのもメニューに加わった。
パンも美味しくなったし、アルラウネのおかげで米も収獲できた。
豊富な食材と、様々な料理手法。
それらを尽くしたコースメニューも味わえる。
前菜のサラダが運ばれてくると、黒狼が残念そうに項垂れて、アルラウネが嬉しそうな顔をする。
いや、黒狼には別メニューを用意してあるからね。
それより、アルラウネが野菜サラダに喜ぶっていいのかな?
共食い……とは違うってこと?
まあ喜んでくれてるならいいか。
それに、いまはもっと大切なこともあるし。
「お食事中に申し訳ございませんが、皆様、こちらをご覧ください」
前菜が並べ終わると、一号さんが一礼して中央に画面を浮かべた。
皆が見える位置に、夕陽に染まった草原が映し出される。そこには万を越える竜の軍勢も陣地を構えていた。
「現在の、邪龍軍の様子となります」
ちなみに、邪龍軍って名前はボクの思い付きをそのまま使ってる。
勝手に”邪”呼びはどうかとも思ったけど、どうせ侵略者だし構わないでしょ。
よしんば侵略者じゃないにしても、勝手に異世界に来た相手だし。
不法侵入者? そんな法があるかどうかはともかくも。
食事をしながら会議をする。
言い出したのはボクだ。
大事な会議かも知れないけど、気分はテレビを見ながら食事をするようなもの。
一家団欒の一時だね。
あ、このトマト美味しい。
「いまはまだ目立った行動はしておりません。ですが、昨日の内に、百体ほどの小隊が二十、各方面へと飛び立っております」
『小隊で、偵察をしてる?』
「はい。より攻撃的な、威力偵察かと。それを追跡した映像も記録してあります」
映像が切り替わる。
今度は昼間だと分かる明るい場面で、一号さんが言った通りに録画映像だ。
そう。いまの茶毛玉には映像の記録機能も備わっている。
正確には、送られてきた映像を別の装置で記録する仕組みだ。
ともかくも、そのおかげで重要な場面だけ切り取って見られるようにもなった。
編集:メイドさん、とかスタッフロールも付けられるかも知れない。
で、肝心なのは映像の中身だ。
え~と……なんて言うか、酷い。エグい。グロい。
大変不適切な場面ばかりなんですが?
「偵察竜部隊は、どうやら目についた生物をすべて襲っているようです」
ただの動物や魔獣、人間、種族に関わらず襲われている。
いや、殺されてる。
一方的に。凄惨に。
巨大な爪で次々と引き裂かれていく羊の群れ。
隅々まで丸ごと炎に包まれた村。
そこに住む人々も、悲鳴を上げる暇もないほど呆気なく焼き尽くされる。
容赦無く、空から炎を吹きつけられて。
あるいは、踏み潰されて。
竜の手に掴まれて、頭から齧られた人間もいた。
そんな中には、赤ん坊や子供もいた。
「このように、彼らは非常に暴力的かつ危険な軍勢です。知性はあるようですが、話し合いの余地は無い、敵と判断するべきでしょう」
『うん。間違いなく敵だ』
一号さんが淡々と述べる。ボクも平然と返した。
だけど胸の内は、少し、ざわざわしていた。
良心溢れる人間だったら、きっと怒り狂ってただろうね。
それくらい残虐で悲劇的な映像ばかりだった。
無修正ではけっして電波に乗せちゃいけないのは確実だ。
アルラウネたちも珍しく険しい顔をしてた。
人間と敵対した経験はあっても、やっぱり気持ちのいいものじゃなかったらしい。
とりわけ子供たちが殺される場面では眉根を寄せていた。
それでもまあ、食事の手は少し止まったくらいだ。
いまもハンバーグを口へ運んでいる。
添えてあるポテトも美味しい。
表面はサックリ。中身はほくほくだ。
『人間の兵士だと、まるで相手になってなかったね』
味わいながら、空中に魔力文字を描く。
映像のひとつで、村にいた十名くらいの兵士が竜に立ち向かっていた。
たぶん、帝国兵だね。
だけど竜には傷も付けられずに、あっさりと皆殺しにされていた。
「竜も竜人も、高い戦闘能力を持っています。まだ推測になりますが、弱い固体でも、人間の熟練者で互角かどうか、といったところでしょう」
『万全のメイドさんでも、一人で二体が限界かな?』
「……はい。恐らくは、その程度でしょう」
皆が揃って息を呑む。
さっきの凄惨な映像を見た時よりも深刻な顔になってた。
メイドさんの強さは、各クイーン以上だ。
一人で二体も相手にできる、じゃない。
一人で二体しか、と受け止められる。
おまけに相手は万を越す軍勢なのだから、総戦力は考えたくもない。
さすがの黒狼も沈んだ雰囲気を察したみたいだ。
きゅぅん、と鳴いてこっちへ寄ってくる。
よしよし。撫でてあげよう。
あ、途端に尻尾を振り出した。もしかして撫でて欲しかっただけ?
それを睨んで、ラミアクイーンがナプキンを噛み締めてる。いや噛み千切った。
「幸い、敵はまだ海を渡ってくる気配がありません。まずは人間側の対処を観察し、その上でこちらの策を検討すべきでしょう」
『そうだね。こっちから仕掛けるにしても、やっぱり情報が足りてない』
とりあえず、ラミアクイーンと黒狼は放っておいて、と。
そもそも”外来襲撃”とは何なのか、未だによく分かっていない。
何故、世界を渡ってまで敵が襲ってくるのか?
そんな根本的な疑問も答えが無いままだ。
茶毛玉が集めた情報によれば、一般的には、こちらの世界を征服するためだと言われている。
あるいは、物資や金目の物を奪うためだとか。
人間を奴隷にするために集めているとか。
殺した魂を外の世界の神に奉げるため、といった噂もあった。
共通しているのは、やって来るのは間違いなく敵、ってところかな。
あとは傍迷惑っていうのも同じか。
何が目的なのか、訊ねてみたい気持ちもあったんだよね。
でも、いまはもうどうでもいいや。
あんな映像を見ちゃった後だと、ねえ?
『もしも海を渡ってくる気配があったら、すぐに知らせて』
竜の百体程度なら、先制攻撃で潰せるはず。
魔眼の射程もかなり延びてるからね。
とりわけ『重壊の魔眼』は、広範囲に影響が及ぶからか長射程だ。
あとは、あんまり使いたくないけど『死獄の魔眼』もある。
『予定通り、島の北側、海岸沿いに防衛線を敷こう。可能な限り、海の上で戦う』
「承知致しました。それでは、大型の兵装などもそちらへ運んでおきますか?」
『うん。お願い』
そういえば、城に備えた投石器も改良が進んでいた。
茶毛玉の観測と合わせれば、かなりの遠距離まで攻撃できる。
この拠点は、正しく最後の砦。
北の港が前線基地、ってところだね。
しかし本格的に戦争準備っぽくなってきた。
あんまり血生臭いことは好きじゃないんだけどなあ。
ホントだよ?
これまでの戦いだって、必要最低限のものだったし?
人間を追い出したのだって、最後は平和的に話し合いで解決したよ?
「まだ未確定ですが、敵の補給線はさほど強固ではないと推測されます。であれば、時間はこちらの味方となるでしょう。大陸の人間を扇動し、効率的な盾とする策なども検討したいと考えております。例えば魅了の花を使い―――」
部下が容赦無いのは、けっしてボクの責任じゃない。
ちゃんと止めるし。
だいたい、人間の盾とか時間稼ぎにもならないでしょ。
国のお偉いさんとか操れれば別だろうけど、さすがに難しそうだ。
それに、放っておいても大陸の人達は戦ってくれるはず。
しばらくは高見の見物。
でも、あんまり長く待つつもりもない。
邪龍軍団には、なるべく早く全滅してもらおう。
ああいう連中がいると、ご飯が美味しくなくなるから。




