18 祝勝会へ
青鳥を収めた籠を持って、屋敷へと帰る。
不満げな顔を青鳥はしてたけど、まだ油断はできないからね。
でも、この実験が成功すれば、籠から出るくらいは自由にしてもらっていい。
嬉しい情報を教えてくれたし。
部屋に戻ったボクは、桶に氷水を用意した。
『凍晶の魔眼』まで使った、キンキンに冷えた水だ。
『飛び込め』
「い、嫌ニャ! そんな命令には断固抗議……ニャァァァァーーーー!」
部屋の隅で縮こまってた赤鳥が、氷水に勢いよく飛び込んだ。
悲痛な声が響く。
懸命に羽ばたいて、飛び出してきた。
ふむん。どうやら情報は本当みたいだね。
「どうだ、これで信じたか? 自分を殺した相手に、私たち不死鳥種は絶対服従となる。これはどうあっても抗えぬのだ」
可愛らしい声で、青鳥は偉そうに説明してくれた。
まさか、そんな設定があったとはね。
赤鳥は隠してたってワケだ。
その罰と、検証を兼ねて、氷水に飛び込んでもらった。
「寒そうですね。焼きますか?」
「そこは温めるって言うところニャ!」
さすがに可哀相なので、タオルくらいは貸してあげよう。
今後は、拠点の貴重な戦力になるかも知れないし。
いままでは飼い殺しにしてたけど、絶対服従っていうなら話は別だ。
積極的に育てていくのもヤブサカじゃない。
「いまでこそ、このように弱々しい姿だが、時が経てば私も力を取り戻す。その時には、今度こそ貴様を倒してみせよう。時を操るとは驚いたが、それだけで私を封じられると思ったら大間違……」
『ボクへの攻撃は、禁止で。命令』
「なっ……! 貴様! そこは主人の度量を見せて、いつでも掛かってこい!、と言うべきところだろう!」
なんでこの鳥は、こんなに戦闘大好きなんだろ。
負けたっていうのに、ちっとも堪えた様子もない。
念入りに命令で縛っておいた方がよさそうだね。
ともあれ、サンダーバードを倒した。
これでもう、脅威となる魔獣はいないはずだ。
少なくとも、この島では。
まだ探索は続けるつもりだけど、ひとまずは落ち着いて拠点の強化に取り組んでいける。
『ご主人様、おめでとうございます』
ボクの安堵が伝わったのかね。
一号さんが、お茶と果物を運んできてくれた。
いつもの無表情だけど、心なしか喜んでくれてる気もする。
『よろしければ、祝勝会など催しては如何でしょう? 他の方々も、ご主人様に感謝を述べたいと申しておりました』
祝勝会か。悪くないかも。
だけど感謝って大袈裟じゃない?
ボクが戦ったのは、自分が落ち着いていたいからだし。
『先の人間との争いでは、ご主人様のみを戦わせてしまったと、嘆いている者も多いそうです。自分たちがどれほど感謝しているか伝えたいと、各クイーンから声が上がっております』
ふむぅん。よく分からないや。
まあ、べつに困ることでもないし、好きにしていいんじゃない?
新しいことをすれば、また何か発見があるかも知れないし。
ボクは勝手に過ごさせてもらうだけだし。
『よきにはからえ』
さて、急に気が抜けちゃったね。
第二城壁の建築は残ってるけど、小毛玉に任せてもいい。
ボク自身は、久しぶりに編み物でもしようかな。
サンダーバードとの決戦から数日―――、
ボクはのんびりと過ごしていた。時間が有り余るくらいに。
なので、編み物をしつつ、片手間に作ってみた。
将棋セット。
木材はそこらに幾らでもあったからね。
加工も、大雑把なものは魔術で簡単にできた。
細かい部分は、手作業ならぬ毛作業も加えたけど、ともかくも完成。
《行為経験値が一定に達しました。『細工』スキルが上昇しました》
こういう地味な作業が、やっぱりボクは好きみたいだ。
なにも考えずに、ちまちま繰り返すのが。
逆に、将棋そのものはどうでもいいのかな。
ひたすら頭を使うし。作業感が無い。
一旦考え始めると、他のことも気になってくるんだよねえ。
だから正直、あんまり強くないと思う。
で、いま、黒い毛玉と青い鳥が将棋盤を挟むっていう、シュールな光景が展開されていて―――。
「ぬうぅ……ならば、こっちに逃げれば……」
『それだと、桂馬で取られる。詰み』
「にゃははは。デカイ口叩いてたのに、雷鳥も大したことないニャ」
「き、貴様こそ、あっという間に負けたではないか!」
強くないボクだけど、さすがにルールも知らなかった鳥には負けないよ。
でも困った。
これだと練習にならない。
少しは鍛えてからじゃないと、メイドさんあたりに挑むのは怖いんだよね。
なんとなく、すっごく強い気がする。
もしも十三号とかに負けたら、主君としての面目が立たないよ。
『ご主人様、よろしいでしょうか?』
ドアがノックされて、一号さんから念話が届く。
軽く空中に魔力を流して、OKの合図を送る。
魔力を感知できない相手だと通じないけど、メイドさんたちなら問題ない。
声が出せないから、こういう部分でも不便はあったんだよね。
でも最近では慣れたものだ。
部屋に入ってきた一号さんは、一礼して用件を伝えてくる。
『今夜となりますが、祝勝会の準備が整いました。外での食事会となりますので、お越し願えますか』
もうそんな時間か。
言われてみれば、ちょうどお腹も空いてきたね。
今日の祝勝会に向けて、各種族があれこれと準備をしてたのは知ってる。
食事や飲み物の用意はもちろん、ボクに贈り物をくれるらしい。
こっそりと小毛玉で覗いておいた。
アルラウネは定番の糸や布、それと新しい果物とかだね。
幼ラウネは幼ラミアと一緒に、飾り細工も作ってた。
しかし、この毛玉体に髪飾りとか似合うのかね?
まあ折角作ってくれたんだし、素直にもらっておくつもり。
贈り物にケチをつけるほど野暮じゃないよ。
社会生活力はマイナスでも、それくらいの常識は弁えてる。
ただ、ラミアクイーンだけは止めておいた。
だってあのクイーン、自分を飾りつけて贈り物にしようとしてるんだもの。
何処のクレオパトラだってツッコミたくなったよ。
さすがに、大勢の前で突き返すのは可哀相だからね。
っていうか、全員にドン引きされるでしょ。
がっくりしてたけど、結局、みんなで歌と踊りを披露してくれることになった。
無難な選択だね。
練習風景はなるべく見ないようにしておいたから、本番で楽しませてもらう。
あとスキュラも、けっこう頑張ってくれてる。
魚や動物の骨を集めて、溶かして、あれこれと加工もしてた。
途中までしか見てないけど、どうやらボクの像を作ってくれるらしい。
実物大サイズになりそうだったよ。
ひとまず喜んで受け取るつもりだけど、何処に置くか、それが問題だね。
玄関に飾るのもアレだし。
自分の部屋でも落ち着けないと思う。
宝物庫とか用意するべきなのかな?
ともかくも、祝勝会は盛大なものになりそう。
ボクも将棋盤の前から浮かび上がって、部屋の外へと向かう。
でも、そこでふと気がついた。
一号さんの視線が、空中を探るみたいに泳いだ。
『どうかした?』
他のメイドさんから念話が届いた時の仕草だ。
だけど一号さんは、少し躊躇うみたいに答える。
『いえ……少々、無粋な連絡が届いたようです』
無表情だけど、迷ってる。
なんだろう? 無粋?
ああ、祝勝会の前に聞かせるような連絡じゃないってことかな?
『問題ない。聞かせて』
『はい。人間の街から接収した魔導通信装置に、緊急の連絡が入りました。帝国軍に対する連絡ですが、相手はこちらの事情を知らないようです』
んん? ややこしいね。
通信装置のことは覚えてる。
魔力で動く、電話みたいなやつだね。
例の褐色騎士が、連絡手段として置いていった。
電話機自体は、ボクたちが預かってる。
だけどその電話機の番号は、まだ帝国軍の物だった時のまま。
そこに、帝国軍に用がある相手からの連絡が届いた、と。
しかも緊急か。
『リュンフリート公国からの、救援要請です』
平穏は長続きしない。
そんな悲観的な言葉が、ボクの頭を掠めていった。




