09 甘い言葉には毒がある
問い:人間がソフトボール大に丸められたらどうなりますか?
答え:死ぬほど痛いです。
それが逆回しでも同じ。
あ~……本当に死ぬかと思った。
一歩間違えたら、痛みでショック死しててもおかしくなかったよ。
うん。原因は『変身』なんだ。
狙った通りの効果は発揮されたと思う。たぶん。
だけど体の形がぐにゃぐにゃと変えられたら、そりゃあとんでもなく痛いよね。
魔法的なものでなんとかなるって考えてたのが甘かった。
元の姿に戻れただけでも幸運だったね。
おまけに、この『変身』、魔力消費がとてつもなく激しい。
体感でしか図れないけど、『自己再生』の数倍はあるんじゃないかな?
今のボクだと数秒しか使えない。
その数秒間に、しっかりと人間の形になるなんて、まず不可能だね。
それ以前に、痛みで正気を失いそうだよ。
ひとまず『変身』は放置だね。
少なくとも、何かしらの対策ができるまでは。
『苦痛耐性』がもっと上がったら、少しだけ試してみよう。
体の一部だけ変身とかも出来るかも知れないしね。
足が剣、とか。
まったく役に立ちそうもないけどねえ。
ともかく、いまは魔力を回復させよう。他に試したいことも山ほどあるからね。
《行為経験値が一定に達しました。『魔力強化』スキルが上昇しました》
《条件が満たされました。『魔力大強化』スキルが解放されます》
お? 新たなスキル解放?
というより、これまでのスキルが強力になったみたいだね。
ある程度までスキルを鍛えると、より効果の高いスキルが解放される、と?
システムはなんとなく理解できる。
ただ、明確な数値で示されるものじゃないんだね。
スキルも、レベルとか熟練度とか、そういう数値が出れば分かり易いのに。
そこまでいくと完全にゲーム世界になっちゃうか。
生き残るためには都合がよさそうなんだけどね。
まあ、戦闘力が数値化されているだけでも喜んでおくべきかな。
『毛針』なんかにしても、ステータスに表記されてなかったら気づかなかったかも知れない。
自分の体毛を動かすって、まずその発想が出て来ないよね。
そういった意味でも、システムさんには随分と助けられてる。
不親切な部分もある。でも使い方次第だよね。
直接に尋ねれば、大きなヒントをくれることもあるし。
例えば、”魔眼”も。
『治癒の魔眼』は役に立ってくれた。
でも当初の目的である、武器としての魔眼を諦めたワケじゃない。
なので、まずは尋ねてみる。
”死の魔眼”スキルとか覚醒させられるかなー?
《『死毒の魔眼』スキルは、すでに解放されています》
おお? なにやら凶悪そうな名前が出てきたよ。
そうかあ。
ボクってば、こんな凶悪な魔眼も使えるのかあ。
なんだか睨んだだけで相手を殺せそうだね。
もっとも、その使い方が分かってないんだけど。
だけど『治癒の魔眼』もそうだった。
切っ掛けがあるとか、練習するとかで使えるようになるんじゃないかな。
実際に魔眼を手に入れて、なんとなくコツも掴めてきたからね。
とりあえず、ちょっと試してみようか。
もちろん自分に使う訳にはいかないので、斜め上方を睨んでみる。
空に向けて魔眼発射。
『治癒の魔眼』だと、治れ治れ~って念じたら上手くいったんだよね。
今度は『死毒の魔眼』だから、死ね死ね~とでも念じればいいのかな?
あんまり良い気分じゃないねえ。
誰かに殺意を向けた経験なんて無いし。
だけど、いざって時に頼れる武器が使えないのも困る。
そうだね、大切なのは想像力と、状況設定だ。
以前に見た怪鳥を思い出してみよう。
あの怪鳥が迫ってくる。空から、ボクを捕まえて食べようと。
もちろんボクは抵抗するよ。
毛針を飛ばして、視線にも殺意を込めて―――。
《行為経験値が一定に達しました。『死毒の魔眼』スキルが上昇しました》
っ……と、遠くの空中に、何か黒い靄が浮かんだ。
すぐに風に紛れて消えていったけど、あれが『死毒の魔眼』の効果みたいだね。
とりあえずは成功したかな。
目の内側に、複雑に魔力が流れていく感覚もあった。
この感覚を再現できるようになれば、きっと上手く使いこなせるはずだ。
だけどこれ、使い処が難しいかも。
魔力消費が随分と激しい。
ボクが抱えてる魔力量は体感でしか分からないけど、ごっそりと減ったみたいだ。
あんまり数は撃てないかな。
だけどボクが成長して、もっと魔力が増えれば、連発できる可能性はある。
それに、消費が激しいってことは、それだけ強力な攻撃だと期待できる。
もしかしたら、あの怪鳥だって一撃で倒せるかも。
いや、そこまでは無理でも追い払うくらいはいけるかもね。
ともあれ、一度ステータスを確認しておこうか。
ちゃんと新スキルとして表記されてるといいな。
あと、戦闘力にも注目したいね。
これまでもレベルやスキルが上がるたびに、少しずつ上昇はしていた。
もしも予想通り、『死毒の魔眼』が強力なスキルなら、それなりの数字が戦闘力になって表れてるはずだ。
さっき確認した時は、60手前だったね。
ついに100の大台に乗れるかな?
もしかしたら、200くらい越えてるかも。
さすがにそこまでは期待しすぎかなあ。
比較対象がないのは残念だけど、地道に上がっていくのは楽しい。
たとえ10や20の成長でも気にしないよ。
さて、どれくらい伸びてるかなあ?
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魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:3 名前:なし
戦闘力:566
社会生活力:-940
カルマ:-1150
特性:
魔獣種 :『毛針』『吸収』『変身』
魔導の才・極:『干渉』『魔力大強化』『自己再生』
英傑絶佳・従:『成長加速』
手芸の才・参:『器用』
不動の心 :『我道』
魔眼の覇者 :『治癒の魔眼』『死毒の魔眼』
閲覧許可 :『魔術知識』
称号:
『使い魔候補』『仲間殺し』
カスタマイズポイント:30
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…………。
………………は?
戦闘力566?
え? なにそれ? 『死毒の魔眼』取っただけで、一気に500オーバー?
いいの? 許されるの?
社会生活力やカルマのマイナスっぷりも只事じゃないよ?
え~……これまでの変動って、精々、10や20単位だったのに。
それだけ『死毒の魔眼』が強力ってことだよね。
すごい必殺技を手に入れてしまったかも知れない。
もう一回試してみたい。
うずうずする。
でも我慢するよ。
いまは、眼の奥に走った魔力の感覚を覚えておくだけに留めておこう。
いつでも使えるように。
だけど、不用意に使わずに済むように。
強力ってことは、それだけ危険も大きいってことだ。
花火の注意書きにもあるからね。
なるべく広い場所で。
自分への被害が及ばないように、だっけ?




