04 おさかなさんを保護しよう
隣、というほど近くはない。
人間の足だと歩いて五分くらいは掛かる距離だね。
ボクの城と湖はそれくらい離れてる。
まあ、飛んでいけばすぐの距離で、城壁上からは綺麗な湖面が見渡せる。
ちょっと距離を置いたのには、もちろん理由があった。
魚竜だ。
湖のヌシだった巨大魚竜は倒したけど、それでも魚竜の群れはまだ残ってる。
その魚竜は、手強い相手を避けるくらいの知能はある。
でも『威圧』とかを切ったボクが湖の上を飛んでると、いきなり襲ってくることもある。
いまなら魔眼ひとつで退治できるんだけどね。
だけどラミアやアルラウネは、襲われるとけっこう危ない。
魚竜は集団で獲物に襲い掛かる習性もあるみたいだからね。
あんまり好ましいお隣さんとは言えない。
むしろ、邪魔なんだよね。
成長されて巨大魚竜になられると、さらに困った事態になるだろうし。
人間との争いの可能性もあるいま、危険な芽はなるべく摘んでおきたい。
『湖の掃除、という訳ですね』
一号さんと、数名のメイドさんを連れて湖までやってきた。
今回は人の目もないので毛玉スタイル。
甲冑も悪くはないけど、ふよふよ浮かんでる方が解放感があっていいね。
事情を聞いたラミアクイーンも、数名で隊を作って一緒にきてる。
実戦訓練がしたいらしい。
お城の警備隊として鍛えておきたいってところかな。
少し危ないかも知れないけど、頑張りたいなら止めるのも良くないでしょ。
『生態系が乱れたりはしないのでしょうか?』
『大丈夫じゃない?』
『……そうですね。魔獣以外の生物も生息しているようですし。恐らくは』
さすがにメイドさんは物知りで、細かいところにも気が利くね。
生態系への気配りとか、すっかり頭から抜け落ちてた。
そもそもの環境からして混沌としてる気もするけどね。
多少乱れたところで、今更でしょ。
ってことで、絶滅させる勢いで狩っていこう。
ただ、問題もある。
その狩りの手法をどうするか?
『魔術によって、水中呼吸などの補佐は行えます。ですが、行動は制限されると判断します』
一号さんが言う通りだね。
水中戦闘は、なるべくなら避けたい。
そうなると、魚竜を誘い出すしかないんだけど―――って、ラミア部隊が飛び込んでいったんですが!?
槍を手にしたラミアクイーンを先頭に、次々と湖へ潜っていく。
え? 大丈夫なの?
下半身は蛇だし、なんとなく水中でも戦えそうなイメージはあるけど。
どうしよう? ここはボクも続くべき?
だけどラミア部隊が独自で狩れるなら、ボクは別行動した方がいいかな?
なんて考えながら、しばらく様子を見守る。
さほど待たされることもなくて、大きな水飛沫が上がった。
獲ったどー!、って感じでラミアクイーンが姿を現す。
槍の先には、串刺しにされた魚竜が掲げられてた。
わぉ。意外とパワフルだ。
だけどラミアクイーンって、実はけっこう強いんだよね。
なにせ魅了の魔眼持ちだし。
それが効く相手なら、完封できるんじゃない?
魅了した相手に、部隊で一斉攻撃。これで魚竜は問題なく狩れるってワケだ。
けっこう怖い初見殺しだね。
そのラミアクイーンだけど、仕留めた魚竜を岸まで運んできた。
なにやらこちらをチラチラと窺ってる。
『誉めて差し上げるのがよろしいかと』
一号さんが念話でこっそり教えてくれた。なるほど。
『素晴らしい。これからも頼りにしている』
文字を書いて、ちょっと偉そうに伝えてみる。
ラミアたちは嬉しそうな顔をすると、また湖へ潜っていった。
むう。あんな曖昧な言葉で、随分と喜んでくれるものだね。
これは、あれかな?
ボクにも君主らしい風格が出てきたとか?
毛の色艶とかも、少し荘厳な感じになってたりして?
『ご主人様、我々は如何いたしましょう?』
メイドさんが尋ねてくる。ボクの頭を撫でながら。
うん。やっぱりこの毛玉体じゃ風格なんて無縁だよね。
まあいいや。向き不向きはあって当然。
威厳よりも、親しまれる君主を目指そう。
ってことで、メイドさんと一緒に狩りに向かうよ。
まずは空から釣り出そうか。あんまり引っ掛かってこないようなら、直接潜るのも検討しよう。
水面から魚竜が顔を出す。
全部で三匹。事前に打ち合わせでもしてたみたいに、一斉に口を開いた。
空中にいるボクへ向けて、水流ブレスを吐いてくる。
回避も可能だけどね。
少しだけ自身の位置をずらしつつ、同時に魔術も発動。
《行為経験値が一定に達しました。『空中機動』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『障壁魔術』スキルが上昇しました》
素早く展開した障壁が、水流ブレスを防いでくれる。
ふふん。ボクだってお城でだらだら過ごしてただけじゃないからね。
巨大魚竜相手ならともかく、一段威力が落ちるブレス程度なら怖くない。
欠点だった防御力の無さも、少しは改善されてきたってことだね。
そして、攻撃力には磨きが掛かってる。
《行為経験値が一定に達しました。『凍晶の魔眼』スキルが上昇しました》
周囲の水ごと、魚竜を凍りつかせる。
一匹は逃がしたけど、『爆裂針』が命中して悲鳴を上げさせた。
トドメに、メイドさんたちが魔術で光の槍を撃ち込む。
《総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV17からLV18になりました》
《各種能力値ボーナスを取得しました》
《カスタマイズポイントを取得しました》
《行為経験値が一定に達しました。『精密魔導』スキルが上昇しました》
あっさりと魚竜たちは全滅。
もうちょっと苦労するかとも思ったんだけどね。
これで合計、二十匹ほど狩れた。
ラミア部隊も十匹ほど仕留めたから、けっこうな戦果だと思う。
むしろ釣果? そういえば、食べられるのかな?
巨大魚竜は『吸収』で仕留めたけど、あの時は味わう余裕なんてなかったんだよね。
でも毒は持ってないみたいだし、焼き魚にもできる?
あ、でも淡水魚って泥臭いのかな?
大きいから、カマボコとかにした方がいい?
そこらへんは後で検討だね。数はあるから、色々と試せるでしょ。
そろそろお昼だし、休憩がてら調理してみよう。
『残りは地下貯蔵庫へ運んでおきますか?』
うん。お願い。
いまは一匹あれば、この人数で食べても充分だからね。
ボクが頷くと、一号さんが他のメイドへ指示を出す。
だけど、その動きがふと止まった。
遠くを見るみたいに視線を動かす。ああ、この仕草はアレだね。
『なにか、緊急連絡?』
『はい。見張り塔の設置を行っていた七号と八号からです。西南方向から、魔獣の一団が迫っているそうです』
むう。また厄介事の予感。
魔獣集団っていうと、前に襲ってきたキノコ軍団が思い出されるね。
あれはなかなかにキモくて厄介だった。
でも脅威ってほどじゃないよね。
多少の敵じゃ、ボクのお城は攻め落とせないよ。
で、今回の相手はどれほどかな?
『数は五十ほど……いえ、小型の反応がさらに二十ほどあるようです。下半身は海生生物に似た複数の触手を持ち、上半身は人型……』
ちらり、と一号さんがボクを窺う。
なんだろ? なにか言い難そうな気配?
『全員、女性型だそうです。恐らくは意思疎通が可能でしょう』
何故か、一号さんの眼差しにじっとりとしたものが混ざってる気がする。
まあ、それはいいや。
それよりも迫ってきてる魔獣集団の方が重要だ。
女性型で、下半身に触手? 海生生物ってことはタコみたいな?
それって―――、
『スキュラ?』
『この世界では、スキュリムと呼ばれる種族のようです』
うん。スキュラでいいね。
様子を見つつ、可能なら接触してみようか。




