プロローグ
中学校の卒業式。
この日、ボクは初めて、クラスメイト全員と言葉を交わした。
朝のホームルーム前の教室は、普段よりもざわついていた。
登校してくる時間も、いつもより早い人ばかりだった。
「でも意外だな。大貫さんの成績なら、何処の高校でも行けたよね?」
「う、うん……でも……」
「ああ、理由とか話し難いなら別にいいよ。今更だし」
ボクだって、幾名かとは話したことがあった。
でも目の前の大貫さんみたいに、挨拶も交わした覚えがない相手が大半だった。
このまま卒業するのは、なんだか嫌な気がする。
そんな思いつきから行動してみただけ。
どうせもう会うこともないからね。
みんなも普段と違う雰囲気のおかげか、一言二言の会話なら問題なかった。
適当に切り上げて、すぐに次のクラスメイトに声を掛ける。
「相良くんは、あんまり普段と変わらないね」
「……はしゃぐようなことでもねえだろ」
相良くんは、いつも遅刻ギリギリで登校してくる。
でも本当に遅刻したことはない。
今日もそうだった。
「いつも怖い顔してるけど、わざとなの?」
「んなワケねえだろうが。生まれつきだ」
舌打ちを返されて、睨まれる。
やっぱり相良くんの顔は威圧的だ。クラスのみんなにも怖がられていた。
でも別段、誰かに暴力を振るったとかいう話は聞いたことないんだよね。
「最後って言うなら、俺も聞いておきてえな」
「ん? なに?」
「おまえ、本当に男だよな?」
ああ、その質問か。
よく言われる。女の子みたいだって。
ボクは華奢だし、童顔だし、そう見られても仕方ないとは思う。
筋トレとかしてもちっとも肉がつかないので、もう諦めた。
だから皮肉っぽい言葉にも、笑って言い返せた。
「もちろん男だよ。なんなら、今から一緒にトイレ行ってみる?」
ぶぼっ、と。
近くで話を聞いてた誰かが吹き出した。
振り返ると、背後では女子生徒の誰かが鼻血まで流していた。
腐ってる子だ。とっても嬉しそうな顔でヨダレまで垂らしてる。
相良くんも目を丸くしてたけど、楽しそうに笑ってくれた。
「おまえ、面白いヤツだったんだな」
「そんなことないよ。今日はテンションが違うだけ」
「卒業式って、そんな嬉しいもんでもないだろ」
相良くんは苦笑いを零しながら、だけど、と一言を加えた。
「おまえとは、もっと話しておいてもよかったかもな」
小さな呟きだったので、その言葉はチャイムの音に紛れて消えた。
ボクの耳には届いていたけどね。
でも今更言われたって、それこそ仕方ない。
手を振って、ボクは自分の席へ戻ろうとした。
すぐに担任の先生も来るはずだから。
でも、教室にやってきたのは先生なんかじゃなかった。
「え―――!?」
いきなり、だ。
トラックが突っ込んできた。
窓をぶち破って。三階にある教室へ。
なんで!?、とか考えてる間にボクは吹っ飛ばされていた。
ほとんど何が起こったのか不明だった。
理解できたのは、大惨事だということくらい。
気づけば、仰向けで床に倒れていた。
「な、ぁ、ぁ……」
「お、落ち着け! みんな、まずは先生に……」
「ぃ、や……いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!」
いくつかの声が聞こえた。
一番冷静な声は、たぶんクラス委員の目黒くんだ。
いつも浮かべている爽やかな笑みを引き攣らせていた。
甲高い叫び声は、女の子だっていうくらいしか分からなかった。
きっとあんまり話したこともなかった女の子だろう。
もうちょっと関わっておけばよかったかな。
でも、後悔しても仕方ない。
すぐに全部がどうでもよくなっちゃったからね。
なにもかもが吹き飛んで。
そうだ。ひとつ訂正しないといけない。
突っ込んできたのはトラックじゃなくて、タンクローリーだった。
きっとガソリンか何かを積んでたんだろうね。
油っぽい匂いがした。
そして、爆発した。
木っ端微塵になって、ボクの人生は終わった―――はずだった。