07 非常時にこそ平常心で
邪龍が来たら逃げる。
ボクはこの方針を決めた。そして、誰にも伝えなかった。
だってほら、仮にも島のボスを名乗っちゃったし。
一応は城持ちの皇帝種だし。
そんなボクが戦う前から逃げる気満々だなんて、士気にも影響する。
なので、拠点のみんなには、警戒しつつ普段の生活を続けるように伝えた。
竜軍勢の様子は、茶毛玉でしっかり監視しておく。
だけどまあ、海を渡った先の話だからね。
上手くすれば、ボクたちには関わりなく終わる可能性だってある。
緊張し続ける生活なんて嫌だ。
だから、みんなにはボクのまったり生活を支えてもらおう。
いざとなったら戦うのがボクの役目だ。
そして、本当に危ない時は真っ先に逃げる、と。
客観的に見たらダメな王様?
違うよ。王様は生き残るのも役目だよ。
命懸けで戦うのは、騎士とか武士とかに任せよう。
ってことで、毛玉であるボクは、今日もベッドの上で転がってる。
一号さんからの報告を聞きながら。
「島南部の偵察は、一通り完了しました。やはり竜種の姿は消えています。ハーピーからも同様の報告が上がっています」
『大陸での合流は?』
「追跡していますが、数日後になるかと推測されます」
竜軍勢の出現から一日が過ぎて、この島にも変化が起こった。
以前から住んでいた竜たちが、北へと移動を始めたことだ。
南東の砂漠奥には飛竜が群れを作っていた。
南西の湿地帯にも、蛇に翼を生やしたような竜っぽい魔獣がいた。
そんな集団が、揃って海を渡って大陸を目指している。
どうやら竜軍勢と合流するのが目的らしい。
ボクの拠点からは離れた場所を飛んでいったので、ひとまず見過ごすことにした。
いまは竜軍勢に目を付けられたくない。
もしかしたら、竜同士で敵対している可能性もあるけど―――。
「やはり両竜種は、起源を同じくする可能性が高いようです。生体情報からも繋がりが確認されましたので、過去の外来襲撃での生き残りなのでしょう」
生体情報。DNA鑑定みたいなものだ。
メイドさんがやってくれることなので、もう驚かない。
島の竜は以前にも倒したので、その死体から情報を入手できた。
異世界からやってきた竜の方は、茶毛玉が落ちた鱗なんかを入手。
さすがに茶毛玉だけだと、その場で鑑定なんて出来ない。
だけど、いざっていう時の備えが役に立った。
大陸には、幾つか”高性能茶毛玉”を潜伏させてある。
普通の茶毛玉に比べると、二回りくらい大きい。ソフトボールサイズだ。
だけど竜からしてみれば豆粒みたいなもの。
こっそりと近づいて、上手く偵察を行ってくれた。
この高性能茶毛玉は、実はもうひとつの任務のために作ったものだ。
そちらの結果は、もう少ししたら分かる。
それにしても、竜が、外来起源種か―――。
『立場としては、メイドさんたちと同じだね』
「否定しきれません……ですが、我々はこちらの世界で生み出されたものです。それに、生命を持つ彼らとは違います」
まあ、奉仕人形だからねえ。
元の世界とか言われても、人間みたいな感傷は沸かない、と。
だけど竜たちは合流するとして、その後はどうするんだろ?
軍勢の一員として戦うのか。
それとも元の世界に帰るのか。
どっちにしても、ボクへの被害が及ばないようにして欲しい。
「彼らの意図を探るため、現在、その通信手段を探っております」
『通信? 島の竜に、その手段で呼び掛けたってこと?』
本能とか、自分たちで気づいたとかじゃないのかな。
竜だけに伝わる通信手段。
もしもそれが存在するなら、盗聴みたいな真似もできる?
「彼らの行動は知性的すぎます。一体や二体ならば本能という可能性もありますが、ほぼすべての竜が大陸を目指しています。不自然な魔力の流れも感知できましたので、数日もあれば解析できるでしょう」
メイドさんたちと出会えたのが、ボクにとっては一番の幸運だったかも。
そう思えるくらい頼りになる。
これで魔力供給の問題がなかったら、とっくにこの世界を征服してただろうね。
そのうち、地球並の技術も再現できそうだ。
このベッドのクッションだって、改良されて随分と快適になってる。
毛玉体もよく弾む。
「……ご主人様?」
おっと。考え事してる間に跳ねまくってた。
主君としての威厳も大切にしないといけない。非常時だからね。
緩んでいた表情を引き締めなおす。
丸くてふわふわの全身だけど、心持ち、キリッと。
『茶毛玉はいくら使ってもいい。偵察と、警戒を厳重に。この拠点の安全は、なんとしても守れるようにして』
「はい。全力を尽くさせていただきます」
一号さんが恭しく頭を下げる。
さて。それじゃあボクも、偶には真面目に働こうかな。
屋敷を出て、拠点の各所を見て回っていく。
普段は小毛玉が巡回してるけど、今日はボク自身が足を運ぶ。
っと、毛玉だから足はないんだった。
ともかくも、非常時だからね。
皆には普段通りに過ごすよう言ってあるけど、不安を覚えてる子もいる。
だから主であるボクが姿を見せて、その不安を取り除こうっていう企みだ。
でも、むしろこれって逆効果なんじゃない?
あんまりボクから積極的に関わろうとはしてなかったから、普段とは違うことを意識させちゃうような?
だけどまあ、ひとまずは平穏に過ごせてるみたいだ。
作物に囲まれているアルラウネは、ぼんやりと昼寝をしてる。
ラミアは大きなワニみたいな魔物を狩って帰ってきた。
いつの間にか、ボクの後ろを子供たちがついてきてるし。
幼ラウネと幼ラミアが、揃って飛び乗ってきた。
蔦と蛇の尾に巻きつかれたまま、城壁を出て湖へ向かう。
水辺で遊ぶ子供たちを横目に、スキュラたちとも雑談を交わしていく。
黒狼が、子供たちに尻尾を掴まれて泣きついてきた。
もふもふ仲間のよしみで助けてあげよう。
そういえば―――、
こうして大勢と積極的に話すのって、”死んだ時”以来だ。
ふと思いついて、クラスの皆に声を掛けたんだっけ。
まさか、こんな毛玉になるなんて思いもしなかった。
でも、そう考えると、ちょっと不吉?
いやいや、有り得ないよね。
話し掛けたら死ぬって、どれだけ酷いフラグ設定なのか―――と?
『―――ご主人様、緊急の報告です』
一号さんから念話が届く。
同時に、ボクも感じ取っていた。
湖の方向へ目を向ける。
水面ではなくて、その斜め下の方から気配が近づいてくる。
『大型魔獣の反応を捉えました。恐らくは、地下を住処とする種族です』
直後、派手な水飛沫が上がった。
たぶん、湖底を突き破って出てきたんだろう。
姿を現したのは、城壁ほどの背丈がある四つ足の魔獣。
全身が岩を貼りつけたみたいに角ばってる。それでいて動き自体は滑らかだ。
トカゲにも似た頭部には、槍みたいな突起が付いてる。
地竜ってやつなのかな?
竜の軍勢に呼ばれて、北に向かおうとしてた?
地下を進んでたけど、湖に出て姿を現したってところかな?
『皆は退避を、いや―――』
そこまでする必要もないか。
地竜はこちらへ目を向けると口を開いた。
咆哮を上げようしたのか、それともブレスを吐こうとしたのか。
でも、それで終わりだった。
『静止の魔眼』、発動!
ピタリ、と地竜が動きを止める。
あとは『徹甲針』を撃ち込むだけでトドメになった。
第一声がそのまま断末摩の叫びになった地竜は、湖に沈んでいった。
《総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV5からLV6になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『神魔針』スキルが上昇しました》
さよなら、出オチ竜。
君の体はあとで回収して、色々な素材にするよ。メイドさんが。
いまは竜と関わりたくなかったんだけどねえ。
まあ仕方ないか。襲われちゃったんだし。
それよりも、ボクにしがみついた幼ラウネたちが怯えてる。
いつの間にか幼スキュラも混じってる。
毛先を丸めて、ぽんぽんと撫でてあげよう。
って、齧りつくんじゃありません。
涙と鼻水もやめなさい。
はあ。まったく。
子供の相手をする方が、竜と戦うよりずっと疲れそうだ。




