09 バアル検証 後編
独りで拠点の外までやってきた。
周囲は森。以前にも訓練をした、ちょっとした広場になってる。
一号さんは同行したがったけど、巻き込んじゃう恐れもあるからね。
まずは着地。
『空中機動』も切って、純粋な身体能力から試してみる。
ボールが跳ねるようにして移動。
そして手近な木に突撃。
ズガンッ!、と派手な音が響く。
わぁお。
毛玉っていうか、毛弾丸みたいになった。
太い樹木が真ん中からブチ折れたよ。
なにこの凶悪な毛玉。
我ながら恐ろしい。
次、小毛玉を操って、今度は空中から木に突撃。
わぁお。やっぱり弾丸だ。
まだ樹木が折れた。
なにこの凶悪な小毛玉。
自然破壊はよろしくないので、久しぶりに『土木系魔術』で治しておく。
しかし、凄いね。
まだほんの小手調べなのに、戦闘力50000オーバーの恐ろしさが垣間見れたよ。
『上位物理無効』のおかげで、突撃したのに身体の痛みもない。
しかも、そのスキル効果は小毛玉にも及んでるみたいだ。
もしかして、この小毛玉、本体であるボクと同等の能力が発揮できる?
試しに毛針を飛ばしてみる。
さすがに小毛玉の方は、サイズの分だけ針も短いね。
だけど威力は同じくらい?
樹木相手だと、いまひとつ分からないね。
だって『爆裂針』を飛ばしてみたけど、あっさり吹き飛ばしちゃうし。
推測だけど、爆発の見た目からして、八割くらいの威力かな?
でも、その八割が六体いるワケですよ。
つまりは、単純計算で480%増しの戦闘力。
しかも、小毛玉はさらに増やせるときてる。
そりゃあステータスの数値も桁外れに上がるはずだよ。
ちなみに毛針も、『八万針』から『神魔針』へと進化した。
今度は数じゃないんだね。
相変わらず種類の多い針を選べるけど、その名前がちょっと変わってる。
『爆裂針・魔』とか。『徹甲針・神』とか。
同じ種類の針が、さらに神魔二種類ずつ増えてるね。
なんだろう、『塩味針・魔』って?
神魔の違いもいまひとつ分からないね。
見た目だけは、それぞれに白と黒の光を放ってる。
属性みたいなもの?
悪いヤツには、『神』の方が効果あるとか?
むう。あまりやりたくないけど……、
小毛玉を、『麻痺針』の神魔それぞれで突ついてみる。
おおぅ。ボク自身には麻痺効果は及ばないけど、痺れる感触は伝わってきた。
どうやらボクには、『神』の方が効果あるらしい。
解せぬ。抗議したい。
ともあれ、総合的に見ると、『神魔針』は毛針の正統進化って感じだね。
全体的に威力も上がってる。
あらゆる場面で使える武器として頼れるんじゃないかな?
ここでひとつ気になったことがある。
小毛玉の感覚だ。
毛針で突いた時に、痛みも伝わってきた。
視覚や触覚が共有できるのはいい。むしろ便利だ。
だけど痛覚までとなると、いざって時に悶絶させられちゃうかも。
それは困る。
ってことで、なんとか痛覚遮断とか出来ないものか?
そもそも、この小毛玉を操ってる仕組みも本能任せなんだよね。
『支配』みたいに、魔力糸を伸ばしてるのとも違うような―――、
《行為経験値が一定に達しました。『支配・絶』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『時空干渉』スキルが上昇しました》
ん? んん?
このアナウンスは、そういうこと?
小毛玉を操るのには、この二つのスキルが関わっていると?
ぬう。いまひとつ分からない。
もっと操作に慣れてきたら判明するかな。
後回しリストに追加しておこう。
気にはなるけど、いまはもっと優先したいこともある。
特性の『魔眼覇皇』。
”王”から”皇”になったけど、それはまあ、いまは放置で。
それよりも、追加された『波動』が気になる。
魔眼の項目に連なってるんだよね。
『~~の魔眼』っていうスキルじゃないのに。
スキルの使い方は、なんとなく分かる。
魔眼が眼の内側に魔術式が刻まれてるみたいに、新しくボク自身の内側に刻まれた式があるみたいだからね。
意識を傾けると感じられる。
そこに、魔力を流してみればいい。
何が起こるか分からないので、まずは周囲の安全確認。
お城からの距離、よし。
誰もいない空中への移動、よし。
何もない遠くの空を見つめるのも、よし。
では、『波動』オン。
…………。
お? おお。なんか光ってる。
ボクを中心に、辺り一帯に柔らかな光が……ってこれ治癒効果?
いや、『大治の魔眼』効果だね。
どうやら魔眼効果を、自分を中心にして周囲に及ぼせるみたいだ。
眼の内にある術式と繋がってるのも感じられる。
すでに持ってる魔眼の術式を利用してるってことだね。
デフォルトで『大治の魔眼』が選択されていた、と。
危なかった。
正しく危機一髪だった。
もしも『死獄の魔眼』がデフォルト設定だったら、大変な惨状が広がってたかも知れない。
怖いけど、これも試さないとダメだろうねえ。
でもまずは、『凍晶の魔眼』から。
名付けるなら、『凍晶の波動』ってところかな。
天空の剣がなくても使える。
ともかくも、オン。
途端に、周囲に白い風景が広がっていく。
辺り一帯が凍りついていくね。
しかも範囲はけっこう広い。半径五十メートルくらいか。
魔力を注げば……うん、どんどん広がっていく。
しかもこれ、魔眼よりも魔力消費が少ないね。
五十メートルくらいなら、常時発動だって出来るくらいだ。
恐ろしい技を手に入れてしまったかも知れない。
いいのかね、こんな凶悪な毛玉を野放しにしちゃって。
暴れたら、都市のひとつくらい壊滅させちゃいそうなんですが。
いや、やらないけどね。
それに、過信もよくない。
これまで見た人間相手なら、いまのボクだと小毛玉だけでも圧勝できそうだ。
だけど、もっととんでもなく強い相手がいる可能性もある。
それこそ勇者とか。
あるいは、魔王とかね。
退治される側になるのは避けたい。返り討ちにしたい。
なので、油断なく、慎重にいこう。
まだ進化した部分の検証も残ってるからね。
小毛玉は、何処まで遠隔操作できるのか?
『魔眼』や『波動』も使えるのか?
なにより、『死獄の魔眼』はどんな効果なのか―――。
ひとつずつ、しっかりと確かめていこう。
試すだけでも怖い部分はあるけどねえ。
とりあえず―――この凍りついた森を、どうにかしないと。
お城からも見える位置だし。
メイドさんに怒られるのは嫌だからね。




