06 外来襲撃
灰色に染まった空を飛んで、ボクと四号さんは拠点を目指した。
なるべく急いで。
まん丸の毛玉体が楕円になるくらいに。
どうして急に外来襲撃が早まったのか?
気にならない訳じゃない。
だけどいまは考え込んでる場合じゃないからね。
もしかしてボクが生み出したブラックホールが影響―――なんてことはない、はず。
きっと。たぶん。他に何かしらの理由があるはずだ。
ボクは悪くない。
口笛でも吹いてれば、誰にも責められないでしょ。
だいたい襲撃アナウンスにしても、いつも「およそ」って付いてたし。
そもそも正確なものだったとも限らないし。
いまは事態への対応が最優先だよ。
どうやら空の色が変わっても、直接に何かが起こる訳ではないらしい。
念話で届いた一号さんの分析によると一時的なもの。
世界間の扉が開いた影響、ということだ。
空が落ちてきて押し潰される、なんてこともない。
ただ、拠点へ戻る間にも不穏なアナウンスは続いた。
《異界からの扉が、中央大陸西方に出現しました》
《詳細な位置は、映像で確認してください》
《現在、流入した魂の総数はおよそ四万。ただしこの数は、総戦力と必ずも一致しません》
《未確定情報ですが、戦闘力五万を越える個体を捕捉しました》
《現状を、世界存続の危機と認定》
《緊急守護システム、『世界守之剣』及び『世界守之鎧』を解放します》
システムさんが本気出してる。
不穏だけど頼もしい。
しかしなんだろう、『世界守之剣』って?
イメージとしては、天を突くような大剣かな。
一振りするだけで軍勢を丸ごと両断できちゃうような。
もしかしたら、そんな攻撃が放たれてるのかも知れない。
想像は色々できる。
でもやっぱり情報が足りない。
ここは落ち着いて、まずは現状の把握に努めるべきだ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
拠点に着くと、いつものように一号さんが出迎えてくれた。
さすがに冷静だね。
何を考えてるか分からないくらいだけど、おかげでこっちも慌てなくて済む。
同時に、完全にいつも通りって状態でないのも分かる。
屋敷の前には、各クイーンが揃っていた。其々に緊張した面持ちをしている。
他の住民たちも仕事の手を止めている。予め決めてあった通りに、各々の持ち場へ集まっていた。
子供たちも、親に従って大人しくしてる。
いまを地震が起きた状況とするなら、よく避難訓練をした人たちみたいだ。
さすがに軍隊までとはいかないけど冷静に行動できてる。
『事態は、何処まで把握できてる?』
「皆様の頭に届く”天の声”は、わたくしどもも聞かせていただいております。現状では、その情報の真偽を確かめている段階です」
ああ。そういえば、メイドさんたちにはアナウンスは聞こえないのか。
でも誰かに代弁して貰えば問題ない、と。
「少なくとも、この島への脅威は迫っておりません。”茶毛玉”でも警戒しております」
一号さんが淡々と報告してくれる。
ひとまず量産型茶毛玉での警戒網は、問題なく稼動してるらしい。
なら、いまはやっぱり情報を待っていた方がよさそうだ。
『みんなは待機で。警戒を続けて』
「会議の準備もしております。クイーンの方々はこちらへ」
ボクとクイーンたちが屋敷へと入る。
そこで、またひとつのアナウンスが届いた。
《間も無く、第一次『星降らし』による攻撃を行います》
これは、つまり……襲来直後の敵への全力攻撃?
システムさん、容赦無しだ。
テレビ中継で花火大会を見た覚えがある。
正直、退屈だった。
三十分も経たずに見飽きた。
だけどいつだったか、実際に花火大会の場に居合わせた時は違った。
空いっぱいに描かれる炎の絵に、音も含めた迫力に、ボクは見惚れていた。
感動した。
あれはきっと、そういう感情だったんだろうね。
でもその後も、テレビ中継の花火大会はつまらないままだった。
自分の目で見て、現場の空気を肌で味わうのは、まるで違う。
つまりは、だ。
どれだけ迫力ある映像だって、落ち着いて見ていられる。
たとえ、異世界からの侵略者の軍勢でも。
それが、とんでもなく強そうでも。
うん。ガタガタ震える醜態は晒さないで済みそうだ。
全身の毛が逆立ってるみたいだけど、気の所為ってことで。
「……人型のものも混じっていますが、どうやら全軍が、こちらの世界で言う竜種の特性を持っているようですね。精強さも窺えます」
会議室に集まったボクたちの前には、大型の画面が浮かんでいる。
みんなで映画を見てるような形だ。
でも実態は、もっと深刻なもの。
空中の画面には、広々とした草原が映し出された。
そこに、異界からやってきたっていう軍勢が陣を構えてる。
四つ足で、地面に大きな足跡を刻んでいるのもいる。
翼を広げた集団が、空を埋め尽くすように悠然と舞っている。
一体一体が、所謂、西洋ファンタジー系のドラゴンだ。
そんなのが数え切れないほどに集結している。
彼らの背後には、大きな門も聳え立っていた。
天を突くほどの巨大な門で、両開きの扉が開き、そこからいまもまた新たな竜が飛び出してきている。
『人類、終わったかな?』
「まだ推測しかできませんが……その可能性も、充分に有り得るかと」
ざっと見ただけでも、竜の数は一万を越えている。
数頭ごとに、その竜の背に乗っている人間に似た影もあった。
ただし、翼や角が生えている。竜人ってところかな。
小型の竜でも、人間の兵士なら千人単位で蹴散らせそうだ。
そこに竜人の知能も加われば、策に頼って倒すのも難しくなる。
いやまあ、竜人の頭がいいとは限らないけど、動きを見てるだけでも知性はありそうだよ。
地上の竜は、掛け声に合わせて陣形を組んでるし。
空の竜も、隊列を組んで綺麗に舞っている。
総勢で、竜が三万に、竜人が一万ってところかな。
まだ扉から出てくるのもいるから、もっと増えそうだ。
そんな様子を見て、メイドさんたちも心なしが神妙な面持ちになってる。
クイーンラウネも震えてる。ボクを膝に乗せて撫でてたのに、いつの間にか、その手が止まってた。
ラミアやスキュラも顔色を蒼ざめさせてる。
小毛玉をそっと頬に当ててみても気づかないくらいだ。
普段は喧しい赤鳥青鳥まで黙り込んでいた。
あ、黒狼だけは嬉しそうに尻尾を振ってる。
干し肉齧ってるし。マイペースだ。
だけどまあ、いまから緊張してても仕方ないでしょ。
幸い、竜の軍勢が現れたのは大陸だ。
この島が戦いに巻き込まれるとしても、まだ時間の余裕はある。
それに、システムさんも頑張ってくれるみたいだ。
『”星降らし”って、何だか分かる?』
「外来襲撃に対する、空からの攻撃だと聞き及んでおります。その一撃だけで敗退した軍勢もあったと―――」
一号さんの声が遮られた。
一際大きな竜の咆哮が響き渡ったから。
その咆哮を上げた竜もやっぱり大きくて、他の竜と比べて三倍以上の巨体だ。
全身が黒い鱗で覆われていて頑丈そう。
いかにもボス、って風格も漂ってる。
只の竜って呼ぶのも勿体無いくらいだ。
とりあえず、邪龍って呼ぼうか。
黒いからね。黒い奴は、大抵が邪悪だって決まってる。
…………ただし、もふもふな場合は除く。
ともかくも、そのボス邪龍が空を見上げた。他の竜は静まり返ってる。
その視線を追って、映像も切り替わる。
空の一部が赤々と焼けていた。
夕陽じゃない。攻撃的な赤色が見る間に広がってくる。
やっぱり、と思った。
それは『星降らし』だ。メテオだ。スウォームだ。
ボス竜の巨体よりも大きな隕石が降ってくる。
システムさん、本当に殺る気満々だね。
これは期待できる。
いくら竜の軍勢だって、あの巨大隕石を喰らったら一溜まりも―――。
なんて思った途端、また竜の咆哮。
思わず、ボクの毛玉体も縮み上がってしまう。
別の画面で捉え続けている邪龍が、咽喉の奥から白い光を溢れさせていた。
白光が輝きを増して、そして、一気に吐き出される。
白い光線と巨大隕石が、空高くで激突した。
うわぁ、と。
会議室に驚嘆の声が漏れた。
ボクも息を呑んで光が散る映像を見つめていた。
上空での激突は短い時間で―――、
打ち勝ったのは、ボス竜のブレスだった。
隕石は粉々に砕けて、燃え上がりながら飛散する。
その破片だって、人間なら近くに落ちただけで大怪我をしたはずだ。
だけど竜たちにはまったく被害を及ぼさない。
すべての竜を囲む形で、淡く光る障壁が張られていた。
うわぁー……。
見るからに屈強かつ頑丈そうな肉体。
とんでもない威力のブレス。
おまけに知性もあって、魔術による障壁なんかも操る。
これ、人類に勝ち目があるのかなあ?
《外来種の内、推定戦闘力十二万を越える個体を観測しました》
よし。逃げよう。




